打ち上げ

「あ! それ今俺様が取ろうとしてた唐揚げ!」

「お前が食うの遅いのが悪い」

「あんたら、喧嘩すんな。足んない分は追加で作ってやっから」


 もろもろ終わり落ち着いたころ私たちは、ミコトちゃんの屋敷で夕食を食べていた。

 イザナミ様が亡くなったしばらく後、ミコトちゃんは泣き疲れたのか眠ってしまった。


「こういう時は旨いもん食うに限るぜ」


 朱鷺坂先輩はそう言って、ミコトちゃんが寝ている間に夕食の支度を始めたのだった。

 目が覚めたミコトちゃんはもう泣いてはいなかった。


「美味しそう!」


 朱鷺坂先輩の料理を見て彼女は笑ってはしゃいでいた。それが空元気なものなのかは分からなかった。けど、無理にイザナミ様の話をすることはない。それが私たちの共通の認識だった。

 だから、私は彼女には伝えていない。ミコトちゃんの救出に向かわなかった網嶋先輩だけが聞かされた、イザナミ様の言葉を。

 ミコトちゃんはイザナミ様が死んだと思っている。しかし、実際はそうじゃない。

 神に死という概念は存在しない。イザナミは死んだのではなく、冥府の果実を口にしたことで、冥府の住人となったのだ。それは冥府以外では生きられないということだ。

 つまり、イザナミ様は冥府で生きているのだ。冥府に行けば、イザナミ様に会うことは出来るらしい。

 今の彼女の精神状態が分からない以上余計なことは言わない方がいい。下手したら彼女も冥府に行くと言いかねないからだ。

 冥府に行けば、二度とこちらには戻ってこれない。だから、イザナミ様は私たちには話たが、ミコトちゃんにはそのことについては一切伝えなかった。


「いっちーは食べないの? 早くしないと、はるとんたちが全部食べちゃうよ?」

「ああ、うん。ごめんごめん。食べるよ」


 いけない、ボーっとしてた。変にミコトちゃんに勘繰られないようにしなきゃ。


「さっつんって料理上手なんだね」

「そりゃ、毎日作ってるからなぁ。これぐらい余裕だ」


 何故か天道先輩が自慢げだった。


「そっか。あーしも料理覚えないと……」


 ミコトちゃんのその言葉に場が一瞬凍った。

 そう、これから彼女は一人で過ごしていかなきゃいけないんだ。掃除洗濯に家事全般。

 今までやってくれていた神子の人たちはもういないのだから。


「んじゃ、アタシが教えてやるよ。厨房に来な。ここ、結構いい器具揃ってるから使わないのは損だぜ」


 朱鷺坂先輩のナイスアシストに助けられた。

 ミコトちゃんは朱鷺坂先輩の後についていって厨房の方に向かった。


「ミコトちゃん大丈夫かな……」


 ふと、そんな言葉が出た。


「大丈夫だろ。だって、もうあいつは手出しできないんだろ?」


 天道先輩の言うあいつとはヤナギのことだ。

 ヤナギは朱鷺坂先輩が縄で縛って連れて帰ってきたが、イザナミ様が消えると同時に彼自身もその姿を消した。

 イザナミ様から聞いた話だと、彼は冥府に幽閉されたとのこと。

 冥府とは死者の魂が行きつく先。それとは別に人間世界の法で裁けない者、捕えておくことが出来ない者を幽閉するための監獄としての役割もあるという。

 今回の件は、人間世界の法で裁けないものに該当する。

 確かに神やら神子やらが絡む事件を警察や裁判所がどうこう出来るはずはない。

 過去にも神子が事件を起こしたことが何度かあり、そういう場合は例外なく冥府送りにされるという。

 また神によって指名手配される者もいるとかいないとか。

 とにもかくにも、ヤナギは冥府に幽閉された為、もうこの世界に二度と手出しは出来ない。

 けど、私の心配は別にあった。


「一ノ瀬の言いたいことはそう言うことじゃないんだろう?」


 網嶋先輩が私の代わりに答えてくれた。


「今の彼女は神子を全員失い一人っきりだ。イザナミの力を得て、完全な天の羽衣を手に入れたとは言え、今回みたいにまた何者かに襲われた時、彼女一人で対処できるかどうか怪しい。ヤナギは捕まったが、結局彼の背後にいる黒幕の正体すら知らないままだしね」


 冥府の果実を手に入れるのは容易なことではない。ましてや、神子であるヤナギがイザナミ様の監視をすり抜けて、それを手に入れるなんて絶対に出来ない。

 だから、ヤナギに冥府の果実を与えた者が別にいると私たちは考えていた。

 それに加えて、ヤナギが従えていた部下数十人ほど。あれらは全てイザナミ様の知らない人間だという。その人間たちは戦いの後、姿を消したらしい。もちろん、冥府に送られたわけではない。


「それも確かに気になりますけど、やっぱり一番は精神的な面ですよ。これから一人で、頼れる人もいなくて大丈夫でしょうか?」

「それこそ、もっと心配いらないだろ」


 天道先輩は能天気にそんなことを言った。


「そうだぞ。心配いらないって」


 それに同調するように和泉先輩もそう言った。


「そんな無責任な……」


 根拠のない彼らの言葉にかえって不安が増すばかりだ。


「そんなに気になるなら、一度彼女と話してみたらいいんじゃないか? まぁ、とは言っても僕たちに何が出来る訳でもないけど」


 網嶋先輩の言う通りだ。私たちに出来ることなんてない。でも、だからと言って何もしないのはなんか違う気がした。

 うん、やっぱりミコトちゃんと話そう。

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