楽しい楽しいショッピング?

「お、一ノ瀬帰ってきたー!」

「おけーりー!」

「な、なんですか……?」


 朱鷺坂先輩とドリンクバーから戻ったとたん、天道先輩たちはやけに高いテンションで私たちを迎え入れた。


「はっ!」


 そこで私の灰色の脳ミソが閃いてしまった。

 年頃の男女複数人がカラオケという密室にいるというこの状況。

 間違いない。上京してくる前に予習はしてきた。

 大学ではよくあることだと聞く。特にサークルで飲みや遊びなどと建前を言いつつ、個室に連れ込んでみんなでいかがわしいことをしまくるというあの大人の遊び……。

 間違いない。この先輩たちはそれをしようというのだ!


「先輩、サイテーです!」

「俺まだ何も言ってないぞ?」

「言わなくていいです。分かります。先輩のことですし、どうせそういうことをしようとか思ってるんでしょうが流石にそうは問屋が卸しませんよ!」

「何の話だ?」

「だから、私は断ると言っているのです!」


 そう、こういう時はきっぱりと私は抵抗しましたという事実を残しておくべきだ。

 よし、スマホもちゃんと録音できている。


「そっか、分かった」


 と、やけにあっさりとした返答が返ってきた。

 どゆこと?


「じゃあ、一ノ瀬抜きで行くか」

「行くってどこに?」

「色々行ってみたい場所があるんだ。それでみこたんにこの辺の案内してもらおうと思って」

「あー」


 なるほど、これは私の早とちり、というやつですか? そうですね? やっちったー。


「じゃあ、一ノ瀬はここで、」

「ごめんなさい。私が間違っていました。連れて行ってください」

「うお! 急に手のひら返してどうした?」

「いいんです。深く聞かないで」


 天道先輩は首を傾げていたが、それ以上追及はしてこなかった。

 さて、誤解が解け……たかは分からないけど、異世界観光を楽しもう! ……渋谷だけど。






 私たちはみこたん、もといミコトちゃんの案内に従い109の洋服売り場までやってきた。


「よし、じゃあ行くか」

「「ちょっと待て!」」


 意気揚々とお店の中に入っていこうとする天道先輩と和泉先輩を私と朱鷺坂先輩が肩をガシッと捕まえる。


「なんだよ、何か問題でもあんのか?」

「洋服を買うことも、109に来たことも問題はありません」

「じゃあ、いいじゃん」

「そうですね。目の前のランジェリーショップに入ろうとしなければ、ですけどね!」


 この二人はどさくさに紛れて下着専門店に入ろうとしていた。


「服見るなら、ランジェリーショップに行く必要はねぇだろ」

「何言ってんだ、紗月! これはれっきとしたサークル活動だ! 俺たちは異世界研究サークルだ。どんなところでもちゃんと調査しなきゃいけないだろ!」


 天道先輩は珍しく朱鷺坂先輩に迫って反抗していた。


「本音は?」

「こんな機会でもないと、下着店に入れないから」

「クソかよ」


 朱鷺坂先輩は天道先輩の言葉を一蹴した。


「まぁ、待て、落ち着けって」

「あ?」

「俺にもちゃんとした考えは一応あるんだよ」

「…………」


 どうせ下らないことだろうけど、言ってみろと朱鷺坂先輩は目だけでそう語っていた。

 天道先輩は朱鷺坂先輩に近づき、ミコトちゃんには聞こえないように声を落とした。


「よく見ろ。ミコトのあの胸を。お世辞にも大きいとは言えない」

「…………、大きいだけが全てじゃねぇだろ……」


 朱鷺坂先輩はミコトちゃんの胸と自分の胸を見比べて、悲し気にそう呟いた。

 残念ながら、朱鷺坂先輩よりミコトちゃんの方が若干大きい。絶対に怒られるから、言わないけど。


「俺たちは今日、彼女のお世話になった。このまま遊んではいお終いでは申し訳ないとは思わないのか? 何かお返しをした方がいいんじゃないのか? 俺はそう考える」

「それは同意します」


 でも、それでラグジュアリーショップに来た意味は分からないけど。


「つまりだな、俺がここに来た目的はブラではなく、パッドの方だ。この意味、お前ならわかるよな」


 そう言うと、チラッと朱鷺坂先輩の方を見た。


「…………!」


 あ、今明らかに朱鷺坂先輩の目の色が変わった。


「……少しだけだかんな」

「ちょ、ちょ、ちょ、朱鷺坂先輩はそれでいいんですか!?」

「これも、ミコトのためだ。仕方ねぇんだ」


 嘘だ。この人もこの機に乗じてパッド買うつもりだ。


「よし、じゃあ」

「じゃあ、じゃないです!」


 朱鷺坂先輩が意外にもあっさりと天道先輩に取り込まれてしまった。ここで止められるのは私しかいない。


「なんだよ~。まだ文句あんのか?」

「当たり前です! そんな下心丸出しな人とお店になんか入れません!」

「はぁ~」


 天道先輩は露骨に嫌そうな顔をして大きくため息をついた。そして、そのまま紗月先輩の元に近寄った。


「なぁなぁ、紗月聞いてくれよ」

「あん?」

