未来研
「どうして、私はあの時この人をカッコいいと思ったんだろう……。生涯の恥……」
私がこの人に対して失望するまでそう時間はかからなかった。大体20分くらい。それで『ああ、この人はきっと世界で一番バカな人だ』と理解し、この人についてきてしまったことを後悔した。
「まぁ、見た目だけで言ったら、遥翔はイケメンの部類に入るしね」
私の心中を察してか、網嶋先輩がそうフォローした。
もちろん、当の本人にはそんな自覚はないようだけど。
「というか、どうしてあの時、私に声をかけたんですか? 他にも新入生はたくさんいましたよね?」
「そんなもん決まってんだろ。一番チョロそうだった」
クソかよ。
しかし、おかしな人がこの人だけであれば、私だってもっと楽しく充実したキャンパスライフが送れていたはずなのだ。そうこの人以外にも問題児はいるのだ。
「俺様、参上」
その声と共に一人の青年が研究室に入ってきた。
オールバックにした髪に知的そうな眼鏡をかけているその人は
右手の中指には少し目立つ指輪、左耳には三つほどピアスを付けており、チャラそうな印象を受ける。
「おお、やっと来たか。早く焼きそばパンをくれ」
天道先輩は和泉先輩を見るなり、駆け寄って焼きそばパンをせがんだ。
「ほら、これがお前の欲していたものだ」
和泉先輩はコンビニの袋を漁り、目当てのものを取り出した。
「おお、さんきゅー」
天道先輩は和泉先輩から焼きそばパンをふんだくり、頬張り始めた。
「おいおい、まず先に金を渡せ。150円」
「ん?」
和泉先輩の言っていることが分からないと言った様子で首を傾げた。
「まさか、お前。たかるつもりだったのか?」
天道先輩はごっくんと口に含んでいた焼きそばパンを飲み込んだ。
「違うぞ、篤史」
「何が違うんだ。俺様は知っているぞ。こういうのはたかりと言うんだ!」
「まぁ、落ち着け。いいか、これはお前の将来のためだ」
「聞こう」
興奮していた和泉先輩は天道先輩の言葉で少し落ち着きを取り戻した。
「お前の将来の夢は何だ?」
「それはもちろん、インテリヤクザになることだ」
「そうだ。そして、たかられると言うのは、インテリヤクザになる為に必ず通らなければならない道なんだ」
まーた始まった。
「な、何だと!?」
「間違いない。この前読んだ東リべと言う漫画にそう書いてあったぞ」
ああ、そう言えば流行ってましたね。というか、あれヤクザじゃなくてヤンキー漫画だったような……? それにそんなこと多分書いてないと思うけど。
「本当か!? なら間違いないな」
嘘でしょ? その漫画どんだけ信用度高いの!? 納得しちゃったよ!
そして、そのままその焼きそばパンは和泉先輩が奢るということで落ち着いた。
そう、私のキャンパスライフを妨害している問題児の2人目がこの和泉先輩だ。
将来の夢はインテリヤクザという訳の分からないものを目指しており、さらには天道先輩と負けず劣らずのバカなのだ。
あの眼鏡もインテリヤクザはみんな眼鏡かけているんだ、という謎の偏見からかけているのだ。
聞いた話では和泉先輩の視力は良らしく、あの眼鏡は伊達なのだという。
そして、言わずもがな無表情で飴を舐めながらパソコンをいじっている網嶋先輩も問題児の一人である。
パッと見はゴスロリを着ているただの可愛い女の子に見えるが、彼女いや彼はれっきとした男、女装男子なのだ。
それに加え網嶋先輩は機械いじりが好きで様々なよく分からないものを開発していたりする。研究室の隅には完成品なのかガラクタなのか分からない多くの機械の山が形成されていた。
そんな3人が集まって出来たのが異世界研究サークル、通称異世界研だ。
で、じゃあ私たちはここで何をしているのかというと、正直のところ私も未だによく分かっていない。
分かっているのはへんてこなサークル名と問題児ばかり集まっているというくらいだ。
「それにしても、天道先輩がこんな時間に食事だなんて珍しいですね。いつもはお弁当持って来てお昼はちゃんと食べているはずなのに」
「今朝、紗月にしばらくは飯抜きだと言われた」
「え、天道先輩また何かしたんですか?」
「またってなんだ、またって。俺はそんなに怒らせるようなことしてないぞ」
そんなにって……、逆に天道先輩が朱鷺坂先輩に怒られていない日の方が少ない気がする。
