神の子は家出中

「それで、お主たちはわらわの許可なく勝手にこの世界に来たようじゃが、それ相応の覚悟はあるのであろう?」


 この世界の神である、イザナミは名乗ったそのすぐ後、とんでもないことを言い出した。


「か、覚悟ですか……?」

「それはそうであろう? 人様の土地に勝手に足を踏み入れたのじゃ。その魂くらいは貰おうかのう?」


 じょ、冗談だよね? ここさっきまでいた神社だよね? この景色は全部ホログラムなんでしょ? ドッキリって言ってよ。先輩、悪ふざけしすぎですって。

 そんなことを思い天道先輩の方を見たが、どうやら先輩の悪ふざけではないらしい。何故なら、天道先輩自身も怯えていたからだ。


「い、いやいや、待ってくださいよ。た、魂って死ぬってこと? 嘘でしょ?」

「冗談ではない。今まで勝手にこの世界に来た人間の魂は、この通り、コレクションしておるぞ」


 イザナミ様は左手から火の玉のようなものを、浮かび上がらせる。

 あ、これマジっぽい。なんで? さっきのサイトの口ぶりから歓迎してくれそうな雰囲気だったじゃん。


「そうですか。分かりました」


 その火の玉を見た天道先輩は覚悟を決めたように一歩前に出た。

 もしかして、天道先輩、私たちを庇って自分一人だけ犠牲になるつもりじゃ……。


「でしたら、この篤史の命一つで勘弁してください」


 そう言って、天道先輩は和泉先輩を指差した。

 でしょうね。この人ならやると思ってましたよ。


「なんでだよ!? この世界に来ることになったのは、お前のせいなんだから、ここは責任もってお前が犠牲になれ!」


 勝手に生贄にさせられそうになった和泉先輩は当然のようにご立腹だった。そして、天道先輩の背中を押して、イザナミ様に近づかせる。


「お、押すな! こういうのはお前の役割だろ! 魂捧げろ!」


 今度は天道先輩が和泉先輩の袖を掴んで引っ張り、イザナミ様の前に連れて行こうとしていた。

 みっともない先輩の姿に私は恥ずかしくなってしまった。


「しかし、こちらも今立て込んでおってな。こちらの条件を呑めば助けてやらんこともない」

「マジ!?」

「するする。なんでもするから!」

「ちょ、ちょっと、まだ何の条件も言ってないのに、そんな簡単に受け入れていいんですか!?」

「死ぬよりはまだマシだろ」

「死ぬって……。そもそも、あの人が本当に神様なのかも怪しいですし、これ私たちを騙して、危険な事させようとしてるんじゃないんですか?」

「お前、神様に失礼だぞ」


 この先輩、失礼って言葉知ってたんだ。ってそんなことよりも、


「先輩、本当に神様を信じてるんですか?」

「あの人が神だって言ってたじゃん」


 え~、それで信じちゃうんですか? この人ピュア過ぎません?


「朱鷺坂先輩は神様とか信じませんよね!」

「あ? ヤルってんなら、アタシもヤったってもいいぞ。殴り甲斐がありそうだぜ」


 こっちはこっちで怯えるどころかやる気満々だし。


「じゃ、じゃあ、網嶋先輩は……、ってガン無視でパソコン叩いてるし……」


 どうして、誰もこの状況を不思議に思わないんですか。


「では、こちらの条件を呑むということでいいのであるな?」

「おう!」


 ああもう、勝手に話進んじゃってるし。


「それで、条件ってのは何なんだ?」

「その前に、一つ確認したいのじゃが、お主たちは本当に神子ではないのか?」

「神子? そこの和服着たおっさんのことか?」


 朱鷺坂先輩が失礼なことをヤナギさんに言っていたが、彼は眼を伏したまま黙って立っていた。


「そうじゃ。神の力を与えられた人間、それが神子じゃ」

「それって、この世界特有の存在じゃないのかい?」

「どの世界でも共通じゃ」

「どの世界でも?」

「ふむ、その反応を見るに神子どころか神の存在すら知らないと見た」

「今日が初見だ」

「やはりそうか。しかし、それはおかしいのう。異世界に行くためには神の力が必要であるのだがのう。他にも異世界に行く方法がなくにはないが、見たところその可能性はなさそうじゃが?」


