遥翔VS.ヤナギⅡ

 くだらない。実にくだらない。

 ミコトが怒り、天道と言い争いを始めた。だからもう私が手を加えるまでもなく終わると思っていた。

 しかし、そうはならなかった。逆に心が折れかけていたはずのミコトまでも私に敵意をむき出しにし、その目は息を吹き返したようだった。あんな安い言葉に乗せられて。

 本当にくだらない。

 例えミコトがやる気になったところで、戦況は何も変わっていない。

 天道はもちろん、ミコトも私に勝てる力を持っていない。

 ミコトが反抗的になった分、連れて行くのが面倒になっただけだ。


「仕方ない。四肢を切り落とすか」


 少女とは言え、神の子。手足を失ったくらいでは死にはしない。傷なしよりはその価値は落ちるがこの際だ。そのくらいは勘弁してもらおう。


「まずは貴様だ。生かす理由はもうない。死ね」


 私は右手の指を刃に変え、天道へと振り下ろした。


「っ!」


 天道は私のその動作を捉えきれていなかった。

 それはそうだ。

 彼の動体視力、反射神経は素晴らしいものだった。けど、それはあくまで人間の範囲での話だ。

 神子である私が少し本気を出せば、その動きについては来れない。

 偶然も奇跡もお前たちにはない。


「…………なに?」


 しかし、私の刃は天道の元にまで届かなかった。その寸前で何かに阻まれたのだった。


「これは結界……いや、天の羽衣……。ミコト、貴様か」


 私がミコトを睨むと彼女は両の手を前に突き出していた。

 天の羽衣。神の身を守る絶対防御。この世全ての悪意ある攻撃を防ぐもの。神であれば誰しもが自然に纏っているもの。もちろん、イザナミもこの天の羽衣で守られている。

 だが、ミコトの場合そうではない。

 神に至っていない彼女の羽衣は不完全。私の力であれば容易に切り裂けるはず。


「あーしの神性じゃ、あなたの攻撃は防ぎきれない。だから、一点にのみ神性を集中させて、防御力を上げたの」

「いや、それだけでは足りないはず。貴様の神性全てを用いても、私の足元にも及ばない」

「うん、その通り。あーしの神性はあなたには及ばない。あーし一人じゃ、ね」

「! まさか……」


 私はミコトの後ろ。山のように積まれた死体を見た。


「神子は死んでもその体にはまだ神性が宿ってる」

「死体から神性を受け取ったのかっ!」

「そう、あーしは一人じゃない!」

「ふん、だが、それでもその羽衣はギリギリじゃないか」


 ピキっと音を立て、ミコトの羽衣にひびが入った。

 このままでいけば押し切るのは容易い。


「それはそうだよ。だって、あなたの攻撃を受け止めるだけじゃ、あなたは倒せない」

「……?」


 ミコトの意味深な言葉。その真意を探ろうとするが、その必要はなかった。すぐにその意味が分かった。


「あーしじゃ、あなたには勝てない。だから、託すことにしたの」


 ミコトのすぐ隣。天道の右手には見覚えのある木刀が握りしめられていた。

 私が切り裂き柄だけになったはずの木刀は元の姿に戻っていた。


「あーしが最も信頼する友達に」


 瞬間、ミコトの羽衣は砕け散り、ミコトは後ろに飛ばされる。

 私はすぐさま追撃しようとするが、間に天道が割って入ってきた。


「邪魔だ、どけ」


 私は無造作に刃へと変えた左手を天道に振り下ろした。

 天道は木刀を構え、私の刃を受け止めようとする。


「無駄だ」


 大方、ミコトの神性を使いその木刀を元に戻したのだろうが、それでも結局はただの棒切れに変わりはない。

 その木刀ごとお前を引き裂く。

 そのはずだった。


「やってみろ。俺の“夜桜”はもう二度と折れたりしない」


 天道の木刀は見事に私の刃を止めた。


「なんだとっ!」


 焦って右の手でその木刀に追撃を加える。しかし、それでも木刀にひびを入れることすら叶わない。

 天道は力任せに木刀を振り、私の刃を弾き返した。

 私は弾かれた勢いを利用して、そのまま後ろに飛び距離を取った。


「どうなっている?」


 目を凝らして木刀を見るとその理由が分かった。


「その木刀、神性を宿している……?」

「そう、あーしの神性をこの木刀に与えたの」


 人間に神性を与えることで、超人的な力を得、得意な能力が発現する。恐らく、それと同じことを木刀に対して行ったのだろう。


「今のあーしじゃ、はるとんを神子に出来ない。それに神子になれるほどの信仰ははるとんにない。けど、物質に対して神性を与えるだけなら、あーしでも可能」

「原理としては理解できるが、そんな事例は聞いたことがない」

「あなたが聞いたことなくても無理はないよ。だって、これは神子という概念が存在しない時代に行われていた太古の神性術だからね。物質に神性を与え、特殊な武器、“神器”を生み出す技術」

