敵の目的

「ヤナギ? あのスーツの野郎か?」

「そうだ、彼が主犯かどうかは分からないが、今回の件に絡んでいると見て間違いない」


 網嶋先輩は自信満々にそう言った。


「どうして、そんなことが分かるんですか?」

「僕たちがミコトを探しに行ったとき、ヤナギは僕たちの後をつけるようにイザナミから命令を受けていた」

「さっき、イザナミ様に確認していたことですね。まさか、盗聴してたなんて知りませんでしたけど……」

「そうだ、にもかかわらず、僕たちに彼が声をかけて来たのは随分と時間が経ってからだった」

「それは様子見をしてたんじゃないんですか? ミコトちゃんの姿も写真とは違ってたから、ヤナギさんも私たちといたのがミコトちゃんかどうか判断つかなかったとか」

「それはない。僕たちは普通に彼女のことを『ミコト』と呼んでいたからね。聞こえていれば、見た目が違っていたとしても声をかけに来ていただろう。それにその前までの間、僕らの周囲に彼の姿は目撃できなかった」

「目撃できなかったって、網嶋先輩はずっと周囲を見張っていたんですか? 私にはずっとパソコンを見ているようにしか見えなかったんですけど」

「ほら」


 網嶋先輩はパソコンの画面を私たちの方に向けた。


「これって、動画?」


 パソコンの画面には、渋谷の街並みの風景がいくつも写っていた。


「これは街中にあるありとあらゆるカメラが捉えている映像だ。もちろんリアルタイムの」

「リアルタイムのってもしかして、監視カメラをハッキングしたとかですか……?」

「ああ」


 事も無げに網嶋先輩は肯定した。


「監視カメラだけじゃなく、個人が所有しているスマホのカメラから捉えた映像なんかも映し出している」


 常識外れのスキルに度肝を抜かされる私だが、朱鷺坂先輩と和泉先輩はそうでもなかった。網嶋先輩ならこのぐらいやるだろうということが分かっていたかのようだ。


「あ、じゃあ、もしかして、網嶋先輩がこの世界に来てからずっとパソコンを見ていたのは、この映像?」

「そうだ。知らない場所で無防備に過ごせるほど、僕の神経は図太くはないからね」

「それで? 何でヤナギが犯人だと思ったんだよ。確かに凪の言う通り、アタシたちがミコトを探している間に姿が見えなかったとしても、ただのサボりかもしれねぇだろ」

「もちろん根拠はそれ以外にもある。今さっき、ヤナギはミコトの見張りを頼まれていた。その彼がミコトと共に消えていた。そして、最初に僕たちがヤナギに会った時も、イザナミは僕たちがこの世界に来てすぐにヤナギを向かわせたと言ったが、不自然なタイムラグがあった」

「確かに、不自然な点は多いな」

「で、まぁ、これだけじゃもちろん推測の域を出ない。が、ヤナギが渋谷で何かしていたのは確かだ。だから、渋谷に限定して、周辺の映像を確認していたら、見事に見つかったよ」


 網嶋先輩はパソコンを操作し、画面を切り替えた。


「これは……」


 そこに写っていたのは、気を失っている天道先輩とミコトちゃんを運ぶヤナギの姿だった。


「まさか、ヤナギのやつが……」


 イザナミ様は悔しそうに歯噛みした。


「でも、どうして天道先輩とミコトちゃんを攫ったんでしょうか? あまり意味のある事とは思えないんですけど」

「ここ数十年で異世界間での商売が頻繁に行われていると聞いたことがある。珍しい素材や道具などが取引されているらしい。しかし、それ以外にも生物の売買も行っているみたいじゃ」

