第6話 雪道を走破2

 もうハンドルにしがみ付いて、路面の僅かな変化に気を取られなくなった。隣の助手席の深紗子も前屈みだった姿勢から、背もたれに身を任せていた。気分を一新出来て落ち着くと、兼見は今日、家を飛び出した理由を尋ねた。

「いつもお母さんとは仲がいいのに今日はどうしたんですか?」

「もう少し式を先延ばししたくなったのよ、それで揉めた」

「何で、どうして?」

「ただなんとなく」

「そりゃあ、お母さん怒るでしょう」

「憧れが現実化すると不安になって、て言えばよかったの?」

「どっちもどっちですが、そうか、今まで一人っ子で伸び伸び育ち過ぎたんだ」

 彼女と出会った時は、何でも活発に物事を決めてしまう人だと思ったが、最近になってそのやり過ぎが気になり振り回されている。

「でも今日の出来事でひとつ面白いことを考えたの」

 何? この提案は先の読めない人だ。

「何ですか? それは」

 ここまで来ると雪も止んで、湖西沿いに走る国道を久し振りに、彼女と夜のドライブ気分に浸れた。そんな雰囲気を彼女はまったく介していないのが唯一の不快かも知れない。だが嫌われてはいないのがこれまた唯一の救いだ。

「本当にあの叔父さんは知らなかったのか気になるのよね。だってお父さんの弟さんにあたる人なのに……」

「なんぼ消息不明と言っても当時は捜索願いぐらいは出しているだろう」

「でも四十年前、なんかもうとっくに時効でしょう。受理した担当者が二十歳としたらもう定年だわね。そんなのにいつまでも係わってないわよ。それにお父さんから兄弟の話なんて聞いてないのに……」 

「社長はきちっとしてそんなええかげんなことは言わない人だけに、今日の叔父さんは意外だったなあー」

「そうなら兼見さん、聞いてみてよ」

「それは無理、街中で小さい店なら良いが、あれほどの大きい店を店長として任された。あとは一国一城の城主に成った気分を棒に振りたくない」

 この期に及んでまだかばい立てするのか。それほどひとつの店舗を任されたのが余程に感極まっているのか。今日の事で此の人の性格も解ったけれど、それと会社での営業成績は別ものらしい。父は彼を必要な部下として見ている。当然機器の取り扱いに問題があっても、仕入れや納品管理、販売促進の仕事をこなしてくれれば何も言う必要もない。それが父の基本方針だ。でも今は、先ほどまでの緊張感は何処どこかへ飛んでしまって、ちゃんと前を見据えているのか気になるぐらい、目がトロンとしてハンドルを握っている。こんな男に父の素行調査など、何処まで付き合ってくれるか益々不安が募る。

「それだけに今日の出来事は強烈だったわよー」

「どうして社長は、自分の生い立ちや出生を公表しないのかなあ。まさか奥さんが知らないって事はないでしょう」

 それがどうも彼女は、今までお母さんにも、お父さんとの成り行きは聞いていないし、まして彼女自身、会社勤めもないから、戸籍そのものにも関心がなかったほど、両親に関しては疑念どころが親戚筋まで深く追求しなかった。

「兼見さんは区役所へ戸籍簿の閲覧とかコピーに行ったことがあるの?」

「戸籍、そりゃあ有ります。就職や進学には要る場合が有りますが、深紗子さんはないんですか?」

「それが小中一貫校で、そのまま大学まで行ったから、多分小さいときにお母さんが必要な書類は学校に提出しているけれど、一貫校だからいちいち取り直さなかったのね」

「でもね、深紗子さんは知らなくても、お母さんは社長の本籍とか兄弟とか知ってるでしょう。知っていながら何も言わなかったとすれば、社長が箝口令を敷いていたんでしょうか」

「それだけに父は、あの家を飛び出した理由を余程言いたくないのよね」

「良い方法がありますよ、これは叔父さんも言っていたでしょう」

「叔父さん、なんか言ってた?」

「何も調べていなくても、結納も済ませて式の日取りも決まれば、嫌でも両家の親戚一同が出そろうでしょう。そこで色々聞き出して話を掘り下げれば労せずして情報が耳に入るでしょう」

「何を考えてるの。まだ決まってないのに」

「エッ! もう披露宴の招待状は発送済みのはずですが……」

「残念でした。両親はまだ一部躊躇しているところがあるようよ」

 彼はハンドルそっちのけで深紗子をまじまじと見た。これでは危なくてそんな運転なんて見ていられない。まあ一車線だから前の車との車間間隔をどれだけ合わせていられるか。それが気になるが此処は主導権を取らないと。

「言っとくけど、式を挙げるか挙げないかはあたしが決めるのよ」

「ですから結納も交わしてもう決まってるんでしょう」

「あの結納だってあんたの両親と内の両親だけで決めたけれど、本を正せばあたし達の了解の許に取り交わしただけで、ただ親たちはそれに同意したに過ぎないの、って事はその当事者が同意を取り消せば初めからなかった事になるでしょう」

「あのう、お言葉ですが、もう僕たち二人の手から離れてどんどんと進行中なんですけれど」

「それもそうね」

 ウッ、アッサリと引っ込めるなんて、何処に真意があるのか。とにかくこれで飛び出した心臓がまた収まった。

「で、何が言いたいんでしょう……」

 おそるおそる掛けた言葉に彼女は、今日の事をはっきりさせたいと、一計を案じたようだ。


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