第2話 理想なくして現実語れず、現実なくして理想語れず

 ゆらゆらと揺れる電車の窓から、肌を焦がす感覚を覚えるほどの眩しい光が差し込む。


 車のボンネットや水溜まりが映し出す太陽が目に入り、網膜に焼きついて離れない。


 いつもは憂鬱なだけの存在だが、何故か普段と異なり、ほんの少しばかりの清々しさを感じさせる。


 その快さを享受しつつ、それを糧に更なる思考の海を潜る。




 変わりたい。


 そう思って自分を変えられるなら、既にそう思う前に変わっているだろう。


 それは斜に構えた考え方だ。


 実際は、強ちにそうとも言い切ることはできない。


 変わりたいと思うこと自体に少なからず、確実に、エネルギーを内包しているからだ。


 そのエネルギーの使い方を知らないから、変わりたいと思っても、自分を変えることはできないのである。


 つまり、俺は俺自身に期待しても良いということだ。変わりたいと思った時点で変わる希望を持っているのだから。


 俺はこの絶好の機会を逃したくない。


 次に「変わりたい」と思う日はしばらく来ないだろうから。


 「変わりたい」と思っても、今日ほど堅実に考えはしないだろうから。


 自分を変えるにはどうすれば良いのか。


 すぐに大きく変える必要はない。


 自分の意志で自分を変えることがほんの少し、極僅かでもできたと思えれば、俺は変わることができると心の底から自分を納得させられるだろう。


 その納得感が「自信」と言えるのかもしれない。


 何を変えるのが、一番確実性が高いのか。


 暫くの間、思考が巡る。あらゆる行動をシミュレーションする。根性や努力を除外して、俺の行動原理に基づいて考える。


 覚悟や決意といった大層なものは持ち合わせていない。


 コミュニケーションを必要とするものも無理だ。最低限のコミュ力がないからぼっちで陰キャなのだ。


 もともとの素質が低すぎて難しい。いくら考えても妙案が出てこない。


 集中力が切れ始めて、スマホを無意識の内に弄り始めていた。


「こんな感じで意識せず何か行動することができたらな。成長するきっかけにはなるだろうに」


 そう呟いてから気がつく。


「無意識……。そうか、無意識か。なるほど。いや、確かに」


 なぜ、スマホを無意識に使えるのか。それは習慣だからだ。ゲームやネット上の非現実世界に触れ続けたから、スマホに触れ続けてきたから、スマホに抵抗がないのだろう。


 ならば、勉強に触れ続ければ、勉強に対して抵抗が無くなると考えられる。


 言い換えるとそれは「習慣化」に等しい。


 「習慣化」の本質は心理的恒常性にある。

 心理的恒常性とは、精神の安定を求めるあまり、現状を維持したいという思いが大きくなることだ。


 俺は知っている。この恒常性という鎖は俺全体に巻き付いて離れないことを。拘束から逃れることができるほど鎖の締め付けは緩くなることを。


 そして、その鎖を締めるのは自分自身であることを。


 それを踏まえて、具体的にどうすれば習慣化できるのか。


 暫くして、その答えはスマホの中にあることに気がついた。


 ゲームのシステムにヒントがある。


 別に、ゲームをすることが具体的な方法ではない。


 レベルだ。


 RPGの世界では、モンスターを倒すと経験値なるものが手に入ることがある。経験値を一定以上得たものはレベルアップし、ステータス、いわゆる能力が向上する。向上した能力に見合う場所でまた経験値を稼ぐというサイクルが組み上がる。


 これを元に考えると、簡単なことを習慣化させることで、習慣化能力が向上し、より高度なことが習慣化できるというサイクルが生まれる。これはレベルアップと言っても過言ではないんじゃないか。


 何を習慣化させるべきか。なるべく手元にあるものが良い。


 ……単語帳が良さそうだ。手軽で常に持ち運びできる。英語の勉強は正直言ってついでだ。習慣化の方が遥かに大切だろう。


 向き不向きは問題じゃない。寧ろあまり向いていないものの方が目的には合う。向いているという一点で得られるモチベーションは不安定で当てにすべきことではないからな。


 行動指針が定まったところで、目を開けると、何故か教室の席についていた。


 …こういうことも登校という行為が習慣化したが故に起こる無意識の行動といえるだろう。

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