 その別の方法とやらをイザナミ様は教えてはくれなかった。

 なんだろう? 気になる。


「俺たちは『異世界の扉』を使ったんだ!」

「『異世界の扉』? なんじゃそれは」


 神様でも知らないって……。まぁ、そうだよね。あんな出来損ないの鳥居みたいなやつがそうそう出回ってるわけないよね。

 『異世界の扉』について、天道先輩が身振り手振りを交えながらイザナミ様に教えていた。


「ほ~う。なるほど。恐らくじゃがその『異世界の扉』なるものを出品したのはお主らの神だろう」

「なに!? 神がネット通販利用してんのか!? なんて庶民的!」

「遊び感覚でやっているのだろう。ふざけた内容の商品を出品して買うような人間がいるかどうか。そして、実際に異世界に行けたらどうするのか、そう言うのを見て楽しんでいるんだろうな」


 それってつまるところ私たちはおもちゃにされてるってこと?


「まぁ、よい。その件は置いておこう。話が逸れた。神子のことじゃったな。神子と言うのは、その世界の神に認められ、またその人間自身もその神を心から信仰している場合のみ、特殊な能力を与えられる。その能力は人によって様々じゃがの」

「マジ!? じゃあ、俺様にも力くれよ!」

「話、聞いておったかのう? わらわが認めなければならぬし、お主自身もわらわを信仰していなければ、与えることは不可能じゃ」

「ちぇ~」


 和泉先輩は相手が神だというのにもかかわらず、随分と横柄な態度を取っていた。


「特殊な力を持ってるにしては雑魚ばっかりだったような気がするがな」


 確かに朱鷺坂先輩の言う通りだ。

 人間離れした力を持つという割には天道先輩たちにあっけなくやられてたけど。

 ヤナギさんって人は強そうだったけど、他がどうにも見劣りする。

 いや、この場合、先輩たちの方がおかしいのかな?

 異世界初心者過ぎて基準が全く分からない。


「で、俺たちのがその、神子? ってやつ出ないなら何なんだ?」

「いや、なに、他の神の神子であったら、断りもなくこき使うようなことは出来ぬってだけのことじゃ。そう気にするでない。そこで、本題なのじゃが、これを見てくれぬか?」


 そう言って、イザナミ様は懐から一枚の写真を取り出した。


「おお、美人さんだ。アンタの子供時代の写真か?」


 そこに写っていたのは、和服を着た黒髪の少女、そう丁度今のイザナミ様を幼くした感じの清楚な女の子だった。


「これは、わらわの娘の写真じゃ」

「イザナミの娘……。と言うことは、彼女はアマテラスかい?」


 アマテラス。それはイザナミとイザナギの子供の名だった。確か、日本神話ではそんな話になっていたはずだ。


「ん? あ~、そっちではない。あの、ぐうたら娘は自分で別の世界を持っとるはずじゃ。まぁ、あれがまともに世界の管理など出来ている怪しいがのう」

「それじゃあ、これは誰だ?」

「名はミコト、わらわの後継と言ったところじゃ」

「後継?」

「そう、世界と神は対になっておる。わらわがいなくなれば、この世界も滅んでしまうのじゃ。だから、そうならぬように、わらわがいなくなった後にこの世界を管理するのをこの娘に任せようと思ってな」

「え? イザナミ、死んじゃうのか?」

「いや、そうではない。そろそろ、世界の管理に飽きて来たからのう。天界に帰ってゆっくり過ごしたいのじゃ」

「つまり、自分の仕事をこの子に押し付けるってことか」

「平たく言えば、そうじゃのう」


 ついさっき、アマテラスのこと悪く言ってたくせに、この神様も世界の管理まともにする気ないじゃん。


「で、この女が何だってんだ?」


 朱鷺坂先輩はイザナミ様から貰った写真をひらひらとはためかせていた。


「実はのう、こやつがいなくなってしまったのじゃ」

「いなくなったって、誘拐か?」

「いや、そうではない。ただの家出じゃ。あやつは少々家出癖があってのう」


 なに、家出癖って。思春期?