「一ノ瀬のやつがさ、『ここのブラじゃ私に合うサイズ置いてないから、行きたくないな~』って言ってるんだが」

「ちょ!? 天道先輩何言ってるんですか!?」


 天道先輩は朱鷺坂先輩にあらぬことを吹き込んでいた。


「黙って入れ」

「イ、イエッサー!」


 朱鷺坂先輩の眼が怖い。

 こんなの断れるわけないじゃん……。


「うはー! すっげ、見ろよこれ、スケスケじゃん」

「えっろ! 隠す気ねぇじゃん。こんなんAVでしか見たことねぇぞ。実際に売ってんだな」


 バカ二人はミコトちゃんの下着選びなどそっちのけで、大はしゃぎしていた。

 店員さんや他のお客さんから変な目で見られているから、やめて欲しい。けど、かと言ってミコトちゃんの下着選びに加わっても欲しくはない。


「お、おぉ……。こ、これがあの伝説の……!」


 朱鷺坂先輩はパッドを見て感動していた。服の上から当ててどんな感じか試している。


「は……! い、いや~、ミコトにはどんなのがいいんだろな~」


 私が見ていることに気がついた朱鷺坂先輩はパッドをとっさに元の場所に戻し、下着を物色しているフリをし始めた。


「……ふーん」


 視線を少し横に向けると、意外にも網嶋先輩が熱心に下着を見ていた。

 しかし、女の子の格好をしている為、あの先輩方と比べて変態感はなかった。中身男だけど。


「おいおい、こっちも見てみろよ。むっちゃスケベな奴あんぞ」

「やべー! マジかよ! ……なぁなぁ、これ今度一ノ瀬の誕生日にあげようぜ」


 私が一切ツッコミを入れないからか、調子に乗ってバカ二人がどんどん盛り上がっていく。

 私は何も言わないぞー。他人のフリ、他人のフリ。


「いや、これとかもう一ノ瀬なら持ってそうじゃん」

「確かにあいつ、意外にむっつりだかんな~。いっぱい持ってそう」

「「あはははは!!!」」


 我慢の限界だった。


「出てけ!」


 私は二人を蹴飛ばし、店の外に追い出した。


「おふ!」

「がはっ!」

「一歩でも店の中に入ったら、殺しますから」

「「は、はい!」」


 二人は店の前で正座し、涙ぐんでいた。


「こ、怖え……」

「今の紗月が怒った時よりヤバかったぞ……」


 これで二人が反省してくれればいいけど、多分ないだろうな~、と私はため息をついた。

 店に戻ると、ミコトちゃんが辺りをキョロキョロしながらうろたえていた。


「どうしたの?」

「あ、いっちー。えっと~、実はさぁ、ブラジャーというものを買ったことなくてぇ」

「買ったことがない……?」


 ミコトちゃんくらいの大きさならつけててもおかしくないけど……。


「あ、」


 そこで思い出した。イザナミ様から貰った写真だと和服を着ていた。常にその格好で過ごしていたのだとしたら、ブラを買ったことが無くても当然だった。


「あれ……?」


 でも、こっちだと和服じゃなくて、セーラー服を着ていて……、もしかして今ノーブラ!


「と、とりあえず、店員さんにサイズを測ってもらいましょ」


 私はミコトちゃんの背中を押しながら、店員さんの元に向かう。

 天道先輩の最低な提案でここに来たが、ある意味来てよかったかもしれない。女の子をノーブラのままこれ以上連れまわすのはよくない。


「紗月も一緒に測って来てもらえば?」


 ミコトちゃんを店員さんに預けに行くと、網嶋先輩が朱鷺坂先輩にそう提案していた。


「あん? いや、自分のサイズぐらい覚えてるっての」

「ホルモンバランスとかによって、サイズって結構変わったりするから、買う前には必ず測っといた方がいいよ。パッドも買うならなおさら」

「そ、そうなのか? ……いや、待て。パッド買う予定はねぇぞ」

「いやいや、それよりもっと気になることがあるでしょ。何で、網嶋先輩がそんなこと知ってるんですか!?」


 ブラなんて買わない男性が知っていないはずのことを網嶋先輩は何故か知っていた。


「昔、母親に教わったから。ブラ買う時のこと」

「どんな英才教育ですか……」


 もしかして、複雑なご家庭なの?


「ま、まぁ、サイズ変わってるかもしれんしな、ちょっとアタシもサイズ測ってもらおうか。なんか、最近きつかったしなぁ~」


 誰に言い訳しているのか知らないが、そんなことを言いながら朱鷺坂先輩もミコトちゃんに続き、店員さんにお願いしに行った。


「君は行かないのかい?」

「買いませんから!」


 網嶋先輩の言葉を否定した矢先だった。振り向いたところにあった一つのブラに視線が止まった。

 あ、あれ可愛い。サイズ的にいけるかな……?


「君は行かないのかい?」


 私の視線に気がついた網嶋先輩は同じ質問を繰り返した。


「ちょ、ちょっとミコトちゃんの様子を見に行ってきます……」


 私はミコトちゃんを言い訳に朱鷺坂先輩の後に続いた。

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