第5話 先輩マネージャーの奢り

 紋葉あやは先輩と帰宅部活動と称して一緒に帰った、次の日。


 部活をやめたからといって、学校生活がそう変わるものではない。

 ……同じクラスの野球部の奴と、ちょっと気まずくなったくらいだ。


 普通に授業を受けて、帰りのHRの時間になった。


 その時、スマホが通知音を鳴らした。


『今日も部活あるからね」


 ……紋葉先輩からのラインだ。

 友達追加した覚えはなかったが……そうか、まだ野球部のグループを抜けていなかった。

 慌てて脱退した後、紋葉先輩に返信した。


『帰宅部の、ですか?』

『もちろん。勝手に帰っちゃダメだよ』


 もちろんらしい。

 俺も紋葉先輩も、既に野球部を退部した身。

 部活に所属していない俺たちは、帰宅部だ。紋葉先輩は、彼女曰くマネージャーらしいけれど。


 HRが終わり、部活に行くクラスメイトを尻目に校門に急いだ。


「まだ来てないか」


 終業の時間は二年生も同じ。どうやら、先輩を待たせてはいけないと急ぎすぎたようだ。

 野球人生で培われた後輩スキルが、変なところで発揮されたな……。


 俺は昨日よりも軽く、そして小さくなったスクールバッグを地面に置き、校門の脇で待つことにした。

 悪いことをしているわけではないのに、なんとなく肩身が狭い。身を屈めて、下を向いた。


「おつかれっ」


 そんな声とともに、頬に冷たいものが押し付けられる。

 見ると、スポーツドリンクのペットボトルを持った紋葉先輩がいた。


「お疲れ様です。……これは?」

「先輩の奢りだよ。帰宅部のマネージャーとして、部員の健康管理は大事だからね」

「帰宅部だからそんな汗かいてないっすよ」

「あっ、油断してるな? 暑くなってきたから、ちゃんと水分とらないと。私の分は他にあるから、受け取って」


 そう言って、無理やりペットボトルを渡してくる。


「……あざす」


 渋々受け取って、一口飲んだ。自分で思っているよりも喉が乾いていたようで、そのままもう一口流し込む。

 部活がないからと、水筒まで置いてきたのはミスだったか。


 ペットボトルをカバンにしまい、自然と二人で歩き出す。


「紋葉先輩は、部活中にもよく飲み物渡してくれましたよね」

「あれは部費で買ったお茶だけどね~。帰宅部の部費も申請したら出るかな?」

「いいっすね、先生に言ってみましょう」


 出るわけないけど。

 俺の返しに、紋葉先輩はきょとんと目を瞬いたあと、口元を綻ばせた。


「一茶くん、ちょっと元気出た?」

「そうっすか?」

「冗談にノってくれたし」

「……まあ、少しは吹っ切れたかもしれません」


 昨日ほど、気にはしていない。

 もしかしたら、これから後悔が襲ってくるかもしれないけど。少なくとも今は、辞めてよかったと思っている。


「今日、チャイムギリギリに登校したんすよ」

「私も~。朝練がないからね」

「はい。そしたら、めっちゃ楽だなって」

「わかる。マネージャーと一年生は早く来なきゃだったから、なおさらね」

「それと……」


 歩く速度を緩めて、紋葉先輩を見る。


「こんなに素敵なマネージャーがいるなら帰宅部も悪くないなって」

「え? 今、超激かわマネージャーって言った?」

「言いました」

「先輩をからかうなんて、君も生意気になったな~」


 ぐりぐりと、紋葉先輩が俺の肩を小突く。

 冗談っぽく言ったけど、割と本心だったりする。


 昨日、紋葉先輩が気晴らしに付き合ってくれなければ、今日も塞ぎ込んでいただろうから。


「でも、よかったよ。一茶くんが少しは元気になってさ」

「……はい」

「まだ、少しだけだけどね」

「そんなことないっすよ。完全に元気です」

「いいって。マネージャーには弱みを見せるものだよ~」


 カッコつけさせてはくれないらしい。


 紋葉先輩は、俺と同じペースで歩きながら、切なげに目を細める。


「一茶くんが本気でやってたの知ってるもん。すぐには、切り替えられないよね」

「……それは先輩も同じじゃないっすか」

「同じじゃないよ。私は、見てることしかできないもん。いつもね」


 マネージャーが大きな助けになっていることは、部員の誰もが実感している。

 たしかに、試合には出られないけれど、チームメイトの一人だ。そんなふうに言ってしまうのは、少し悲しい。

 あるいは、紋葉先輩は他のことについて言っているのかもしれないけれど。


「駅、着いちゃったね」

「今日も帰宅部活動します?」

「ん~、そうだ。今日は部室に行こう!」

「……はい?」


 帰宅部に部室なんてあるはずもないと思うんだけど。

 そう思っていると、紋葉先輩がいたずらっぽく笑った。





「帰宅部の部室と言えば、家に決まってるじゃん。……うち、来る?」

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帰宅部の俺に、美少女先輩マネージャーができました。 緒二葉 ガガガ文庫ママ友と育てるラブコメ @hojo

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