いつかまた

 私はミコトちゃんを連れて縁側まで来た。


「話ってなに?」


 ミコトちゃんはちょこんと縁側に座り、私の方を見上げた。

 私もそれに倣い、ミコトちゃんの隣に腰を下ろした。

 もう日が沈んでいる時間帯。その影響はこの天界にもあるのか、外は真っ暗だった。

 あるのは星明りだけだった。


「えっと、そのね。ミコトちゃん、一人で大丈夫かなって」

「そっか。いっちーは優しいね。でも、大丈夫だよ」


 ミコトちゃんは足をぶらぶらと揺らし、私の方ではなく星空の方を向いていた。


「確かに今まで一人っきりになることなんてなかったし、これから一人でやっていけるかすごい不安だよ? でも、でもね」


 ぴょんと縁側から飛び降りて、ミコトちゃんは両手を後ろで組んだ。


「ママも最初はそうだったんだよ。神子もいなかった時、ママは一人でこの世界を管理してた。見守ってた。だから、あーしもこのくらいのこと乗り越えられるよ」

「…………」


 私は黙ってミコトちゃんを見ていた。彼女のその目に涙はない。


「それにね、ずっと一人って訳じゃないよ? ママみたいに頼れる神子をいっぱい作るの。あ、そうだ。知ってる? 普通の人って神の姿を認知できないし、話しかけてもすぐにその存在を忘れちゃうんだって。でもね、前までのあーしは神じゃなかったから、人間の記憶に残っちゃってたみたい。それもあってママはあーしに人間に会うなって言ってたみたい。あーしは知らなかったんだけど、実は毎回あーしと関わってた人間の記憶はママが消してたみたい。あれってすごい大変な作業みたいで、それで、それでね」


 ミコトちゃんは私が何も言わなくても話し続ける。自分の母親のことを。嬉しそうに。

 そんなミコトちゃんの話を聞いていて、私は一つだけ気になったことがある。

 ミコトちゃんとイザナミ様が本音で話したのは恐らく最後の別れ際の少しの間だけ。

 なのに、その時に話していなかったイザナミ様のことをミコトちゃんは何故か知っているようだった。

 それが指し示すのは何か。私の頭には一つの可能性が過った。


「もしかして、ミコトちゃん……。イザナミ様の記憶を持ってるの……?」


 ミコトちゃんの話を遮り、恐る恐る訊ねた。


「…………うん」


 ミコトちゃんは静かに頷いた。背を向けている為、その時の彼女の表情は分からなかった。


「ママから神性を受け取った時、これまでのママの記憶も一緒に流れてきたの。うんん、記憶だけじゃない、その時何を思ったのかも」


 そこで私は気がついた。ミコトちゃんの肩が震えていることに。そして、その瞳から一滴の涙が零れ落ちた。


「ママは本当にこの世界が好きだったんだ。それで、それで、あーしのことも……。どれだけ想ってたのか知ったの……。それにね、ママが、冥府でまだ生きてるってことも知ってるの……。でもね、あーしは会いに行かないよ……? だって、ママが来てほしくないって思ってるから。それで、それで……それでね……あれ? なんで……?」


 ミコトちゃんの瞳から涙が止めどなく流れる。どれだけ拭っても、拭っても止まらない。


「泣いちゃ、ダメなのに……。こんなんじゃ、この世界を守れないよ……。こんな泣き虫じゃ……」


 やっぱり、ミコトちゃんは我慢していたんだ。

 私たちに心配させないというのもあったのだろう。けど、それ以上に神としてしっかりしなきゃというのがあったのだろう。

 母親のように弱い姿を見せてはいけない。弱音を吐いてはいけない。そう思っていたのかもしれない。


「いいんだよ?」


 私は後ろからミコトちゃんを抱きしめた。


「私には、うんん、私たちには弱いところ見せてもいいんだよ?」

「でも、それじゃ、それじゃ……、ママみたいな立派な神様になれないっ!」

「そんなことないよ? だって、私たちは……」


 私は優しくミコトちゃんの頭を撫でた。


「友達でしょ?」

「うん……うんっ!」


 ミコトちゃんは私の腕を力強く握りしめて、大きく頷いた。

 そして、喉が引きちぎれんばかりの大声で泣き叫んだ。

 私はミコトちゃんが泣き止むまでずっと彼女を抱きしめていた。

 私も、私もまた来よう。いつになるかは分からない。来れるかもわからない。けど、先輩たちと絶対にまたミコトちゃんに会いに行こう。







「うへ~、やっぱピーナッツ不味い……」


 柿ピーを食べた後、遥翔たちは不思議な光に包まれた。そして、気がつくといつもの研究室にいた。


「どうやら、元の世界に戻ってこれたみたいだね」

「にしても、柿の種とピーナッツを一粒ずつ食べると元の世界に戻るって、どういう原理だよ?」

「それを言うなら、異世界に行く原理の方がよっぽど不思議だよ」

「ま、無事に帰れたんだからいいじゃん。なんでも」

「俺様はよくねえぞ! 人を実験台みたいにしやがって」


 篤史は遥翔たちにつっかかってきた。


「ちゃんと帰ってこられたんだから、文句言うなよ」

「帰ってこれなかったら、どうするつもりだったんだよ!」

「それはそん時考える」

「適当過ぎんだろ!」

「あれ? 一ノ瀬は? まだ帰ってきてないのか?」

「無視すんな!」

「あ、ホントだ。ま、そのうち帰ってくんだろ」

「きっと、ミコトと話しているんだろう」

「ねぇ、本当に無視? ねぇねぇ、いいの? 俺様泣いちゃうよ?」

「あいつはお人好しって言うか、面倒見がいいって言うか」


 篤史は部屋の隅に行って膝を抱えていた。


「ま、ベテランボッチだからな。同族センサーでも働いたんだろ」

「それあるかもな。流石、ボッチ師匠だ」


 俺たちは無駄口を叩きながら、研究室を後にした。


「ちょっと! 本当に無視して、俺様を置いてくな!」


 その後ろを篤史が叫びながらついてくるのだった。








「………………ん」


 ゆっくりと目を開くとそこは見慣れた研究室だった。


「本当に戻ってこれるんだ……」


 説明書通りに柿の種とピーナッツを一粒ずつ口に入れたら、元の世界に戻ってきた。


「あれ? 誰もいない?」


 研究室の中を見渡すと誰一人としてそこにはいなかった。


「ん?」


 机の上を見ると一枚の紙とその上に鍵が置いてあった。


『戸締りよろしく。  天道』


 汚い字でそう書かれていた。


「え? 嘘。先に帰ったの? 待ってくれてもいいのに」


 相も変わらず薄情な先輩たちの行動。


「やれやれ、仕方のない人たちですね……」


 私は研究室を出て、鍵を差し込む。

 一つの物語に幕を閉じるように、ゆっくりと鍵を閉めた。

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