「だが、それだけでは私の刃を止めるには不十分のはずだ。例え神器と言えど、神性を用いているものであれば、貴様への信仰心が無ければ、力は発揮できない。物質に信仰心などないはずだからな」


 神性は神に対する信仰、信じる心の大きさでその力は変化する。信仰心が大きければ大きいほど、絶大な力を発揮する。逆に信仰心がなければ減退する。


「その通り、神性とは信じる力。けど、神器の場合はちょっと違う。神子が神を信じることによって力を発揮するのに対し、神器は持ち主がその神器を信じることによって力を発揮する」

「それはつまり、天道がその木刀に対してそれだけの思い入れがあるということか?」

「あなたが押し負けるってことは、そういうこと」

「くだらない。その思いごと、私の刃で切り裂いてやる」


 神器が神子に匹敵する力を持っていることは認めよう。だが、それは神器だけの話。持ち主がただの人間では、私の動きにはついてこられない。

 私は床を蹴り、両手の刃で天道を襲う。


「…………!」


 両の手を交互に振り、天道に攻撃する。並の人間では追いつけるはずもない速さで。

 何度も何度も。


「っく!」


 何度も何度も。


「何故だっ!」


 しかし、けれども。


「何故、貴様は私の動きについてこれる!」


 一度たりとも天道に攻撃を当てることが出来なかった。

 全ての攻撃を木刀で受けきったのだ。


「あ? てめぇのスピードが落ちてんだろ。さっきよりもてめぇの動きがよく見えるぜ」


 私の動きが鈍っている……? 馬鹿な、あり得ない。


「体もさっきよりなんか軽くなって動きやすくなってるし、今なら簡単にてめぇをぶっ飛ばせそうだ」

「……まさか、いや、しかし」


 私はそこで一つの可能性に至った。


「神器とは持ち主にまでその力が影響するのか……?」

「そうだよ。けど、あなたが押し負けているのはそれだけじゃない」


 ミコトは私の右手の刃を見た。


「な、に……?」


 ミコトにつられ自分の右手を見るまで気がつかなかった。


「欠けている、だと?」


 決して切れ味が落ちることはなく、刃こぼれもしないはずの私の刃が欠けていたのだった。


「あの木刀の方が、硬度が上だと言うのか……?」

「違うよ。硬度の問題じゃない。ヤナギが自分で言ったんだよ」


 私が? 言った? 何を?


「神性とは信じる心、思いの力。信仰が無ければ、その力は失われる。ママを裏切った今のあなたには全盛期の半分の力もない」


 失ったのか、私は。力を。

 否! 否! 否!


「もしそうだとしても、……私は、負けない!」


 天道の木刀を左腕で受け、空いた腹部に蹴りを叩き込む。


「ぐっ!」


 蹴り飛ばされた天道は壁をぶち抜き、外へと放り出される。

 例え私の神性が落ちてしまっても、戦闘経験の差だけは埋められない。


「このまま、崩す!」


 天道を追って私も外へと飛び出す。


「今持てる力のすべてを……!」


 私は両の腕を刃へと変える。

 指の時とは違う。これは二刀の大剣。希望すらも切り裂く絶望の剣。

 私はこんなところで敗れるわけにはいかない。自由を手に入れるために。


「それはこっちのセリフだ」


 蹴り飛ばされた天道は体勢を立て直し、木刀を腰に収める。


「あんたみたいな心の弱い奴なんかに、俺は負けないっ!」

「黙れ! 貴様は、今ここで、私が殺す!」


 二刀の大剣は変色し、漆黒に染め上がった。


「大黒剣、絶影!」


 両の腕をクロスし、天道へと斬りかかる。

 しかし、天道はその場を動かず、目を閉じていた。

 諦めたのか?

 いや、違う。この男は決して諦めたりしない。

 油断せずに天道を注視する。


「なっ!」


 けど、それがいけなかった。

 大剣と化した右腕が突如飛んできた鎖によって拘束される。


「あの女っ!」


 鎖の先、甲板の上、そこには朱鷺坂と名乗っていた女が立っていた。


「決めろ、遥翔!」

「天道流唯式一ノ型――」


 天道は木刀を腰に差したままこちらへ向かってくる。


「まだだ! まだ左腕が残っている!」


 私は向かってくる天道の首元を目掛けて左腕を振るう。


 キンッ!


 甲高い音と共に左腕が弾き飛ばされた。

 一瞬何が起きたのか分からなかった。

 目の前の天道は何もしていない。

 仕掛けてきたのは……。


「貴様かっ……!」


 視線を少し上に向けるとそこにはスナイパーライフルを構えた男がビルの上に立っていた。

 右腕は鎖によって動かせず、左腕は後ろにはじかれて、もう間に合わない。

 私はゆっくりを目を閉じた。

 最後、天道が腰の木刀を振り抜いた光景だけが頭に残っていた。


「“神薙”!」


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