初めての異世界?

「あの、先輩。これって……」

「どうだ! すごいだろ!」

「ええ、まぁ、ある意味すごいですよ……」


 今、目の前にある光景に私は絶句していた。

 届け物。それは天道先輩がつい昨日注文したという『異世界の扉』だった。

 けど、私が驚いていたのは本当に異世界の扉なんてあったんだ! というものではなく……。


「あの、私にはこれ、段ボールで出来た鳥居にしか見えないんでしけど?」


 そう、『異世界の扉』は確かに届いた。けども、目の前にあるのは明らかに手作り感満載の段ボールを切り貼りしただけの、鳥居の形をした何かだ。高さは2メートルを超えており、幅は一メートル半くらいの割と大きいサイズだった。


「形はそこまで重要じゃないだろ。ここを見てみろ!」


 そう言って天道先輩は鳥居の上部、恐らく島木の部分(作りが雑なため笠木かもしれない)にはでかでかと『いせかいへのとびら』と下手くそな字で書いてあった。


「見ましたよ? これが何ですか?」

「ちゃんと『異世界への扉』って書いてあんじゃん」

「ええ、書いてありますね。マジックペンで、小学生が書いたんじゃってレベルの筆跡で」

「それにちゃんと説明書もある!」

「ええ、ありますね。A4のコピー用紙にボールペンで。しかも手書きで」

「ふむふむ、なるほど……」


 私のツッコミなど無視して、天道先輩は熱心に手書きの説明書を読んでいる。


「やっぱ、ゴミだったじゃねぇか。下らねぇもん買いやがって」


 朱鷺坂ときさか先輩はやれやれと呆れていた。


「下手くそだな~。俺様の方がもっとうまく作れる」


 和泉先輩は何故かこの小学生の図画工作の作品に対して、マウントを取り出した。


「…………」


 網嶋先輩は興味がなくなったのか、黙ってパソコンの画面を見ながら、すごい速さでタイピングをしていた。


「あの先輩……、あまり言いたくないですけど、これ詐欺確定ですって。諦めて現実を見ましょう? ね?」

「まぁ安心しろ。今半分くらい読み終えたから」


 え? 何を安心すればいいの?

 私が優しく慰めてあげようとしたにも関わらず先輩は説明書から目を離さず、こちらの話をまったく聞いていなかった。


「ほうほう、左の柱の……なるほどここか……」


 天道先輩は諦めきれないのか、段ボールの鳥居を調べ始めた。


「おい、助手!」

「助手じゃないですけど、何ですか?」

「俺の引き出しに入っているポテチを取ってくれ」

「ポテチ……?」


 この状況でなんでと思ったが、私は言われたとおりに先輩の席の引き出しを開ける。


「あ~、この封が開いてるやつですか?」


 引き出しの中には一袋だけ、開封され輪ゴムで止めてあるポテチが入っていた。


「先輩、お金ないのにお菓子なんて買ってるんですか?」

「いや、それは二週間くらい前に買ったやつ」

「なんで、まだ食べてないんですか……」

「そのオニオンサワークリームってやつ名前が上手そうで買ったんだけど、思った以上に不味くてそのまま放置してた」

「放置しないでください。ってか、その味なら好きだから食べたのに……」

「じゃあ、食っていいぞ」

「2週間も放置されたやつなんて食べたくありませんよ!? どうせ、しっけてるでしょうし」


 私はゴミをつまむようにして、ポテチの袋を天道先輩の元に持っていく。


「で、美味しくないって言ってたこれどうするんですか?」

「ここに入れる」


 先輩は鳥居の左下に空いていた穴にポテチを袋ごと放り投げた。


「随分と場所を取るゴミ箱ですね」

「ゴミ箱とは失礼な! これはれっきとした『異世界への扉』だ」

「はぁ……」


 この人まだそんなこと言ってんのかと思っていると、天道先輩は私に説明書を突き付けて来た。


「説明書に異世界に行くためには、エネルギーとしてお菓子が必要だと書いてあるんだ」


 先輩の指さす部分を読むと確かにそう書いてあった。しかもご丁寧に全ての漢字にフリガナがふってあった。

 『異世界』にまでフリガナふってあるけど、これどの層が読む前提で書かれてるの? 明らかにバカにされてない?


