別れ
朱鷺坂先輩が用意してくれた夕飯を平らげ、朱鷺坂先輩によるミコトちゃんへのレクチャーもあらかた終わった頃。
「あ、そうだ。お前、まだ柿ピー持ってるか?」
何の脈絡もなく天道先輩はそう聞いてきた。
「ええまぁ、持ってますけど……」
異世界の扉が光る瞬間に、柿ピーを持っていたから、この世界に来た時からずっと柿ピーは懐にあった。
「それをくれ」
「嫌です」
「即答!? 何で!?」
「だって、天道先輩はピーナッツ嫌いなんですよね。そんな人にあげたくないですって言いませんでしたっけ?」
「言ってた、言ってたけど……」
天道先輩は納得がいかないのか、モヤモヤとしている様子だった。
「じゃあ、アタシにはくれるのか?」
「いいですよ」
私は袋を取り出し、朱鷺坂先輩に柿ピーをあげた。
「あ、じゃあ俺様も」
「僕も」
「はい、どうぞ」
続けて和泉先輩と網嶋先輩にもあげた。
「ねぇ、俺は……?」
「ダメです」
「ひでぇ……」
天道先輩は露骨にがっかりして肩を落とした。
「……あの、どうせくだらないことだと思いますが、くだらないことですけど、一応聞きますね。急に柿ピーが欲しいって、どうしたんですか?」
「くだらないって決めつけるな! しかも、二回言ったな!」
「いや、だって……」
日頃の行いを見直してもらいたい。そしたら、絶対そんなセリフは出て来ないから。
「聞いてくれ、一ノ瀬」
天道先輩は私の両肩を掴んで、真剣な顔で見つめてきた。
え? ちょ、ウソ……。待って……そんな急に……。心の準備が……。
私は顔を赤らめて視線を下に向けた。
「柿ピーは元の世界に帰るために必要なんだっ!」
「はーい、お疲れさまでしたー」
私は天道先輩の手をペイっとはじいた。
「いやいや、待て待て! 本当に必要なんだって」
「……………」
「その、こいつ何言ってんの? みたいな目をやめろ」
「こいつ何言ってんの?」
「口に出せってことじゃねぇよ!」
やはりと言うべきか、この人の考えていることは意味が分からない。
元の世界に帰るには柿ピーが必要? そんなアホみたいな話あるわけがない。
「お前も、ここに来る前に説明書見ただろ。そこに書いてあったじゃん」
「…………あ~」
そこで私は思い出した。
そう言えば、そんなこと書いてあった気がする。
異世界に行けること自体冗談だと思っていたから、その辺のことについては忘れていた。
「と、いうわけで、柿ピー下さい」
「理由は分かりました。ですけど、それ試したんですか?」
「試したって?」
「本当に柿ピーで元の世界に戻れるのかってことです」
「それもそうだな」
ふむふむ、と天道先輩は頷き、和泉先輩の方を見た。
「じゃ、頼んだ」
「よろしく」
「期待してる」
「お願いします」
それに続くように私たちも和泉先輩の方を見た。
「え? なんで俺様?」
「だって、こういう時は大体いつも篤史が実験台になるじゃん」
「いやいや、おかしいだろ!」
「ごちゃごちゃうるせぇな、さっさと食え」
朱鷺坂先輩はごねる和泉先輩の口に無理やり柿ピーを押し込んだ。
「んぐっ!」
すると、和泉先輩の体が淡く光り出した。
「え? え? なにこれ? 俺様死んだりしねぇよな」
バタバタと和泉先輩は暴れていたが、体が光り出してすぐにその姿はどこかへ消え去った。
「これは成功でいいのか?」
「ま、何も起きなかったって訳じゃないから。それだけでも収穫だろ」
これが成功なのか判断しづらい。元の世界に戻れたかどうかの確認は出来ないのだから。
「でも、この行き先が元の世界じゃないとしても面白そうだからいいけど」
そうして天道先輩たちは何のためらいもなく柿ピーを口に放り込んだ。
そして、和泉先輩と同じように体が淡く光り出した。
「んじゃ、俺たちは帰るわ。またな」
「じゃあな、いい神になれよ」
「気になることがあったら、また来るよ」
随分とあっさりした挨拶。それはまるで放課後に友達の家に遊びに行った帰り際のようだった。
「うん、またね」
ミコトちゃんも気にすることなく、笑顔で返した。
「本当に帰っちゃった」
先輩たちの姿はもうない。
残ったのは私とミコトちゃんだけだった。
「ごめんね。ミコトちゃん」
「え? なんで、いっちーが謝るの?」
「だって、あの人たちせっかくのお別れだって言うのに、ざっくりというか、適当というか、そんな感じだったから」
「いいよ、そんなの。だって、またって言ってくれたから」
異世界は無数に存在する。そして、あの異世界の扉について私たちの知っていることは少ない。ランダムに異世界へと繋げてるかもしれない。
もしそうだとしたら、この世界にまた来れる確証なんて何もないのだ。
それなのに誰一人として、また会えると信じて疑わなかった。
「いっちーはまだ帰らないの?」
「あ、私は……」
私は手に持っている柿ピーを眺める。
「もうちょっとだけいいかな?」
そうだ、私はミコトちゃんと話さなければならないことがあったんだ。
「いいけど、どうしたの?」
「もう少しだけ、ミコトちゃんと話したいなって」
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