天道先輩の家に居候していて、家事全般は朱鷺坂先輩がしているのだそうだ。
ヤンキーで男勝りな彼女であるが、家事のスキルは同じ女である私から見ても高かった。
特に料理に関しては、お店が開けるくらいの腕前だ。
ただ怒らせるととんでもなく怖い。ヤンキーな見た目は伊達ではない。
六年ほど前に天道先輩の母親がどこからか拾って来たらしく、それ以来一緒に暮らしているのだそうだ。
「昨晩、貯金と今月の仕送りを全部使い切ったらしい。しかも、紗月には無断で。ここに来る前、彼女を見たけど、あれは相当怒っていたね」
天道先輩の代わりに網嶋先輩が何をやらかしたのか説明してくれた。
「え? 全額ですか? 一体何に使ったんですか?」
「『異世界の扉』だそうだ」
「あーラノベですか? 聞いたことないですけど」
「さぁ? それが何なのかは分からないらしい。商品説明には『これさえあればいつでもだれでも自由に異世界に行くことが出来ます。これ一点限りなのでご購入を検討されている方はお早めに』としか書かれていなかったようで、商品画像もなかったらしい」
「え~、それでなんで買おうと思ったんですか? しかも、今までの貯金全部って相当な金額ですよね。もう意味が分かりません」
まぁ、この人が考えていることなんて100年かかっても理解できる自信ないけども。
「何言ってんだ、お前ら。ちゃんと異世界に行けますって書いてあんだから、行けるに決まってんだろ」
え? 何この人、ピュアかよ。
「普通に考えて行ける訳ないじゃないですか!? もし、そんなことが可能なら既にニュースになってますって。少しは疑うことを覚えましょうよ」
「もしかしたら、世間には公表されていない秘密の技術を使って開発されたものかもしれないだろ」
「秘密技術が通販で買えるの不思議に思いましょ。機密ダダ洩れじゃないですか」
「あ、確かに」
ここまで言ってやっと自分がどれだけバカなことを理解してくれたらしい。というか、言われる前に気が付いて欲しかった。
「多分詐欺だとは思いますけど……。それにしても、こんなサルでも騙されそうにない詐欺聞いたことないですよ。相手側もビックリしてますよ」
「つまり、遥翔はサル以下の知能ってことだな」
隣で話を聞いていた和泉先輩は天道先輩を指差して、お腹を抱えながら笑い転げていた。
「なんだと!? お前だけには言われたくないぞ! 先週やった数学の小テスト、何点だった?」
天道先輩が言っている英語の小テストとは恐らく必修の講義の話だろう。2年生までは英語は全学生共通で受けるように言われている。
「ふふふ、聞いて驚け! 俺様は8点だったぞ!」
「ふんっ」
それを聞いた天道先輩は鼻で笑った。
「何がおかしい?」
「その程度か、俺は9点だったぞ!」
「なん、だと……」
一点差とはいえ負けは負け。和泉先輩は悔しさで顔を歪め、膝をついた。
「10点満点のテストだなんて珍しいですね。それにしても、意外と先輩たち高得点なんですね。バカだからもっと低レベルな戦いをすると思ってたんですが」
「おい! 助手、先輩に対してバカとはなんだ。もう少し敬う気持ちをだな……」
「そのテスト、100点満点だよ」
こちらを見ずに網嶋先輩はさらりと真実を告げた。
ま、そうですよね。というか、この人たちどうやって大学に入ったの?
「むしろ、そんな点数どうやったら取れるのかが不思議でしょうがないです。もう、ある意味才能じゃないですか?」
「はっ! 俺様がすごいからってそんな褒めんなよ。まぁ、その通りなんだが?」
「何言ってるんだ、一ノ瀬は俺を褒めたんだぞ」
「お二人は今すぐに皮肉と言う言葉を調べてください。なんでこんな人たちと同じ大学なの……泣きそう。せっかく受験勉強したって言うのに、これと同レベルだと思われるじゃん!」
「その点は心配しなくていい」
そうフォローを入れてきたのは網嶋先輩だった。
「2人とも受験はしていないからな」
「受験を受けてない……? じゃあ、どうやってこの学校に入学したんですか?」
「篤史はスポーツ推薦なんだ。その腕を買われ、全ての学費が免除されている」
「ス、スポーツ推薦!? あの人見かけによらず運動神経良かったんですね……。で、一体、なんのスポーツを?」
メジャーなところだと、サッカーとか野球? あとはバスケとかかな?
