親の在り方

「うむ、お主たちご苦労であった」


 私たちは最初にイザナミ様と会った屋敷に来ていた。


「ほれ、ミコトも迷惑をかけたのだから謝らぬか」

「スミマセンデシター」


 イザナミ様にせかされ、渋々と言った感じでミコトちゃんは頭を下げた。

 ミコトちゃんは髪も肌の色も元に戻っており、服装も和服に着替えていた。

 髪や肌は神 の力とやらで自由に変えることが出来るらしい。神の力便利。


「これで何度目じゃ? お主に次代の神としての自覚はあるのか?」

「…………」

「お主のわがままでこの世界を滅ぼす気か? 神として知っておかねばなぬことがまだまだ多い。お主が家出をしたせいでこちらの予定が狂っておるのじゃ。勉強の時間は増やさせてもらうぞ」

「…………」


 イザナミ様はミコトちゃんに対し、責め立てる様に怒っていた。ミコトちゃんは何も言い返さずに黙ってそれを聞いていた。

 私も口を挟める状況ではない為、ただその様子を見ていることしか出来なかった。

 しかし、先輩たちは違った。


「いっせーの、三!」

「はーい、残念でしたー! 四でした!」

「ちょ、遥翔それずるいぞ。上げるのは親指だけだろ。人差し指上げるなよ! それ入れなきゃ三じゃん」

「人差し指使っちゃダメってルールなかったよな~?」


 先輩たちは全く話を聞いておらず、それどころか指スマで遊んでいた。


「次はアタシだな。いっせーの、二!」

「ふふふ、残念だったな、紗月。三だ」

「ふん!」

「んが!」


 朱鷺坂先輩は天道先輩が上げていた親指に右手の拳を叩きつけた。


「い、いってー!」

「よし! これで二だな! アタシが一番~」

「それはずりーだろ」

「殴っちゃいけないルールなんて、なかっただろ?」


 流石にこの人たち自由過ぎない?