「生物……?」


 その言葉を聞いて嫌な予感が頭を過った。


「その世界では存在しない生物なんかは高値で取引されると聞く。神の血を引く子など、どの世界でもお目にかかれることすらないじゃろう」

「え、じゃあ、まさかミコトちゃんは……」

「商品として攫われたのじゃろう」

「そんな……」


 自分の知る世界ではあり得ない別次元の話。実際、異世界にいるわけだからそれはそうなのだが、だからと言って簡単に飲み込める話ではなかった。


「ちょっといいかい? 異世界間での商売と言っていたが、異世界の移動とはそんな容易に行えるものなのか?」


 網嶋先輩の疑問はもっともだった。私たちはあのよく分からない扉のせいでこの世界に来たわけだが、そもそも異世界とはそんなに簡単に行けるものなのだろうか。


「世界はそれぞれ一柱の神が管理していると話したのを覚えておるか?」

「ああ、無数に世界がその世界一つにつき神が一柱いるってやつだろ?」

「要は世界とはその神の所有する土地だと思ってもらっていい。つまり、異世界とは他人の敷地だ。入るのにはその主の了承がいる」

「まぁ、確かに勝手に人の家入ったら不法侵入だもんな」

「了承を得られたら、神の力を使って異世界に行くことが出来る。ただし、異世界にただの人間が行くことは出来ない。神子の力を持つ者だけだ」


 なるほど。異世界に行くにも色々と制限があるんだね。……あれ? じゃあ、私たちは?


「それだと少しおかしいね。僕たちは神子じゃない、にもかかわらずこの異世界に来れた。それにヤナギって人もこれからその異世界に行こうとしてるんだろう?」


 私が疑問に思っていたことを、網嶋先輩が代わりに聞いてくれた。


「今のはあくまで正規の方法じゃ。わらわたち神々の力を借りずに異世界に行く方法はある。いや、この言い方は正確ではないのう。異世界に行く技術を作ったと言った方がいいか」

「作った?」

「そうじゃ。ある世界で疑似的に神々の力を再現することに成功したらしい。もちろん、わらわたちとは比べるまでもないほど微弱なものじゃが……。それを使いある程度の制限はあるものの異世界に行く船を製造したと聞いたことがある」

「へ~、それは興味深いね」

「その船を使えば、神子の者でなくても異世界に行くことが可能じゃ」

「あれ? でも、異世界に行くにはもう一つ、相手側の神様の承認が必要なんじゃ……」

「いや、承認と言っても形式的なものだ。今では形骸化しており、わざわざ了承を取らなくても異世界に行くことは可能じゃ」

「それって大丈夫なんですか? そんな好き勝手行き来して、問題になったりとか」

「わらわたち神が世界を管理していると言っても、基本的に人間たちのすることに余計な横槍は入れたりしないのじゃよ。じゃから、人間が自分たちの手で手に入れたその技術を問題視したりはせぬ。それが別の世界に影響を及ぼそうともじゃ」

「なるほど、だから人間が作ったその船で好きに異世界に行ってもお咎めはないわけだ」

「この辺のことぐらいは、お主らも知っておると思ったのじゃがのう。わらわの許可なくこの世界に来たのじゃから」

「えっと、そう言えば、その話してませんでしたね」

「残念ながら、僕たちがこの世界来たのは事故みたいなものだ。説明できないし、今はそれどころでは、ないだろう?」

「うむ、そうじゃの。話がだいぶ反れてしまったが、要するにヤナギはミコトのやつを別の世界で売るのが目的と言うことじゃ」

「ヤナギさんの目的は分かりました。でも、二人をどうやって助ければいいんですか?」

「そりゃあ、あれだろ。神の力とやらでパパっとなんだろ」

「それもそうですね」


 確かに和泉先輩の言う通り、イザナミ様なら何とかしてくれるだろう。そう期待してイザナミ様の方を見るが、何やら申し訳なさそうな顔をしていた。


「すまぬが、それは出来んのじゃ」

「な! それはあれか? 人間のやることに手出しできないとかってやつか? 今そんなこと言ってる場合じゃないだろ。お前の娘がピンチなんだぞ」


 イザナミ様に強く当たる和泉先輩だったが、それを網嶋先輩が制した。


「いや、そうじゃない。ヤナギはこのタイミングを狙っていたんだろう」

「このタイミング?」

「神の傍に仕える神子が、主の体調のことを知らないはずがない」

「そっか、イザナミ様が倒れるのを見越して……」


 神のルールによって手が出せないんじゃない。今のイザナミ様はヤナギさんを止められないほど弱っているんだ。


「それだけじゃない。ミコトに早く神を継がせようとしていたことから、察するに……」

「まさか……」


 網嶋先輩が何を言おうとしていたのか最後まで聞かずとも分かってしまった。イザナミ様もそれを肯定するように俯き目を伏せた。

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