なんてことを考えていたら、網嶋先輩から予想外の答えが返ってきた。
「サバゲだ」
「サ、サバゲ!?」
予想外すぎる回答に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「サバゲってあの迷彩着てエアガンで撃ちまくったりする?」
「うん、まぁそんなところだ」
「いやいやいやいや、サバゲって。そんなの推薦する学校なんて聞いたことありませんよ!?」
「昨今需要が高まってきているみたいだ。とは言っても、僕はあまりスポーツのことは知らないから何とも言えないけどね」
「はぇ~どんな人でも取柄ってものがあるんですね。じゃあ、天道先輩も何かの推薦ですか?」
「ああ、遥翔は僕の推薦で入ってもらったよ」
「はい?」
網嶋先輩の言っている意味が分からず、思わず聞き返してしまった。
「遥翔は僕が推薦したんだ」
「いや、あの、同じ言葉繰り返されても言っている意味が分からないのですが? 学生がなんで推薦出来るんですか!?」
「ふむ、そう言うことか。どうやら、誤解があるみたいだ」
「誤解?」
今の会話のどこに誤解する要素があったというのだろうか?
「僕は学生じゃない。この大学の教授だ」
「…………へ?」
この人なんて言いました? 教授? 誰が?
「もしかして、網嶋先輩って見た目のわりに結構な年だったりするんですか? てっきり、天道先輩と同い年かと……」
「同い年だよ」
「じゃあ、なんで教授になれるんですか!?」
「僕は飛び級で大学を卒業し、博士号をいくつか持っているんだ。で、是非ともウチに来てくれないかとこの学校から頼まれてね。教授になんて興味はなかったが、遥翔を大学に入学させることを条件に教授を引き受けたんだ」
「じゃあ、もしかしてこの研究室って……」
「そうだよ。僕の研究室だ。言ってなかったかい?」
知りませんよそんなこと!
でもこれでいくつか納得がいった。
天道先輩が大学に入れたことも、異世界研なんてふざけたサークルに立派な研究室があてがわれていることも、全て網嶋先輩が教授だったからなのだ。
規格外というかなんというか……。
女装ゴスロリ天才ショタ教授とかキャラモリモリすぎるでしょ。
そう、彼がどんなにすごい人でも変人には変わりない。
私の知る限りこのサークルにまともと呼べる人は一人もいない。
「はぁ~どうしてこんなサークルに入っちゃったんだろう……」
私が頭を抱え嘆いていると和泉先輩が言ってはならないことを言い出した。
「お前さぁ、いつも文句ばっかり言ってるくせにほぼ毎日この研究室来てるよな? 暇なのか?」
「なっ……」
私はその言葉に何も言い返せず、黙ってしまった。そして、そんな私の代わりに網嶋先輩が余計なことを言った。
「それはこんなサークルに入っているんだから、他の学生から避けられるのは当たり前だよ」
「ん? どういうことだ?」
「つまり、彼女はこの大学に友達がおらず、他に居場所がないからここに来ているんだ」
「なんだ、一ノ瀬ボッチなのか」
「そうか、友達いないのか……。ドンマイ」
私が黙っていたからか、先輩たちは好き勝手に言ってくれる。
「わああああああああああ! ボッチ言うなあああああ!?」
そして、私は我慢できずに叫んでその場にうずくまった。
「こんな、こんなはずじゃなかったのに……。友達作る前に変なサークルに入れられて他の人たちはどうしてか私がこの妙なサークルに入っていることを知っていて私が話しかけようとするとみんな露骨に避けるししかもそれが学校全体に認知されているから学食行っても私の隣前の席には誰も座らないんだよ混んでるのにわざわざ立って食べてる人とかいるんだよあれ以来私は申し訳なくて学食行くことできないし廊下歩いててもみんななんでか道開けるし私、私………」
「お、落ち着けって、な?」
「ああ、そうだ。さっきアイス買ってきたんだ、食べるか?」
私が泣きべそをかきながら早口でまくし立てたからか、珍しく先輩たちが優しい声をかけて来た。
「食べる……」
私は顔を上げ、和泉先輩が差し出してきたアイスを手に取る。
「おいしい……」
泣きながらアイスをチビチビと口に運ぶ。
「なんだ、泣くほど美味いのか?」
そんなわけない。のだが、いちいちツッコむ気にもならない。
「ん、紗月から連絡だ」
一人成り行きを傍観していた網嶋先輩がスマホの画面を見て、そう呟いた。
「届け物? 何かを頼んだ覚えはないのだが……。遥翔、紗月が荷物を取りに来てほしいと」
「もしかして、あれか!?」
「あれ? ああ、そういうことか」
何の話か分からないけど、届け物? なんだろう?
その届け物が何か分かっているらしい天道先輩は勢いよく研究室を飛び出していった。
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