異世界の襲撃者Ⅰ

 30分ほど周囲を歩き回った結果、間違いなくここが渋谷であることが証明された。のだが……。


「なんかあんまり異世界に来た感じしないな」

「看板に書いてある字も俺様たちの世界と一緒だったぜ?」

「食べもんとかも、珍しいもんなかったな。見覚えあるのばっかだ」


 依然この人たちはここが異世界であることを信じて疑わなかった。


「あの、異世界だなんだ言ってる場合じゃないと思うんですけど?」


 ここが異世界でないのは明らかだ。とすると、大学にいたはずの私たちがどうしてここにいるのか。そっちの方が重要で、私が抱えている不安であった。


「もしかした、私たち何かの事件に巻き込まれたんじゃないでしょうか?」

「事件? 何言ってるんだ?」

「一瞬にして渋谷に移動したんですよ? 普通じゃありえません。考えられるとしたら、さっきのあの光は閃光弾で、その後私たちは眠らされてここに連れてこられたんじゃないでしょうか?」


 私の話を聞いて、先輩たちはしばらく黙り込んだ後心配そうな声で私に語り掛けて来た。


「お前、アニメの見過ぎだぞ? そんなこと現実にあるわけないだろ?」


 異世界に行く方が現実味ないですが?


「俺様がいい医者紹介してやろうか? 心の」


 そんな医者があるなら天道先輩と一緒に行ってください。


「なぁ、一ノ瀬。なんか悩みがあるなら聞くぞ?」


 悩みがあるとすればあなた達です。

 ツッコミどころ満載だったが、本人たちは真剣に私を心配しているので、強く言い返せなかった。


「網嶋先輩、ここが異世界じゃないこと説明してあげてください。この人たち私の話まともに聞いてくれないんですけど?」


 これ以上、私では説得不可能だと思い、先ほどから黙っている網嶋先輩に助けを求めた。


「うん、そうだね……。これを見てくれるかい?」


 網嶋先輩は先ほどから手にしているノートパソコンの画面を私たちに見せる。


「何だこれ?」

「これは僕たちの大学のホームページだよ」

「あ、ホームページが開けるってことはネット環境があるってことですよね!? 異世界だったらホームページどころか、ネットにだって繋げない!」


 流石、網嶋先輩だ。と私は思っていたのだが、先輩たちの反応はどうやらそうでもないらしい。


「それがどうしたんだ?」

「凪なら異世界でもこれくらいできるだろ?」

「いやいや、いくら何でも、無理ですって! もう認めましょう? ここは異世界じゃないです!」

「そう、問題はネット環境があることじゃない」


 何故か網嶋先輩は私の言葉を否定した。

 え? 何で? ネット環境あるなら異世界じゃないでしょ? もし、異世界にネット環境があったとしても、繋げられないでしょ?


「問題なのは、異世界研のサイトがないことだ」

「いや、それはそうですよ。たかだか一サークルのサイトなんてあるわけないじゃないですか?」

「え? 一ノ瀬知らないのか?」

「え? 何をですか?」

「異世界研のサイトは凪が作ったんだぞ?」

「作った? サイトを? Why?」

「いるだろ、サイト。今は情報化社会というやつだぞ?」

「関係ないですよ? 誰が見るんですか?」


 驚きのあまり声が上ずってしまった。


「一ノ瀬、少し落ち着け」


 網嶋先輩は私の肩に手を置く。


「いいか? 遥翔が何か考えをもって行動すると思うか?」

「うんん、思わないです」

「じゃあ、そう言うことだ」


 滅茶苦茶な理論なはずなのに、私は何故か納得してしまった。そして、それほどまでにこの天道遥翔という存在は訳が分からないのだと、私は改めて再認識した。


「でだ、話を戻すが、ここを見てくれ」


 そう言って、網嶋先輩は画面の何もない場所を指した。


「あん? こりゃ、なくなってんじゃねぇか」

「えっと、何がですか?」

「異世界研のサイトへのリンクがここにあったはずなのに、なくなっているんだ」

「それは消されたんじゃないですか? どうせ、勝手に大学のホームページにリンクつけたんですよね?」

「それはあり得ない。NA〇Aのセキュリティが霞むレベルの技術を使用している。こんなサイトのリンクを消すくらいなら、もっと別のことをするだろう」

「あの、すみません。ツッコミどころ多すぎてついていけないので、セリフ一つにつきツッコミ個所は一つにしてもらえませんか?」

「つまり、凪が言いたいのは、ここは異世界ってことだな?」


 私の言葉を無視して、天道先輩は網嶋先輩の言葉を要約した。


「そうだ」


 うそーん。マジっすか?

 頼りの網嶋先輩までここが異世界であることを認めてしまった。


「ということだ。いい加減ここが異世界だって認めたらどうだ?」


 なぜか私が悪者みたいな言い方をする天道先輩に心底納得がいかなかった。


「ああ、はいはい、じゃあ、もうそれでいいです。それで、これからどこ行くんですか?」

「そうだな~……」


 これ以上下手にこの人たちに反論するのは不毛だと思った私は先輩たちに合わせることにした。

 というか、まともに相手していた私がバカだった。


「ん、おい、ちょっと待て」


 先ほどまでのアホな空気はどこへ行ったのか朱鷺坂先輩が急に深刻な雰囲気を醸し出す。


「なんかやけに静かじゃないか?」

「え?」


 朱鷺坂先輩に言われて周りを見渡すと、私たち以外誰もいなくなっていた。


「ん、誰もいねぇな。なんかのイベントか?」


 イベントと言っても大都市のど真ん中で急に人が全員いなくなるものだろうか?


「いや、どうだかな。そんなお気楽なノリじゃなさそうだ」


 何かに気づいた朱鷺坂先輩が空へと視線を向ける。

 私もそれにつられて空を見上げようとした瞬間、何かが降ってきた。


「なんだなんだ!?」

「なんか落ちてきたぞ」


 何かではない。それは紛れもなく人だった。

 190センチは超えているであろう長身に和服姿の男。


「貴様ら何者だ?」

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