第4話 先輩マネージャーとプリクラ

  紋葉あやは先輩に強引に手を引かれ、プリクラの中に入った。

 複数人で入ることも想定されているのにも関わらず、ひどく狭い。


 といっても入るのは初めてだから、これが標準なのかわからないけれど。


「……写真なんて、今どきスマホで撮れるのに」

「君、情緒というものを知らないな? いいから撮るよ~」


 スマホの方が加工も編集も思いのままでタダなのに……とか思ってしまうのは、先輩の言う通り情緒が足りないのかもしれない。

 先輩と狭い空間で二人きりという現実からなんとか目を逸らすために、そのくらいの憎まれ口は許してほしい。


「プリなんて久しぶりかも~」

「そうなんですか?」

「うん、今どきの女子高生だから、スマホで撮ることが多いかな」

「さっきと矛盾してない?」


 紋葉先輩は話しながら、テキパキと画面を操作していく。

 いくつかモードがあるようだけど、なにもわからない俺は直立のまま眺めていた。


「これでよしっと」

「あ、料金は俺が……」

「なに言ってるの、私先輩だよ? 後輩が出しゃばっちゃだめ」


 有無を言わさずコインを投入する先輩。

 押し問答する時間もなく、案内の音声が流れ始めた。


「ほら、もっとくっついて」


 カウントダウンを呆然と聞いていると、紋葉先輩が腕を絡ませてきた。

 衣替えを終えた薄手のブラウスが、袖を捲り上げた俺の腕に張り付く。俺より少しだけ低い先輩の頭から、ふわりと甘い香りが舞った。


「近いっす」

「もっと動揺しろよ~。普通、男子高校生なら大喜びで飛び跳ねてもいいシチュエーションじゃない?」

「犬かなにかだと思ってます……?」

「犬みたいに可愛い後輩だとは思ってるよ。……一茶くん、入部したばっかりの時はもっとおちゃらけた子だったと思うんだけどな~」


 先輩はカメラの方を見ながら、そんなふうに言う。俺は、先輩の横顔から目を離せない。


 入部。それはもちろん帰宅部に、ではなく、野球部時代の話だ。

 一年生の練習も見てくれていた紋葉先輩は、もちろん、俺を前から知っている。


 俺はたしかに、男友達とふざけるのが好きなタイプだ。クラスでもそうだし、野球部でもそうだった。……前までは。

 先輩の嫌がらせを受けるようになってからは、練習が楽しいものではなくなってしまったけど。


 シャッター音が鳴り響く。


「次、一茶くん、前で中腰!」

「あ、はい」

「鍛えてるから重たくないよね」


 どういう意味かは、すぐにわかった。

 カメラに写る程度に屈んだ俺の背中に、紋葉先輩が乗っかってきたのだ。


 後ろから垂れてきた髪が、俺の耳元をくすぐる。


「後悔、してる?」


 真上から、囁くような小さな声。

 同時に、シャッター音が鳴り響いた。きっと、俺の間抜けな表情が写っていることだろう。


「え?」

「退部したこと」

「……わかんないです」

「そーだよね」

「まだ実感が湧かないっていうか……でも、ちゃんと考えて辞めたつもりです」

「うん、一茶くんはそういう子だよね」


 いずれ、後悔するかもしれない。

 でも、今の俺は、辞めてよかったと思っている。それは本心だ。

 このまま続けていても、きっと良い思い出にはならないだろうから。


 最後のカウントダウンが始まる。

 横並びに戻って、紋葉先輩を真似てポーズをした。


「私は後悔してるよ。……君を、可愛い後輩を守れなかったこと」


 シャッター音でかき消されそうなほど、小さな声だった。


「先輩……」

「終わったね~。よし、いっぱい落書きするぞ」


 さっきまでの憂いを帯びた表情はどこへやら。

 元気に飛び出していった先輩を追って、俺も外に出た。


 先輩が俺を元気づけるために明るく振る舞ってくれているのは、わかっている。

 申し訳なく思うと同時に、これだけ気にかけてくれて嬉しい。


「じゃあ、帰ろっか」

「はい。あれ? 俺の分のプリクラとかは……」

「可愛く写ってないからダメ。没収でーす」

「……まあいいですけど。お金払ったの先輩ですし」


 あれだけ余計なことを話しながら撮っていたら、そりゃあ盛れないだろう。


「また、来ようね」

「……部活ですからね」

「そう、帰宅部活動。次は、笑って撮れるといいね」


 そういう紋葉先輩は、ずっと満面の笑顔だ。

 俺はなんとか口角を上げるけど、心から笑うことはできなかった。




「じゃあ帰ろ。家に帰るまでが帰宅部だよ」

「すっげえ当たり前のことですね」

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