友達
私はただ泣くことしか出来なかった。
目の前に積まれた死体の山。その全てが私の家族で大切な人たちだった。
私が生まれたその時からずっと傍にいた。ママと一緒に私を育ててくれた人たち。
そんな彼らが血を流したまま動かない。知らないところで知らないうちに帰らぬ人となった。
ヤナギが神子を全員殺したと言っていた。けど、そのことを聞いたときは半信半疑だった。でも、今目の前にあるこの現実は疑いようがなかった。
私の後ろでははるとんがヤナギと戦っていた。
どうして?
彼の行動原理が分からなかった。彼にとっては他人事のはずだ。目の前にある無数の死体の中に彼の知り合いなど一人もいない。けれど、彼は憤慨し、私よりも先にヤナギに食ってかかった。
カランっと私の横に木刀の柄が飛んできた。
私はそれを何気なく拾い上げ、後ろを振り向いた。
はるとんは武器をなくし、その身一つでヤナギへと向かっていった。
勝てるはずがない。
私はヤナギの能力を知っている。素手では間違いなく返り討ちにあう。
そう思っていた矢先、はるとんの拳がヤナギの頬に叩き込まれた。
そのすぐ後、天道さんはよろよろと後ろに下がり、左手から血を流していた。
どうして?
再度、私の中で何かが問うた。
分からない。彼は何故ヤナギに立ち向かうのか。
彼の左手の怪我は決して浅くはない。なのに、その闘志はまだ燃えていた。いや、むしろさらに燃え上がっているような気さえする。
関係ない。彼には関係ないことなのになんで?
「分からないな。並の人間ならその怪我でパニックになってもおかしくない。なのに、貴様はまだ私の前に立っている。そこまでする理由が貴様にあるとは思えない」
ヤナギも不思議に思っているのか、天道さんにその心理を訪ねていた。
「俺の母親は放任主義で口うるさいこと言ってきたりはしないんだけどよ。たった一つだけ躾けられてることがあんだよ……」
彼の頭がよくないことは短い付き合いだが知っている。考えなしでアホなことも。でも、だからって……。
「泣いてる女の子がいたら、死んでも助けろってな!」
彼のその言葉は私を突き動かすのには十分だった。
私は立ち上がり、涙を拭く。そして、胸の内に沸き上がったこの気持ちをぶつけた。
しかし、その相手はヤナギではなく……。
「ふざけないで!」
はるとんに向けて私は吼えた。
「…………」
自分に対していっているのだと理解していたのか、はるとんは振り向き私の目を見た。
「泣いている女の子って、あーしのこと!? じゃあ、はるとんはあーしが泣いたせいで、血を流しながらも戦っているの!?」
「…………」
はるとんは何も言わなかった。私はそれを肯定ととらえた。
「なら、もうやめて! あーしは頼んでない! だから、逃げてよ! 私が捕まれば済む話なんだから。これはあーしの問題。あーしの世界の問題。だから、だから、はるとんには関係ないじゃん!」
「確かに、……そうだな」
静かに天道さんは肯定した。
「お前は俺に頼んでない。俺が勝手にやってることだ。そして、これはお前の問題だ。俺には関係ない。……じゃあ、逆に聞くぞ」
はるとんは一歩、また一歩と私に近づいてくる。
「お前はこのままでいいのか?」
「え?」
「仲間は全員殺され。イザナミは死にかけている。そして、お前は攫われこの後どうなるか分からない。けど、決して笑って過ごせるものじゃないだろう。それでも、お前はこいつに大人しく捕まるって言うのか?」
「そうだよ!」
「お前がこの世界からいなくなり、イザナミが死んだら、この世界はどうなる?」
どうして?
「そんなのなくなるに決まってるじゃん」
「本当にそれでいいのか? ここはお前の世界だ。お前が生まれた世界だ。そして、ここには多くの人がいる。多くの道がある。それをお前が勝手に諦めるのか?」
どうして?
「もう一度聞く。お前はこのままでいいのか?」
どうして?
幾度となく疑問の声が私の中で聞こえる。でも、これははるとんに向けたものじゃない。
どうして? どうして、何もしないの?
これは私が私の心に問う声。
「いいわけない!」
私は叫ぶ。もう、ずっと前から決まっていたその答えを。
「あーしの仲間を、家族を、ママを傷つけたあの人を許せるはずなんてない! 黙ってなんかいられない! でも、だけど!」
そう、許せるはずがないんだ。それなのに、私がただ泣くことしか出来なかった理由はただ一つ。
「あーしじゃ、あの人を止められない。ママを助けられない。みんなの仇を討つことも出来ない! あーしひとりじゃ何も出来ない!」
今の私の力じゃ、ヤナギに向かって行っても返り討ちに会うだけだ。勝てる見込みなんてない。
神になる為の教育をサボっていた私には対抗するすべも何もない。目の前で傷ついているはるとんを助けることだって出来やしない。
私に出来ることは降伏し、彼に従うことしかない。それでしか、はるとんを救えない。
「ふざけるな!」
はるとんは私に向かって叫んだ。それは今しがた私がはるとんに向けた言葉だった。
「俺たちがいるだろうが!」
「…………ぁ」
声が出なかった。
「お前がダメなら俺が。俺がダメなら、紗月が、凪が、篤史が、一ノ瀬が。それでもだめならみんなでだ!」
「でも、でも、みんなこの世界の人じゃ……」
「同じ世界に生まれなきゃダメなのか! 違う世界の人間じゃダメなのか! そんなの関係ないだろ! 今ここに俺とお前は立っている。同じ時間に同じ世界に立っている。理由なんてそれだけでいい」
「そんな、……の」
そんなので納得できるわけない。滅茶苦茶な理論だ。
「それでも納得できないって言うならな。たった一つ、もっと簡単なことがある」
はるとんはボロボロの左手に無理やり力を入れて、拳を握った。
「俺たち友達だろ?」
限界だった。我慢していた涙が溢れ出して止められなかった。
いや、涙だけではない。我慢していた言葉までも自然と出てしまった。
「たすけてっ……!」
「任せろ」
はるとんは笑って私の頭にポンと手を置いた。
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