遥翔VS.ヤナギ
「おい、こっちで本当にあってるのか?」
「う、うん、あってるとは思うんだけど……」
私の案内通りに天道先輩が前を走る。その後ろに私とミコトちゃんがついていく。
網嶋先輩のマップ通りに進んではいる。けれど、すごく嫌な感じがする。うんん、そうじゃない。嫌なニオイがすると言った方がいいかもしれない。
それは天道先輩も感じ取っているみたいだった。
「この先か」
そして、私たちはヤナギさんがいると思われる部屋の前までたどり着いた。
天道先輩が扉に手を置き、躊躇いなく押す。
「……っ!」
その瞬間、さっきまで感じていた嫌なニオイが強くなる。
「これは……」
それに加え、そのニオイの正体が目の前に現れた。
部屋の奥には人の形をしたものが山積に積まれていた。そこから流れる血は部屋の入口にまで流れていた。
私たちが感じていたのはこの死のニオイだった。
「みん、な……?」
ミコトは体を震わせながらゆっくりとその死体の山へと近づいていった。
神子は全員殺した。
そうヤナギさんに言われていたようだが、心の奥底ではまだみんな生きているのではないかと希望を抱いていたのだろう。
けれど、その希望はこれを目の前にして絶望へと変わった。
素人目から見ても彼らが生きているとは到底思えない。
死体の山の中には見覚えのある顔があった。
確か私たちをイザナミ様のところへ案内してくれたサイトという少年だ。
他にも名前は知らないけれど、天上の屋敷で見た覚えのある人たちが息をせずに横たわっていた。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が乱れる。上手く息を吸うことが出来ない。苦しい。
仲がいい人ではないけれど、人の死を目の前にして平常心を保っていられるほど私の神経は図太くない。
手が震える。体が寒い。胃の中のものが出そうになる。
「何故貴様らがここにいる。どうやって、檻から出た?」
声のする方へ視線を向けるとそこにはマップ通りヤナギさんの姿があった。
「なっ!」
「え?」
気が付いたら天道先輩がヤナギさんに向かって木刀を振り下ろしていた。
ヤナギさんは驚きながらも右腕でその攻撃を防いでいた。
全然見えなかったけど、恐らく天道先輩はヤナギさんの声が聞こえた瞬間に襲い掛かっていたのだろう。
「てめぇをぶっ飛ばしに来たに決まってんだろうがよ!」
「まったく、くだらないな。お前ごときが私に勝てるわけもあるまい」
「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」
天道先輩は再び木刀を振り下ろす。
「いや、もう結果は出ている」
ヤナギはつまらなさそうに右手で木刀を受ける。
「っ!」
すると、天道先輩の木刀の切っ先が綺麗に引き裂かれていた。
「なんだ、てめぇのその手は」
ヤナギの右手を改めてみると、五指すべてが鋭い刃へと変形していた。
「これが私の神秘だ。イザナミから聞いていなかったのか?」
「神秘?」
天道先輩は聞き覚えのない言葉に首をかしげる。
「神子には特殊な力、神性が与えられている。これにより、強靭な肉体と不老の体を手に入れられる。けれど、稀に神性を与えられた時に固有の異能を持った者が現れる。その異能こそが神秘だ」
確かそんなようなことをイザナミ様が言っていたような気もするけど、それでもヤナギの能力についてはなにも聞かされていなかった。
「私の能力は体を自在に刃へと変えるものだ」
ヤナギは自慢げに自分の指を刃に変え、見せびらかす。
「もちろん、それだけではない」
ヤナギは刃に変えた指を壁に突き立てる。すると、刃の指は鋼鉄製の壁を難なく切り裂いた。
「この刃は全てを切り裂く。そして、当然どれだけ人を切っても切れ味が落ちることもない」
私たちの後ろにある死体の山を差して、ヤナギは得意げな顔をする。そのすぐあと、彼は再びつまらなさそうな顔をして天道先輩を見る。
「しかし、解せぬな。ただの人間であるはずの貴様が神子である私に臆せず向かってきたのだから、その木刀には何か秘密があると思っていたのだが、開けてみればただの棒切れではないか」
