自由
「う~ん、ここはどこだ?」
トイレに行きたくて大広間から出たはいいが、屋敷が広すぎて迷ってしまった。
「ここか!」
勢い良く扉を開けた先は浴室だった。
「じゃあ、こっち!」
厨房。
「次はこっち!」
物置。
「まだまだ!」
寝室。
「はぁはぁ、これだけ広いなら、標識でも立てておいてくれよ。……ああ、もういいや」
走り疲れて、トイレ探しを諦めた遥翔は、縁側から外に出て立ちションすることにした。
「誰も見てないし、いいだろ。ふい~」
用を足して屋敷内に戻ったが、みんながいる大広間までの道が分からなかった。
「クソ、また総当たりで探していくしかないか。まずはここ!」
浴室。
「んじゃ、ここ!」
厨房。
「ほいさ!」
物置。
「そいや!」
寝室。
「う~ん。おっかしいな。さっきから同じところを回っているような気がするが……。気のせいだな。……ん? あれは?」
目の前に襖が少し空いている部屋があった。
「ここか?」
中を覗いてみると、部屋の中心に布団が敷いてあり、掛け布団がこんもりと盛り上がっていた。
「誰かいるのか?」
声をかけるが反応はなかった。
「入るぞ」
部屋の中は本棚にタンス、机が置いてあり、誰か個人の部屋の様だった。
「なぁ、無視すんなよ」
遥翔は躊躇なく掛け布団を引っぺがした。
「……あ」
そこにいたのは、先程母親と喧嘩して飛び出していったミコトだった。
「なんだ、泣いてんのか?」
「ぐす、泣いてないし」
流石の遥翔でもこれが嘘だと分かるくらいに、ボロボロと涙を流していた。
「ま、いいや。それよりさ、さっきの大広間まで案内してくれないか? この屋敷広すぎて迷っちまった」
「嫌っ」
「なんでだよ、いいだろ?」
「ママに会いたくない」
「会いたくないって、そりゃ無理だろ。親子なんだから」
「別にママの子供になりたくてなったわけじゃないし」
「そんなん、みんなそうだろ。親なんて選べる分けねぇじゃん。何言ってんだ?」
「分かってるよ! 分かってる……けど、それでもママの子供に生まれたことを恨まずにはいられないの」
「そんなに嫌なのかよ」
「それはそうだよ。だって、生まれた時からママの代わりになることを決められらていて、自由に生きることが出来ない」
「自由? 自由に生きるって何だ?」
「はるとんたち、人間のように自分のやりたいことが出来る生き方のことだよ」
「失敬だな。別に俺は自由に生きれてないぞ?」
「え?」
遥翔の言葉が意外だったのか、ミコトはきょとんとしていた。
「確かにうちの親は放任主義だからあんまり口うるさく言われる環境じゃなかったけど、それでも自由じゃないぞ。あれダメこれダメってルールがいっぱいあるんだ、人間には。特に紗月とか一ノ瀬はいちいち怒ってきて、めんどくさいぞ」
「でも、あーしにはみんな自由に生きているように見えたよ」
「そりゃあ、あれだよ。決められた範囲内で自由にやってんだ、俺たちは」
「それでもいい。あーしは神じゃなくて人間になりたい。あーしにはその決められた範囲がすごく狭いの」
「そうか? 俺から言わせてもらえば、お前の方が自由に出来そうだけどな。だって、神様だぜ? 色々好き放題出来んじゃん」
「出来ないよ。神はこの世界を管理しなくちゃいけない。その為に、犯しちゃいけないルールが多いの」
「ま、難しいことは俺にはよく分かんねぇけどさ。それで、お前はその自由な人間になれたとして、何かしたいことでもあるのか?」
「それはもちろん、人間になりたい!」
「人間になって何がしたいんだ?」
「色々よ。友達も欲しいし、彼氏も欲しいし、一緒に美味しいもの食べたり、遊びに行ったり、学校にも行ったり。そんな、普通で当たり前のことがしたいの」
「それ、ほとんどしたな」
「え?」
「一緒にラーメン食べただろ。一緒にカラオケ行っただろ。一緒にゲーセンも行った」
「あ、あれ?」
「学校には行けなかったし、彼氏もできてないけどさ」
遥翔はそっとミコトに手を差し出す。
「友達は出来ただろ」
「とも、だち……?」
さっきまで母親と喧嘩していた時とは違う涙が流れる。
「お前は人間になっていなかった。自由でもなかった。それでも望みは叶ったじゃないか」
「ホントだ……。で、でもあーしはどうして」
なぜ自分で気づいていなかったのか、ミコトは不思議そうな顔をしていた。
「お前のそれは思春期特有の反抗期ってやつだろ?」
「反抗期?」
「親の言うことが何でも気に入らなくて、反発したくなるやつだ。理屈じゃないんだよ。ミコトくらいの年頃じゃよくある話だ」
「そう、なの?」
「ああ、さっきの親子喧嘩見てても思ったが、ある意味、お前は今でも人間以上に人間らしいぞ」
「そっか……、あーし、人間らしいんだ……」
それがうれしかったのか、ミコトは少しだけ微笑んでいた。
「あ、でも、あーしやっぱりママの言う通りに神にはなりたくない! だって、ママは自分がしたくないからって、あーしに仕事を押し付けようとしてるんだよ」
「その辺の事情はよく分かんねぇけど、ちゃんと話してみろよ。お前が親の考えが分からないように、親もお前が何考えてるのか分かんねぇんだよ。だから、まずは自分がどうしたいかちゃんと伝えるんだな」
「…………」
急にミコトがぽけーと間抜けた顔になって反応を示さなくなった。
「どうした? そんなアホみたいな顔して」
「だって、さっきからはるとんがすごく真面目なこと言ってたから。見た目とか今までの言動からすごく頭悪そうだったのに」
「失礼な奴だな。俺はいつでも真面目だし、知的だろ」
「それ、いっちーが聞いたら、すごくいいツッコミが返ってきそう」
「あいつはあいつで俺のこと舐めすぎなんだよ。年下のくせに」
「多分だけど、年上なのに不甲斐ないはるとんのせいだと思うよ?」
「ああ~はいはい。不甲斐ない年上で悪うございました。で、その不甲斐ない俺にみんなのいる部屋までの道を教えてくれ」
遥翔は納得いかない気持ちになりながら、ミコトの部屋を出ようとした時だった。
「んじゃ、まずはどっちに……、あっ……」
頭に強い衝撃を受け、視界がぐらついた。
「は、はるとん!?」
ミコトの叫ぶ声が遠くに聞こえ、遥翔はそのまま意識を失った。
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