「おい? どうした、ミコト? 先ほどから黙り込んで? わらわの話を聞いておるのか?」

「……さい」

「なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」

「うるさいって言ったの!」


 先輩たちの方に気を取られている間に、こっちはこっちで親子喧嘩が始まっていた。


「なんじゃ! 親に向かってその言い方は!」

「ママはいつもそればっかり! 別にあーしは神になんてなりたくないもん!」

「ママと呼ぶなといつも言ってるでしょ! お母さんと呼びなさい! 神としての威厳がなくなっちゃうじゃない!」

「ママに威厳なんてないじゃん! いつもお酒飲んでゴロゴロしてるだけじゃん!」

「なっ! それは違うわよ! お母さんはこの世界を維持するために多くの力を使っているの! ニートみたいに言わないで頂戴!」


 ヒートアップしたからか、親子共々口調がさっきまでと異なっていた。

 なんか神様感がなくなっている。普通の人間の親子にしか見えない。


「もういい! ママなんて大っ嫌い!」


 そう言い放ち、ミコトちゃんは部屋を飛び出していった。


「ちょっと、待ちなさい! ……ああ、もう、ヤナギ、サイト! あの子がまた人間界に行かない様に見張っていなさい!」

「かしこまりました」

「は、はい!」


 親子喧嘩を見守っていたヤナギとサイトはイザナミ様に命令され、ミコトちゃんの後を追った。

 他の神子たちも全員急いでミコトの元へ向かった。


「あ? なんだ?」


 ミコトちゃんが出て行った辺りで、朱鷺坂先輩は空気が変わったことに気がついた。

 ちなみに天道先輩と和泉先輩は床に伸びていて、朱鷺坂先輩に踏みつけられていた。恐らくもみ合いの喧嘩にでもなったのだろう。


「よっこいせ」


 朱鷺坂先輩は床に伸びている和泉先輩の上に座り込んだ。


「うっ……、重い……」


 和泉先輩のその言葉に返事をするように、朱鷺坂先輩はげんこつを食らわした。


「んで、何があったんだ?」

「一言で言えば、親子喧嘩です」

「神も人間もやることは、あんま変わんねぇんだな」

「そうかもしれないですね」


 少し落ち着いたイザナミ様は私たちの方を向いて申し訳なさそうな顔をした。


「すまないな。恥ずかしいところを見せたのう」

「い、いえ、気にしないでください」


 そんな話の最中、朱鷺坂先輩にボコボコにされて倒れていた天道先輩がのっそりと起き出した。


「んあ……、しょんべん……」


 天道先輩はそう呟きながら部屋を出て行った。


「お主らは随分と自由じゃのう」

「……すみません」


 不甲斐ない先輩たちに代って、私が頭を下げた。


「なに、怒ってるのではない。少々、羨ましいと感じただけじゃ」

「……羨ましい?」

「ミコトのやつもああいう風に生きたかったのじゃろうな。子育てとは難しいものじゃな……」


 どこか寂しげな表情をするイザナミ様に私は何も言うことが出来なかった。


「ミコトに対し酷なことをしている自覚はあるのじゃ。しかし、あやつには早くわらわの後を継いでもらわねばならぬのじゃ」


 イザナミ様は自分が楽をしたいが為に、ミコトちゃんを生み、この世界を任せるのだと言っていた。だが、今の話を聞くにそれとはまた別の理由があるのではないのかと思った。


「わらわはどうすればよかったのじゃろうな……」


 神様の悩み事に対し、二十年も生きていない小娘の私に助言できることなんてない。いや、ここにいる誰もイザナミ様に伝えられることなどないのだろう。そう思っていたが、意外な人物が口を開いた。


「いいんじゃないか? 今のままでも」


 今までずっとパソコンばかり見ていた網嶋先輩が顔を上げて、イザナミ様と向き合った。


「ミコトを神にしたいというのはわらわのワガママじゃ。あやつの気持ちをないがしろにしているこの状況のままでもいいともうすのか?」

「母親って言うのはそういうものだよ。自分勝手な考えを子供に押し付けたがる。それに、親だからって子供の気持ちを全て察しろなんて無理な話しさ。親でも分からないことはあるし、その逆もそう。子供も親の考えてることなんて分からない」

「だから、そのままでいいと?」

「うん、そうだね。あえて一つ言うとすれば、堂々としてればいいよ。自分の行いに迷いのない姿を子供に見せるだけでいい」

「それが間違っていることだとしてもか?」

「正しいかどうかなんてのは、見方が変われば変わるものだよ。大事なのは正しいかどうかじゃない。その行いに対して胸を張れるかどうかさ。あなたもミコトも完全無比な機械じゃない。間違えることだってきっとある。親が子の過ちに気付くように、子も親の過ちには気づく。そして、その過ちを反面教師にしたりするんだ」

「…………」


 イザナミ様は網嶋先輩の言葉を黙って聞いていた。


「ただ親が迷えば、子も迷ってしまう。だから、親は子供の前でくらい自信過剰なほど堂々としてればいい。それだけで、子供は勝手に判断して勝手に育つさ」

「ふっ、人間の、それも小童が知った風な口を叩くではないか」

「世界で一番カッコいい母親に育てられたからね」


 イザナミ様は嬉しそうに笑っていた。


「ところで、イザナミ様気になることがあるのですが……」

「何じゃ?」


 私は網嶋先輩との会話でイザナミ様の言っていたことがどうしても気になって仕方なかった。


「ミコトちゃんに後を継がせる本当の理由って何ですか? 自分が楽をしたいからとおっしゃってましたが、どうにもそうは思えなくて……。ミコトちゃんに内緒のことでしたら、黙っていますから、教えてもらえませんか?」

「ミコトに後を継がせる理由のう……。まぁ、お主らになら話してもいいじゃろう。実はのう……ゴホゴホ!」


 何かを言いかけイザナミ様は咳き込んだ。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ、心配はい、ら、……ぬ」


 そうして、そのままイザナミ様倒れ込んだ。


「!」


 傍に駆け寄って抱きかかえる。


「大丈夫ですか! イザナミ様! ……え? 嘘……」


 咳き込んだ時に口を抑えていたイザナミ様の右手は、真っ赤な血で染まっていた。

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