「つまり、その家で娘を僕たちに探して来いと?」

「そうじゃ、話が早くて助かるのう」

「まぁ、そのくらいなら別にいいぞ。どうせ、この世界を探索してみたいと思ってたし」


 ふむ、私が口出しせずに見守っている間に、どんどん話が決まっていってしまう。


「それでは、先ほどの神社に戻そう。ミコトのやつは渋谷にいるはずじゃが、いかんせん、これで家出の回数が30を超えてのう。あやつもわらわの目を誤魔化すのが上手くなっておって、正確な位置までは特定できんのじゃ」

「探すのは渋谷だけでいいのかい?」

「……ん? ああ、それで構わぬよ。あまり広範囲だと探すのも一苦労じゃろう」

「…………そうか」

「んじゃまぁ、その辺適当に探してみるわ。その代わり、魂の件はなしで頼むぜ」

「うむ、それは約束しよう」


 そして、まばたきをしたほんの一瞬で辺りの景色が変わり、先ほどまでいた神社になっていた。


「おお、戻ってきた」

「やっぱ、異世界はやることが違うな。いきなり、神様に会えるなんて。ワクワクしてきた」

「アタシはただの人探しでがっかりしてるがな。まぁ、ミコトってやつを探したら、さっきの神子ってやつと1回でいいから戦ってみてぇな」


 何やら盛り上がっている先輩方だが、私の方はそうでもない。と言うより、置いてきぼり感がすごい。何せ、さっきの話ほとんど理解できていないのだから。

 てか、本当になんでこの人たちこんな適応力高いの? さっきの話一ミリも疑うどころかマルっと全部受け入れちゃってるし。何? 何なの? これじゃあ、いつまでも『ここ異世界じゃないです』って言い張ってる私の方がバカみたいじゃん。

 まぁ、私も薄々ここ元いた世界じゃなくて異世界なんじゃないかって思い始めて来たところではあるが。しかし、だがしかし、それを認めてしまうとこの先輩たちに、『あれ~? さっきまで異世界じゃないとか言ってたのどこの誰でしたっけ~? あれれ~?』とか煽られかねない。いや、絶対煽ってくる。

 それはそうと、この人たち安易に人探しなんか受けちゃったけど、当てはあるんですかね。ヒントはあの写真と渋谷周辺と言うことだけ。一体、どうやって探すのやら……。

 どんどんと問題が山積みになっている事実に私はため息を漏らしながら、先へと行ってしまった先輩たちの背中を追うのだった。




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「……うぅ……あ、はぁはぁ」

 遥翔たちが渋谷に戻った後すぐ、イザナミは息を切らしながら倒れた。

「イザナミ様、あまりご無理なさらず」

 ヤナギはイザナミの肩を抱きかかえて起こす。

「体などどうでもよい。どうせもう時間はないのじゃから」

「だからこそです。このような状況なのになぜ彼らに頼ったのですか? もし彼らが例の組織だとしたら……」

「このような状況じゃからじゃ。心配ならお主が監視してればよい。あやつらが何者であろうが、ミコトが見つからねば、あと半日足らずでこの世界は消えてなくなるのじゃからな」

「かしこまりました。では、そのように」

 ヤナギはイザナミを布団に寝かせ、すぐさま遥翔たちの元へと向かった。

「まったく、どこで何をしておるのじゃ。あのバカ娘……」

 そして、イザナミは左腕に巻かれた包帯をさすりながら、一人ボヤくのだった。

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