田舎娘の不幸なキャンパスライフ

「はぁ~、やっと今日の講義が全部終わった。一日に5コマ入れるのは流石にきつかったな~。後期からはもう少し考えて時間割考えないと。でも、そうすると単位が足りなくなった時、困るし。う~ん、難しい」


 私の名前は一ノ瀬蒼いちのせあおい。今年の4月からこの東京総合大学に通う女子大生だ。

 地元は九州で、大学進学を機に大学の近くに引っ越し一人暮らしを始めた。

 高校までは地味で友達もいなかった、ボッチだった。

けど、女性誌で勉強して服に気を使い始め。

髪も美容室に行って目元まで隠れていたもっさりした髪をバッサリ切ってもらったし。ついでに、髪色も少し茶色に染めてもらった。

 眼鏡もやめて、怖かったけどコンタクトに変えた。

 そう、これもあれも全てイケメンな彼氏を作って、リア充になって最高のキャンパスライフを過ごすために頑張ったのだ。

 しかし、入学早々私はとんでもないミスを犯してしまったのだ。


「今日もまたあそこに行かないといけないんだよね……。鬱……」


 肩を落としとぼとぼと目的の場所へと向かう。

 私が向かうのは講義が行われる本校舎から少し離れた場所にある研究棟。そこの三階にある一室。

 この研究棟は名前の通り、いくつもの研究室がある建物だ。

 何故私がそこに行くのか。それはもちろん大学教授の研究を手伝うため、ではない。

 そもそも、この研究棟に用がある学生はゼミに所属している3、4年生か大学院生くらいだ。入学したばかりの1年生が来るような場所ではない。


「ああ……、着いてしまった」


 私は目的の研究室の前で立ち止まり、ドアにかかっているプレートを見る。そこには、異世界研と書かれていた。

 正式名称は異世界研究部。その名の通り、異世界を研究する部活である。

 ね? バカみたいな名前でしょ? 異世界なんてあるわけないのに。

 大体、なんでこんなのが部活として申請通ってるの? サークル扱いでも怪しいよ?

 ため息をつきながら、ノックをせず扉を開けて中に足を踏み入れた。


「おはようございます……」


 テンション低めの挨拶を既にこの研究室にいる人たちに投げる。

 研究室にいたのは3人。

 パソコンをカタカタ叩いているゴスロリ服の先輩と金髪ロングで目つきの悪い女性。

 そして、もう一人。


「来たな、一ノ瀬!」


 テンション高めに私を呼んだのは、部長である天道遥翔先輩だ。このクソみたいな部活を作った張本人。

白衣を羽織っている姿は研究員っぽい感じが出ている。

でも、何故かいつも腰に木刀を差している。ホント、意味わかんないけど。木刀の名は“夜桜”と言うらしい。心底どうでもいい。どうせ修学旅行とかで買ったやつ。


「急に呼び出して、なんの用ですか? ここ部活のくせにいつも自由参加じゃないですか。部活のくせに」

「それよりも、一分の遅刻だ。時間にルーズなのは困るぞ」

「はぁ、ここに来るのに時間って決まってましたっけ?」

「いや、ここに来る時間はいつでも問題ない」

「ごめんなさい。言ってる意味がちょっと分かんないんですけど? じゃあ何で私は遅刻だなんて怒られたんですか?」

「さっき、凪からルーズという言葉を教えてもらったから、使って見たかった」


 そう言って、天道先輩は研究室の隅でパソコンをいじっているゴスロリ姿の人を指差した。


「網嶋先輩のせいですか……。というか、覚えた言葉すぐ使いたがるとか小学生ですか」

「む、失礼な。これでもちゃんと成人はしているぞ。お酒も飲めるし煙草も吸える」

「天道先輩、お酒も煙草も苦手じゃないですか……網嶋先輩からも何か言ってください」


 棒付きの飴の包装を剥きながら、網嶋先輩は興味がなさそうにこちらを見た。


「ん、まぁ、3ヵ月も彼と過ごしてきたのだから、少しくらいは許容したらいいんじゃないか?」

「あれ? これもしかしなくても私が妥協しなきゃいけない流れになってませんか!?」

「助手なのだからそれぐらいは我慢しろよな」

「なんで天道先輩はそんなに偉そうなんですか……? あと、私は助手じゃありません」

「何言ってるんだ。最初に会った時に言ったろ? それにその時、一ノ瀬は納得してここにきたじゃん」

「いや、納得って言うか。あれは詐欺に近いですよ。てかもう詐欺です」




 そう、あれは3か月前、入学してすぐの出来事だった。

 高校以前の知り合いがいなかった私は一人でキャンパス内を歩いていた。

 周囲では新入生を勧誘しようと、上級生たちが必死でビラを配りながら声掛けをしていた。

 憧れのキャンパスライフを送るには、サークルに入るのは最低条件だと考えていた私はサークルの話を聞こうと人だかりの中に入り込もうとしていた。

 しかし、その時一直線に私へと向かってくる人がいた。


「君しかいない! ぜひ俺のサークルに入ってくれ」

「え? あの?」


 戸惑う私にその人は私の手をがっしりと掴み、矢継ぎ早に言葉をまくしたてた。


「一目見た瞬間、君しかいないと確信した。俺の助手は君しか務まらないと思っている。頼む」

「えっと、あの……、はい……」


 男の人にここまで言い寄られたことのない私は顔を真っ赤にしていた。しかも、その人は今まで見たこともないくらいのイケメンだった。

 私は恥ずかしさに目を合わせられず、俯きがちに小声で答えた。


「そうか! よかった! じゃあ、さっそくうちの研究室に案内する」


 その人は嬉しそうに笑い、私の手を引いて研究室に案内してくれた。

 そして、連れてこられたのは研究棟の3階にある研究室だった。

 これが天道先輩との出会いだった。

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