「ざっと説明書見ましたけど、先輩がおちょくられていることぐらいしか分かりませんでしたよ」


 異世界に行くにはお菓子を投入することでゲートが開く。お菓子の量、種類によって繋がる異世界が異なる。異世界から帰るには柿の種とピーナッツと一対一の割合で同時に食べなければならない等々。ふざけているとしか思えない内容が書き連ねられていた。


「ただ問題が一つあるんだ」

「一つですか? 両手で数えきれないほどあるように見えますけど」

「実は俺、ピーナッツが苦手なんだ」

「うわ、心底どうでもいい」

「どうでもよくないぞ! これじゃあ、異世界から帰るたびにピーナッツを食わないといけなくなってしまう」

「安心してください。そもそも行けないので、帰りの心配する必要ないです」

「いや、別に帰らなければいいのでは?」


 あ、この人、話聞いてない。


「確か助手の引き出しに柿の種入ってたよな?」

「嫌です」

「まだ何も言ってないが?」

「ピーナッツ嫌いとか言ってる人にあげたくないです」


 私は引き出しから柿の種を取り出し懐に抱え込んだ。


「もし向こうでこの世界に帰りたくなったらどうするんだ?」

「帰るもなにも、異世界に行くことなんて生涯ないですから!?」

「強情な奴だなぁ」

「それは先輩ですからね!? いい加減現実を見ましょうよ!?」

「じゃあ、証明してやる」


 天道先輩は空いている鳥居の左の柱を付属の蓋で塞いだ。


「で、ここを押す!」


 穴の開いていた部分の少し上に赤く塗られたボタンのようなものがあった。天道先輩はその部分を思いっきり押し込んだ。


「どうだ!?」

「…………………」

「………………………………」

「………………何も起きませんね」


 しばらく黙って見ていたが、段ボールで出来た『異世界の扉(笑)』は何の反応も示さなかった。


「だから、言ったじゃないですか。異世界なんて……」


 行けるはずない。そう言おうとした時だった。


「え? 何?」


 『異世界の扉』が眩い光を発しだした。


「うわ! 眩し!」

「なんだ!?」

「へ~」


 さっきまで興味を示さなかった人たちも突然の出来事に驚きを隠せなかった。

 光はどんどん強くなり私たちを包み込み始めた。


「目を開いていられない……」


 強すぎる光に視界を奪われ、私は思わず目を閉じる。

 そして…………、




「きゃ!」


 浮遊感を感じたと思ったら、そのまま硬い床にお尻を思いっきりぶつけた。


「痛い……」


 ゆっくり立ち上がり私はお尻を擦った。


「なに、もう~……」


 床を見ると先ほどまでいた研究室の床と違うことに気が付いた。


「これ、コンクリート?」


 周囲を見渡すと左右はコンクリートの壁で覆われ、ところどころに窓や換気扇が見える。


「異世界に来れたぞ!」

「ったく、なんだよ?」

「あん? ここはどこだ?」

「転移したのか?」


 あの研究室にいた他の四人も知らない場所に移動したことに気がつき始めた。


「ほらみろ、ちゃんと異世界に来れただろ?」


 勝ち誇った顔をしている天道先輩だったが、私はここが異世界と呼ぶには相応しくないと思えて仕方なかった。

 だって、私たちがいる場所はどう見てもどこにでもありそうな都心の路地裏の様だったから。


「と、とにかく広い通りに出ましょう」


 異世界云々はこの際置いておいて、この状況が現実離れしたものであることは確かだ。いきなり知らない場所に移動したのだから。


「分かっている。まずは探索からだな。ワクワクしてきた」

「よし、何があるか分からないからな。俺様についてくるといい」


 こんな状況だというのに、バカ二人はいつも通りだった。


「うん、パソコンは大丈夫そうだ。さてと、さっきの続き……」

「珍しい食材とかあったら料理してみてぇな」


 訂正、バカ四人はいつも通りだった。


「お? 人がいるぞ。しかもいっぱい」


 路地を抜けた先、多くの人が行き交う姿が見えた。しかし、姿も服装も私たちの世界と全く変わらなかった。


「やっぱり、ここは異世界じゃないんじゃ……」


 そんなことを思いながら私たちは路地裏を抜けて、人通りの多い道に出た。


「あ~、ですよね~」


 その光景を見て私は確信した。

 交通量の多い道路。汚い歩道に漂う悪臭。

それに反し綺麗な高い建物が立ち並び、それらは道路の上を横切るように繋がっていた。


「間違いない。目の前にある建物は多分ヒカリエにスクランブルスクエア。ってことはここは……」


 ここは異世界なんかじゃない。実際に私たちの知っている都市。


「渋谷じゃん!!!」

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