「んだと! 俺の“夜桜”はただの棒切れじゃねぇぞ!」
天道先輩は正面からヤナギへと向かっていく。
「ふん、馬鹿の一つ覚えか」
ヤナギは右手をゆっくりと前に出す。
天道先輩は木刀が握れるギリギリのラインまで長く握り、ヤナギに向かって振り上げる。
「!」
木刀を振り下ろした瞬間、何かを感じ取った天道先輩は咄嗟に顔を庇った。その直後、木刀が何かにはじかれ後ろに飛ばされた。
「ほう」
ヤナギは興味深そうに笑った。
「偶然か。なんにしてもいい反応だ」
天道先輩の木刀を飛ばしたのはヤナギの右手の刃。しかし、指のリーチでは絶対に届かない距離だった。
「伸びたのか」
ヤナギの右手の刃は元の指のサイズより大きくなっていた。
「よく気がついたな。そう、刃に変化した指は伸縮可能だ。それで、どうする? 信頼を置いていたその棒切れも手放し、お前に何が出来る?」
「まだ、……だ」
天道先輩は引かずに一歩前に踏み出した。
「まだ、……だ」
目の前に立つこの男は唯一の武器を失ってもなお、諦めずに一歩前に出た。
彼の頭が悪いことは知っている。だから、私相手に素手は分が悪いということに気がついていないだけなのか。
体全てを刃に変えることが出来る私に触れれば、それだけでも致命傷になりえる。
ただの棒切れと嘲笑ったが、彼の武器で戦うという判断は間違ってはいなかった。しかし、それでも私に一撃入れることもかなわない。
「もう諦めたらどうだ? その女を置いていけば、命だけは助けてやる」
私は彼の後ろでむせび泣いているミコトを指差す。
「…………」
彼の目は殺気を放ちながら、私を睨んでいた。
どうやらそれが彼の答えらしい。
「っ!」
彼はまたしても正面から突進してきた。
右のストレート……。
猪突猛進。彼の攻撃は深読みする必要もなく、次にどこに来るのかその所作ですぐに分かる。彼の動きは分かりやす過ぎる。
私は左腕を盾にし、攻撃を受ける構えをとった。
そう、私はただ攻撃を受けるだけでいい。その部分を刃に変えることで彼の攻撃は全て私のカウンターとなる。
彼の右ストレートは私の読み通りの起動線上に飛んできた。左腕の位置も完璧。彼の右手と私の左腕が接触する瞬間、私は左腕を刃へと変えた。
これで彼の右手は引き裂かれ使い物にならなくなる。はずだった……。
「なっ!」
私の左腕と接触する寸前で、彼の右手は動きを止めた。
フェイント……!
気づいたときには既に彼の左拳が私の頬を捉えていた。
「……!」
頬に一発食らったが、軽く踏ん張りその場で耐えた。そして、右の頬を刃へと変える。
「っ!」
私の刃となった頬に触れていた彼の左手から鮮血が飛び、彼はそのままよろよろと後ろに下がった。
「その傷ではもう左手は使えまい」
拳を握ることも出来なくなったのか、彼の左手は力が抜けたようにだらりと垂れていた。
「対して私は無傷。不覚にも一撃を貰ったが、神子と人間では体の作りが違う。貴様の拳程度では痛みすら感じない」
不意の一撃で後ろにのけぞりそうになったが、それも当たってからの対応でも十分に間に合った。
「貴様では私に勝てない。分かったなら、諦めて……」
「てめぇは俺がぶっ飛ばす!」
彼の目は死んでいなかった。
左手がずたずたに引き裂かれたにもかかわらず、彼はまだ諦めていない。
「分からないな。並の人間ならその怪我でパニックになってもおかしくない。なのに、貴様はまだ私の前に立っている。そこまでする理由が貴様にあるとは思えない」
何か目的があるのか。はたまたただの馬鹿なのか。
「俺の母親は放任主義で口うるさいこと言ってきたりはしないんだけどよ。たった一つだけ躾けられてることがあんだよ……」
彼はやはり引くことなく、また一歩前に出た。それは逃げる気など一切ないと言うかのように。
「泣いてる女の子がいたら、死んでも助けろってな!」
そのセリフを聞いて、理解した。こいつはただの馬鹿だと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます