イザナミノミコト

「先輩っ!」


 天道先輩がヤナギさんに蹴り飛ばされ、戦場は外へと移る。

 私はその後を追って、穴の開いた壁際から様子を伺う。


「“神薙”!」


 真一文字に振るった木刀がヤナギさんの腹部を正確に狙う。


「がはっ!」


 もろに天道先輩の攻撃を受けたヤナギさんはそのまま倒れ伏し、起きる気配はなかった。


「ははっ、見たか。俺の勝ちだ……」


 天道先輩も限界が来ていたのか、その場で倒れてしまった。


「ちょ! 大丈夫ですか!」


 私はすぐそばまで駆け寄るが天道先輩の反応がない。


「ったく、なさけねぇな。アタシが運ぶ」


 甲板から降りてきた朱鷺坂先輩が天道先輩を抱きかかえる。


「朱鷺坂先輩! 敵は!?」

「もう全員倒した」

「はぇ~すご」


 敵が誰一人追ってきていないところ見るに朱鷺坂先輩の言う通りなのだろう。


「それよりも遥翔の怪我が心配だ。これ治んのか?」


 朱鷺坂先輩の心配は天道先輩の左手だった。

 ヤナギさんを殴ったときに指を切られてしまった。

 見るも無残なグロい状態になっており、左手の指は今にも崩れ落ちそうだった。


「それならあーしに任せて」


 少し遅れてやってきたミコトちゃんが天道先輩の左手に触れる。

 すると、何やら暖かい光が放たれ左手を包む。


「何やってんだ、それ」

「神性を使った治癒だよ。あーしの力じゃ完治とまではいかないけど、応急処置くらいはできるよ」


 確かに天道先輩の指がどんどんと治っていく。


「ミコト……か?」


 指の傷だけではなく、体力まで回復させられたのか天道先輩が目を覚ました。

 まだ自分の力で立てるほどは回復していないみたいで、ぐったりした状態で朱鷺坂先輩に体重を預けていた。


「無理はしないで。起き上がれるほどまでは回復していないから」

「いや、俺のことはいい。それよりも」


 天道先輩は触れていたミコトちゃんの手を握り返して、彼女の目を見る。


「答えは出たか?」


 何の、それは言わなくてもきっとミコトちゃんは分かっている。そういう目をしていた。


「私は――」






 初めてのことかもしれない。自分の力で、足で、天界に戻ってくるのは。

 いつも人間界へ家出していた時は、ヤナギや他の神子の人たちに捕まって天界に連れ戻されていた。

 だからこうして自分の意志で天界へ帰るのは、新鮮な感じがした。

 そして、もう一ついつもと違うことがある。

 それは後ろに友達がいることだ。


「ただいま、ママ」


 ママの部屋に行くと、どす黒い瘴気を纏い体の半分以上が黒く染まったママが辛そうな顔で横になっていた。

 そのすぐそばには、はるとんたちが神妙な面持ちで座っていた。

 聞かなくても分かる。もうママの命は長くはないのだと。


「おかえりなさい、ミコト。よかったわ、あなたには怪我がなくて」


 ママの声はとても弱々しかった。


「うん、はるとんとさっつんが守ってくれた」

「そう……、ちゃんと、お礼は言ったの?」

「言ったよ。はるとんは怪我して、でもあーしを……」

「見てたわ。彼のパソコンで。いい友達を持ったのね」

「うん、うん……」


 私はまだ綺麗なママの右手を握りしめて、涙を流した。


「あーし……、あーしね……」


 言わなきゃ、言わなきゃ。

 けど、ママに伝えなきゃいけない言葉が胸の奥でつっかえて出て来なかった。


「あーしはっ……!」

「いいのよ」


 私の言葉を遮るようにママは私の頬に触れた。


「あなたの好きにしていいわ。あなたを縛っていた私はもういなくなる。だから、この先あなたは自由よ」


 いつもと言っていることが、違う。神になれ、お主はわらわの代わりだ。そう言っていた。どういう心変わりなのだろう?

 いや、そうじゃない。

 私はもう知っている。ママがどうして私を生んだのか。その本当の理由を。

 それから、ママの真意を知った今なら分かる。

 ママが普通の喋り方をする時、それは嘘偽りない本心を口にする時だ。

 いつもは怒った時に出るその喋り方。それは感情が高ぶり、自分を偽ることが出来ないからこそ出る本心だったんだ。

 そう、だから、これはママの心からの言葉。

 なら、私もちゃんと答えよう。

 これから先のこと。私の考え、私の気持ち。その全部。


「ママ、あーしね。あーしはあーしだよ? ママの代理品じゃない。あーしはママの代わりにはなれないし、イザナミにもなれない」

「……そう」


 ママの表情は変わらなかった。

 失望も悲しみもそこにはなかった。


「だから、あーしはあーしとして、ミコトとしてこの世界の神になる」

「……え?」


 想像していなかったのか、私の答えにママは困惑の表情を隠しきれていなかった。


「あーし、この世界のこと好きだよ。実際に自分の足で、目で見てそう感じたの。私はこの世界がなくなるのは嫌」

「ミコト……」

「それに、それにね。ママのことも大好きなんだよ? だらしなかったり、すぐ怒ったりするし。でも、でもね、この世界をずっと守って維持して管理して育ててきたママのこと凄いと思うし、尊敬もしてる。それに、なにより、あーしのたった一人のママなんだもん」


 ママは肩を震わせ、私と同じように涙を流し始めた。


「だから、だからね。そんなママが大事にしてたこの世界がなくなるなんて、絶対に嫌!」

「でも、でもいいの? 神になったら、あなたが欲していた自由は手に入らないのよ?」

「大丈夫だよ。大事なのは立場じゃなく、何を成すかだもん。神になったとしても、人間になれたとしても、何をするかはあーしが決めること。あーしはあーしの意思でこの世界を守る」

「そうね。……やっぱり、あなたは……」


 ママは笑って私の頭に手を置いた。


「……ママ?」


 その言葉の先を聞こうとした瞬間、私の中に何か暖かいものが流れてきた。

 それはこの世界に対する全ての権限、そしてママの中になる全ての神性であることはすぐに分かった。

 それと同 時に悟った。

 神性、神にとって命の根源ともいえるそれを全て失うということはつまり……。


「じゃあ、後はよろしくね?」

「ママッ!」


 私のその叫びと共にママの姿は欠片も残らず消え去った。


「……ぅ、ママだって、人のこと……言えないじゃんっ……」


 これでも我慢していた方だった。けど、それはもう出来ない。


「うあああああああああああああああんんんんん!!!!!」


 私は堰を切ったように泣き崩れた。


『やっぱり、あなたは……』


 頭の中で声がした。それは死の間際、神性と共に流し込まれたママの心の声。




『やっぱり、あなたは私の娘。――イザナミのミコトね』

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