第5話 雪道を走破
薪美志神社は、この集落の守り神だが、今は五十代後半の夫婦二人でやっているが、一人息子の動向次第では四十年前の騒動の再現にも成り兼ねない。それが心配なだけに同じ血筋の出現には、心躍るものがあったが、今はじっくりと行く末を見守りたい。それが叔父の願いかも知れない。
山奥の山村では過疎化が進んでいるが、この集落は前面は湖で、三方には山が迫っている地形で、そこが過疎化の村とは事情が異なっていた。
室内の温もりになれた頃に、先ほどまで出ていた月が隠れた。雲が厚く天空を覆い始めると、これには奥さんが心配してくれた。
「天気は次第に悪くなってきた」
叔父さんはこれ以上JAFの来るのが遅れると帰りを心配した。
「ないのにどうして車を動かせるの? 展望台には雪が積もりだして押し掛けは難しい」
車を動けなくした張本人の割には詳しいじゃないの、と深紗子に変な顔で見られた。
「な〜に、漁港の資材置き場に行けばブースターケーブルぐらいなら有るから、それを積んで葛籠尾崎の展望台まで行ってあげるよ」
「初めて会った人にそこまでしてもらうなんて……」
有り難いがもっと気候の良いときなら良いが、この急変した天気ではどうしたものかと、思案する深紗子を叔父は吹き払った。
「な〜に、気遣いは無用だ。長いこと消息の判らなかった茂宗兄さんの娘さんが来られたんだ。此処で難儀している姪御さんをほっとけますか。この雪が本降りになるまでに此処から離れた方が良い」
という叔父さんの指示に従って直ぐに行動に移し、心配無用と言わんばかりに直ぐに二人を車庫の車へ案内した。さあさあ乗って、と奥さんの見送りを受けて、叔父さんは二人を乗せて車を車庫から出した。この車も車種が解らないほど父と同じ年代物の車だ。
叔父さんの車で走り出すと更に雪が降ってきた。先ずは集落に於ける昔の唯一の交通機関で、今は湖上の漁業基地になっている漁港へ向かった。漁港に連立して漁具やその他の資材置き場があった。そこからブースターケーブルを持ち出し、車に積んで葛籠尾崎の展望台まで行く。二人が一時間以上歩いた道路は十分で着いた。見渡せばさっきより一面銀世界の展望台に、ポツンと一台だけ端の方に停まっている。彼女の車はもうすっかり雪に包まれていた。スタッドレスタイヤを付けた叔父さんの車は軽快に傍に近付くと、お互いのバッテリー場所が最短に成るように、ボンネットどうし向き合う形で止めた。そこで車から降りた三人は、双方の車のボンネットを開けて、ブースターケーブルを双方のバッテリーに繋いだ。
「さあこれでセルを廻してエンジンを掛けよう」
じゃあ僕がやる、と兼見が運転席に乗り込んだ。
「あんた大丈夫? そもそも今回の騒動を起こした張本人でしょう」
「だから俺はさっきの失敗の挽回をしたい。その機会を与えてくれても罰が当たらんだろう」
「随分大きく出たのね、まあ良いわ今度はバッテリー切れの心配はないから好きなだけやってみたら」
励まされているのか貶されてるのか解らない応援を受けて、彼はチョークを一杯に引いてエンジン始動を始めた。最初はモーターの空回りが続いたが、その内にシリンダーが上下し出したのか、微妙に低い爆発音がし出すと急に激しく動き出しエンジンが掛かった。
「チョークを戻さないとまたガソリンを吸い過ぎてプラグが湿る」
と慌てて戻そうとすると、今度は「ゆっくり戻さないとまたエンストするわよ」と言われた。
「マニュアル車って言うのは君に比べて遥かにデリケートなんだなあ」
「うるさい! あなたが鈍くさいだけよ」
「オイオイ
これにはウッ、と深紗子は眉間を寄せて気難しい顔になった。どう見ても同類にされて
「変なこと言わないで下さい」
冗談じゃあないと深紗子は否定すると、もうこの二人は訳が分からん、と今度は叔父さんが妙に顔を
「此の雪が本降りになると此処らはあっという間に積もるから早く帰った方がいい」
確かに街中では直ぐに止むのに、此処の雪は益々勢いを増してきた。日本海を渡ってきた雪雲は、開けた若狭湾から一気に琵琶湖を通り、関ヶ原から米原経由で名古屋方面へ抜けてゆく。どうやらこの通り道で雪雲がもたつき出したようだ。それが証拠に此の辺り一面を雪で覆い尽くし始めた。一般道路まで来ればあとは車が行き交う平地で、路面もまだ
奥琵琶湖パークウェイの出入り口でクラクションを軽く鳴らされた。車の往来のないパークウェイに比べて、一般道はタイヤの轍に沿って降る雪は積もっていない。間に合った、とこちらもクラクションを軽く鳴らして叔父さんの車と別れた。
湖西沿いに通る国道百六十一号線で、マキノ辺りまで来ると、頻繁に車が行き交い、大型車も走る路面に降る雪も、タイヤに踏み消されて積もらない。二人はここまで路面ばかり見て、張り詰めた気持ちが落ち着くと一息吐けた。
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