異世界に行きたかったので、ネット通販で『異世界の扉』買ってみた

結生

異世界の扉買ってみた

「えっと、名前は……天道遥翔てんどうはるとっと」


 右手の人差し指でキーボードを叩き、パソコンのディスプレイに表示されている氏名の欄に自分の名前を入力する。


「で~次はっと……」


 遥翔はメモを見ながら、個人情報を一つ一つ入力していく。

 その様子は初めてパソコンに触ったお年寄りのよう。

 と言っても彼が老人というわけではない。まだ20の少年だ。


「ネット通販めんど。なんでこんなにいっぱい質問してくんだよ」


 なんて愚痴をこぼしながらも、小一時間かけてネット通販で買い物をしようとしている。


「なんか、凪の奴にやってもらった方が早かったんじゃねぇか?」


 幼馴染にパソコンに詳しい人物がいたのだが、遥翔は彼にネット通販での買い物の仕方だけをメモで教えてもらっただけだった。


「いや、やっぱりみんなには黙ってて、あとで驚かせたいよな」


 遥翔は幼馴染たちの驚く顔を思い浮かべながら、ニタニタと笑みを浮かべた。


「さて、こんなところか?」


 全ての項目を入力し終え、後は購入のボタンを押すだけ。


「よし、行くぞ行くぞ……」


 生唾を飲み込み、一世一代の覚悟で購入ボタンをクリックする。

 そして、画面には『購入手続きが完了しました』の文字が表示される。


「ふ、ふふふ……ふははははははは! やったぞ! ついに俺は手に入れた!!!」

 

 彼はついテンションが上がってしまい、椅子から立ち大声で叫ぶ。

 だが、それがまずかった。


「ん?」


 彼の叫び声に反応したかのように、廊下からドタドタと遥翔の部屋に走ってくる足音が聞こえて来た。

 遥翔は何事だと思い扉の方へ向き、それと同時に扉が勢いよく開け放たれ、何かが彼の顔を目掛けて飛んできた。


「ごふっ」


 顔面に直撃したが柔らかかったため、痛みは感じなかった。それは床に落ち、合わせて甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 床を見るとそこには薄いピンク色の枕が転がっていた。恐らく飛んできたのはこの枕だろう。

 そして、その枕が飛んできた方向を見ると、仁王立ちした金髪女性が遥翔を睨んでいた。


「何すんだよ、紗月」


 遥翔と同じ20歳の女性。名前は朱鷺坂紗月ときさかさつき。長い金色の髪が特徴的で、とても綺麗な顔立ちをしているが、眉間にしわを寄せていて目つきが鋭い為、せっかくの美人が台無しだった。


「アンタ、うっせぇんだよ! 今何時だと思ってんだ!」

「え? あ~……」


 彼は男勝りな紗月に詰め寄られ、目を逸らすように壁にかかっている時計を見る。


「22時?」

「そうだ! ったく、一体何をそんなに騒いで……」


 そこで言葉を切り、紗月は遥翔がさっきまで使っていたパソコンの方へと視線を向けた。


「アンタがパソコン……? まさか! なんか変なことしてないだろうな!?」


 遥翔は普段パソコンをまったく使わない。だから、紗月はそれを不審に思い、彼を突き飛ばして、食い入るようにディスプレイを覗き込む。


「おい、何すんだよ」


 突き飛ばされた遥翔はバランスを崩し、床に倒れた。


「うっさい。アンタはそこで大人しくしてな」

「……はい」


 紗月の眼力に恐怖を感じた遥翔は大人しくその場で正座する。


「購入……? っち変なもん買ってねぇだろうな」


 紗月はブツブツ呟きながら、慣れた手つきでパソコンを操作する。


「………………なぁこれは何だ?」


 少しして紗月はパソコンの画面を遥翔に見せつけて来た。

 そこには購入履歴と書かれており、先ほど遥翔が購入したものが表示されていた。


「何って、そりゃそこに書いてある通りだ」

「そうだな、普通はみりゃ分かるよな。でもな、アタシにゃこれが何なのか分かんねぇんだ。なんなら、これを買おうとする奴の神経も訳が分かんねぇ」


 呆れたのか、彼女は深いため息をつく。


「そんなことないだろ! これは誰もが憧れ喉から手が出るほど欲しい代物だろ!」

「あ? んな訳ねぇだろ。何だこれ、『異世界の扉』って」


 そして、彼女は俺が購入した商品の名を口にした。


「異世界に行くことの扉だ!」

「んなもんがネット通販にシレっと売ってるわけねぇだろ! 少し考えりゃ分かんだろ。つっても、アンタが宇宙レベルのバカなのは知ってから、そこはまぁ許容範囲だ。だが、な」


 彼女は画面に表示されている商品の値段を指差した。


「なにこれ? なんでこんなにゼロがいっぱい並んでんだ? こんなんアタシは宝石店とかでしか見たことねぇぞ」

「え? 紗月、宝石店なんか行ったことあんのか? そんな趣味あったか?」

「今はそこじゃねぇんだよ。これだけ高価なもんどうやって買ったんだって話だ」

「通販」

「この状況で方法は聞いてねぇんだよ! アホかアタシは。通販なのはこのパソコンみりゃ分かってんだよ! 資金! アンタこんなに金持ってねぇだろ!?」

「ああ、金か。それは今まで貯めたお年玉とバイト代。後、今月の仕送り」

「ん?」


 紗月は遥翔の言葉に首を傾げた。


「なんだ、聞こえなかったのか? お年玉とバイト代。それから今日、母親から振り込まれた生活費だ」

「なるほど。今まで貯めた貯金と今月の生活費か……」

「ああ」

「…………………」

「…………………」


 しばらくの間沈黙が続いた。

 そして、


「ふんっ!」

「がはっ!」


 遥翔の腹に紗月の重い拳が叩き込まれた。さらに後ろに倒れようとする彼の胸倉を掴み、頬に追加攻撃。


「う、うう……」

「生活費全部つぎ込んだってなぁ、今月どうやって過ごすつもりだ、ああん!?」

「ず、ずびばぜん」


 すみません、と謝ろうとしたが顔面を殴られた為、上手く言葉が出なかった。


「ったく、これ返品もキャンセルも不可になってやがるし、どうすんだよこれ」


 紗月は頭を押さえて大きくため息をした。


「ま、まぁでも、これでいつでも異世界に行けるようになったし、やったな!」

「死ね」


 完全に堪忍袋の緒が切れた紗月は渾身の回し蹴りを遥翔の脇腹に叩き込んだ。


「おふっ!」

「てめぇは少しは反省しやがれ!」

「う、うぅ………」


 そして、遥翔はそのまま気を失って倒れた。

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