冥府の果実
「そんな……。ママが死ぬ……?」
ヤナギからその事実を聞かされ私は項垂れた。
「適当言ってんじゃねぇぞ。イザナミって神だろ? そんな簡単に死ぬわけないだろ!」
はるとんの言う通りだ。ママがそう簡単に死ぬはずがない。今日だって見た感じ元気だったし。
「君の言う通り、神を殺すのは簡単なことじゃない。だから、ここまで追い詰めるのに十六年もかかってしまった」
「十六年? 何の話だ?」
「神は絶対的な力を持っている。ただの人間であれば傷を付けることすら叶わないだろう。だが、神には犯してはならない禁忌がいくつか存在する」
その禁忌についてならママから教わって知っている。犯せば神の力を失う。最悪の場合、神に死の概念を与えることすらもある。
「ママがその禁忌を犯したって言うの?」
「そうだ」
「あり得ない。ママがそんなこと……」
あのママが自ら禁忌を犯すなんて考えられない。考えられるとすれば、罠に嵌められたとしか思えない。
「んで? その禁忌ってのは何だよ? イザナミは何をしたんだ?」
「イザナミは冥府の果実を口にした」
ヤナギは静かにそう告げた。
「冥府の果実……。なるほど、そう言うことか」
「なんだよ、一人納得してないで俺様にも分かるように説明してくれ」
イザナミ様から冥府の果実を口にしたと聞かされ、網嶋先輩だけがその意味を理解していた。
「冥府、いや日本神話的には黄泉と言った方が分かりやすいか。その黄泉にある食べ物を口にすると黄泉の国の住人になると言われている」
「異世界のルールを知らなかったのに、それは知っておるのじゃな」
「有名な話だ。特にあなたの名を聞けば、容易に想像がつく」
あ、そうか。イザナギの黄泉下り。
「冥府の果実を口にしたわらわは冥府以外の場所では生きていくことが出来ぬ。今はこの薬で体の腐食を遅らせてはいるが、それももう限界が近いのじゃ」
腐食、それは恐らく左手のことだろう。真っ黒くなった包帯の下はもう見るに堪えない状態なのかもしれない。
「その薬は?」
網嶋先輩は先程私がイザナミ様に渡した袋を指差した。
「これは天界の源泉に湧く霊水を結晶化したものじゃ。この腐食は冥府に存在する魔の力が作用しておる。だから、それと相反する神性の力を持つ霊水である程度はその魔の力を抑えることが出来る。じゃが、それも完全ではない。十六年、これでも持った方じゃろう」
十六年……。あ、そうか。
「なるほど、それでミコトか」
網嶋先輩も私と同じ考えに至ったようだった。
「そうじゃ。死を悟ったわらわはこの世界を維持するために、わらわの後継として
「でも、じゃあ、どうして、ミコトちゃんに嘘を……?」
イザナミ様はミコトちゃんには自分が楽をしたいために、自分の後を継がせると言っていた。
「一ノ瀬、聞かなくても分かるだろう」
「え?」
私の問いに答えたのはイザナミ様ではなく、網嶋先輩だった。
「親ってのは、自分の考え押し付けてきたり、余計なこと言ってきたりするけど、肝心なことは言わないんだよ。特に自分の病気や死期のことについてとかね」
網嶋先輩の言うことはもっともで、理解はできる。しかし、そんなのは子供には関係ない。きっとミコトちゃんが知ったら……。
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