奪還作戦開始

――渋谷スカイ。展望デッキ。


「おお、いるいる」


 空飛ぶ船を確認したのはライフルケースを背負った篤史だった。

 展望デッキには他に人影はなかった。

 人目を気にせず、篤史はスナイパーライフルを撃つための土台を作り、銃口を船へと向ける。

 その銃口の先にある船は大体50メートルほどの大きさである。


「んじゃ、まぁ、撃ち落とすとするか」






「大丈夫なのか?」


 大広間に残ったのは凪とイザナミだけ。

 二人だけのその空間でイザナミは不安げな声を上げた。


「問題ないよ。彼らならね」

「じゃが、どうするのじゃ? 船はすでのに上空に飛んでおる。空でも飛べなければ、乗り込むことは不可能じゃ」

「そうだね。だから、あの船を落とす」

「落とす? どうやってじゃ」

「そこは篤史にお願いした」

「さっき話していた武器のことかのう?」


 篤史がここから出ていく少し前。

 凪はイザナミに武器庫がないか聞いていた。

 凪たちが最初に出会った神子たちは武器を所持していた。であれば、ここに武器庫があっても不思議じゃなかった。

 凪の想像通り、屋敷の地下には様々な武器を保管している部屋があった。


「あそこには僕の望んでいた武器があって助かったよ」


 12.7mm口径、有効射程2000メートル、アメリカ製の対物狙撃銃、バレットM82。


「篤史にはそれを持って、渋谷スカイの展望デッキに向かってもらった」

「ライフルで船を撃ち落とすというのか!? 無理じゃ! 船と言っても外装は鋼鉄で出来ておる。撃ち抜けるはずがない!」

「それには僕も同意見だ。仮に機関部を撃ち抜けたとしても、それでは落下時に遥翔たちも巻き込まれかねない。不安要素が大きいからね」

「それが分かっておるのなら、スナイパーライフルなぞ、何に使うというのじゃ」

「篤史にはこれを渡してある」


 そう言って、凪は一発の銃弾を取り出す。


「それはなんじゃ?」

「簡単に言えば、ハッキングツールのようなものかな。この銃弾が撃ち込まれた個所から半径5メートル以内の通信機器に干渉できるようになる。だから、篤史にはこの銃弾を管制室に撃ち込んでもらう予定だ」

「聞いたこともない技術じゃが、それがもし可能じゃとして、正確に管制室に撃ち込むことなど可能なのか?」


 凪のハッキング云々の前に、果たしてその銃弾を撃ち込むことができるのか。

 イザナミの不安はそっちの方が大きかった。

 高度200メートルを超える場所では風速も強く、狙いが定まらない。

 さらに問題は管制室の中へ銃弾を侵入させる的の小ささだ。

 船は鋼鉄に囲まれていて、どこに撃っても貫通するとは言えない。

 だから、狙いどころは装甲薄い窓部分。

 けれど、管制室の窓は半径50cmの円形。

 まじかで見ればそこまで小さいとは言えないが、篤史のいる場所から船の場所までは1000メートル以上も離れている。

 運よく当たったなら、分からないでもない。しかし、確実に当てられるものなどいないに等しいだろう。


「その通りだよ。確かに常人ならほぼ不可能さ。でもね、彼は普通じゃないんだよ。いろいろな意味でね」


 そう言った凪は珍しく小さな笑みを浮かべていた







 スナイパーライフルを構えた篤史はスコープを覗き込まずに、眼鏡越しに空飛ぶ船を捉えていた。


「ついにこいつの出番だな」


 篤史は眼鏡のフレームに軽く触れる。

 すると、右眼側のレンズの色が変わり、何やら文字が表示されだした。

 そこに表示されていたのは、風速、風向き、温度、湿度、標的との距離、角度等々。狙撃に必要な情報が事細かに記載されていた。

 それは狙撃を支援するスポッターの役割を担っているようだった。


「ふむふむ、南南東に風速18メートル。標的との距離、1223メートル。なるほど」


 狙撃をするためにそれらの情報を読み解き、篤史は笑みを浮かべた。


「一切の問題なし!」


 自信満々の篤史は早速スナイパーライフルを構え、狙撃体勢に入る。


「3……2……1……ショット」


 何の躊躇いもなく、何の迷いもなく、引き金を引いた。

 発射された銃弾は風の影響を受けながらも船へと向かっていき。


 ――パリンッ!


 一寸の狂いもなく管制室の窓をぶち抜き、銃弾が撃ち込まれた。

 凪の作戦通り、銃弾の撃ち込みには成功した。

 なのになぜか、篤史はそれに満足がいっていなかった。


「はぁ、規則的に動く的あてとか、達成感ねぇ」


 常人離れしたテクニックであったはずなのにもかかわらず、篤史はなぜかつまらなさそうにそう呟くのだった。






「着弾を確認。これからあの船の制御権を奪う」


 モニターで篤史の仕事ぶりを監視していた凪は、その成功を確認したと同時にハッキングを開始する。


「これから船を強引に着陸させる。場所は都道305号線」

『了解。今向かってる』


 インカムで紗月に現状を報告し、彼女はそれに応えた。


「イザナミ、人払いは済んでいるな?」

「うむ、力はほとんどないのじゃが、それくらいであれば何とかなったぞ」

「よし、これから一分後に船を着陸させる。そこから奇襲開始だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る