一ノ瀬蒼

 私は朱鷺坂先輩に無理やり船の着陸予定地点に連れてこられた。


「もういやだ。帰りたい……」

「泣き言言うな。もう、すぐそこまで船来てんだぞ」

「だから嫌なんです! 私も網嶋先輩と一緒に残りたかった!」

「おっと、わりぃが愚痴はそこまでだ。――来たぞ」


 朱鷺坂先輩が見上げる先、船がすぐそばまで落ちてきていた。


「んじゃ、行くぞ」

「ふぃぎゃ!」


 朱鷺坂先輩の右腕に抱かれ、変な声が出てしまった。

 力つよ、顔ちか。

 不意に目の前に朱鷺坂先輩の顔が来てドキッとしてしまった。

 あまりにも顔が良すぎる。こんなの女だったとしても惚れちゃうよ。


「せいのっと」


 と私が夢女みたいなことを考えている間に、朱鷺坂先輩は左腕の袖から放った鎖を船に付け、それを引っ張る形で跳躍する。


「ひぇあ!」


 空高く飛び、甲板へ急降下したため、Gがかかって気持ちが悪くなった。

 内臓飛び出そう……。ひどいジェットコースターより体に悪いよ……。もういやだ。泣きたい。


「なんだ貴様らは!」

「侵入者だ! 排除しろ!」


 すでに甲板には武装した兵士たちが十名ほど待機していた。

 堂々と敵のど真ん中に着地したため、周りを囲まれてしまった。


「邪魔だ。退け」


 朱鷺坂先輩が右腕を振ると、袖から出た鎖が一瞬にして敵をなぎ倒していく。


「わぁ、スゴイ」


 敵が弱すぎるのか、はたまた朱鷺坂先輩が強すぎるのか、どちらかは分からないが、こちらにとっては喜ばしいことだ。


「よし! 朱鷺坂先輩! このままやっちゃってください!」


 勝ち馬に乗っているのだ、ビビる必要なんてない。

 このまま朱鷺坂先輩が全員やっつけてくれれだそれで済む話。

 これなら安全にこの場を乗り切れる。

 と、思っていたのだが。


「何言ってんだ? あんたはさっさと遥翔のとこに行ってこい」

「え!? なんで!? 朱鷺坂先輩が全員倒せばいいじゃないですか!」

「敵の戦力が分かってないからな。不確定要素がデカい」

「行けますって! 朱鷺坂先輩なら行けますって!」

「んで、あんたがそんな自信満々なんだよ」

「だって、私一人で行きたくないんですもん! 怖いもん!」

「あんたも大概いい性格してんなぁ」


 朱鷺坂先輩は呆れながら、腰に差していた木刀を私に向かって投げてきた。


「な、なんですか?」


 咄嗟のことだったので、わちゃわちゃしながらなんとか木刀をキャッチした。


「遥翔のだ。ちゃんと渡せよ」

「あ、ちょ……」


 文句を言おうとした時、船内から敵兵がぞろぞろと出てきてそれどころではなくなってしまった。


「さっさと行け!」

「は、はい!」


 朱鷺坂先輩に怒鳴られ、ビビって返事をしてしまった。

 ちょー怖い。

 朱鷺坂先輩に怒られるくらいなら、一人で先輩を助けに行った方がまだマシだ。

 私は敵に見つからないようにそそくさと船内へと侵入する。


「ま、これがあれば何とかなるでしょ」


 私はスマホを開き、網嶋先輩から送られてきたマップを確認する。

 そこにはこの船の内部構造と監視カメラで確認できた敵の配置がリアルタイムで表示されている。

 敵の行動は単純で甲板で暴れている朱鷺坂先輩の元に集まっていた。

 とは言え、全員が全員朱鷺坂先輩の囮に引っかかっているわけではなかった。

 一部船内を見回りしているような動きをしている人たちが何人かいるようだ。


「さて、どうしたものかな」






「あのおなごも戦えるのかい?」

「一ノ瀬のこと? いや。彼女は一般的な女子と大差ないよ。違うか。運動神経は並以下かもしれない」

「じゃが、一人じゃろ? 船内にはまだ敵がおる。鉢合わせたらマズいのではないか?」

「そうだね。――鉢合わせたらね」


 凪はパソコンの画面をイザナミに向けた。


「こ、これは!」


 そこには敵に出会わないように立ち回る蒼の姿があった。


「なんじゃ、この動きは? まるで敵が彼女を避けているかのように動いておるぞ」

「確かにぱっと見はそうかもしれないね。でも、そうじゃない。一ノ瀬が敵全員の動きを先読みして、一番安全で最短のルートを導き出しているだけに過ぎない」

「動きの先読み? あやつにはそんな異能があるのかい?」

「あいにくと、僕たちの世界にはそう言ったファンタジーは存在しない。あれは純然たる蒼の技術さ」

「なんじゃと? お主たちの世界にはそう言った技術を磨く訓練でも受けておるのか?」

「訓練か……。確かにそう言えなくもない。が、彼女はその中でも特別だ」


 そう言った凪の顔は少し嬉しそうに見えた。まるで自慢のおもちゃを見せびらかす子供のように。


「一ノ瀬はクイーン清麗、永世女王、クイーン王座、クイーン名人、クイーン王位、クイーン倉敷藤花、クイーン王将の称号を持つ日本、いや世界一の女流棋士だ」

「それは真か!? 将棋ならわらわの世界にもある。じゃが、そのような偉業を達成した者など誰一人としておらぬ」

「それだけじゃない。メインは将棋だけど、ヨーロッパのチェス大会でも優勝したと言っていた。これは僕の主観だけど人の心理を読み、行動予測を立てる、それをあそこまでの精度で出来るのは僕の世界では彼女ただ一人だと思うよ」

「なん、と……それは……」


 凪からもたらされた蒼の常識離れした経歴にイザナミは唖然とした。


「先ほど船を撃ったスナイパーも常人離れした技術を持っておった。鎖を振り回しているおなごも神子でおらぬのにあの強さじゃ。お主の科学技術も目を見張るものがある」


 イザナミは少し考えるそぶりを見せた後、凪にとある提案をする。


「のう、お主ら全員わらわの神子になる気はないか?」

「残念だけど、それはないよ」


 凪の答えは即答だった。


「他の人たちは知らないけど、少なくとも僕は遥翔以外の下につく気はない」

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