第31話

 師匠とラナに別れを告げて、私たちは王宮へと向かった。


 事前に連絡してあったのだろう、客室へ案内されると既に持参したドレスと、湯浴みの用意がされていた。

(荷物が多かったのは、これが入っていたからなのね)

 討伐に行くのに何で大きな荷馬車が必要なんだろうと疑問には思っていたけれど。


 持参したドレスは三着、それぞれに合う靴やアクセサリーなどもある。

 貴族は大変だなあと思いながら緑色のドレスに着替えた。

 髪を結い上げ化粧を施されると、魔術師リサではなく貴族の娘レベッカが出来上がった。



「そなたが青の魔女か。噂通り見事な青髪だな」

 少しアレクに似ているスラッカ国王は、気さくな雰囲気で迎えてくれた。

「この度の協力、感謝する」

「この国にはお世話になりましたから。恩返しが出来れば嬉しいです」

「そなたの境遇は聞いた。家族もせっかく再会したのにまた討伐に出ることになり心配しているのではないか?」

「……はい、そうですね」

「アレッシオも、王位には遠い故、好きにさせていたが……まさか危険の多いギルドに入るとは思っていなかったからな」

 国王陛下はアレクを横目で見た。

「山が多く魔物も多いこの国の王として頼もしく思うが、親としては心配だ」


「私は剣士として魔物と戦うのが性に合っていますから」      

 表情を変えることなくアレクは答えた。



「アレクは、お父様のことあまり好きではないの?」

 食事会を終えて客室に戻りながらアレクに尋ねた。

「どうして?」

「何だかよそよそしく見えたから」

 国王陛下はアレクを心配していたけれど、アレクの方は父親の顔を見ることもなく、受け答えも素っ気なかった。


「……正直、親と思っていないからね」

「え、どうして?」

「父には側室が多くてね。僕の母も視察先で会った時に見初めて無理やり王宮に連れてこられたんだ」

 アレクは立ち止まった。

「男子を産んだせいで他の側室から嫌がらせを受けて。辛い思いをしていた母を見ていたら正直好きにはなれないし、親しみも感じられないよ」

「そうだったの。でも、陛下はアレクのことを気にかけているよね」

「あの人は側室や子供たち、皆平等に愛情を注いでいるらしいよ。でも側室たちは互いに嫉妬や競争心を持つから。僕も毒を盛られそうになったから王宮を出たんだ」


「毒⁉︎」

 王に大勢の側室がいる、ハーレムや後宮的な話は前世で読んだことがある。

 確かに女同士の戦いがすごいんだよね。

「そうなんだ……大変だったんだね」

 ギルドでの彼はいつも落ち着いていて、皆をまとめるような立場で。

 そんな複雑で辛い家庭事情があったなんて、全然知らなかった。


「リサは? 家族と仲良くやっている?」

「うん。母も弟もすぐ受け入れてくれたよ」

 家に帰る前、アレクには不安を口にした。

 記憶のない私を、父はともかく他の家族が受け入れてくれるのか。

 けれどその不安は杞憂で。母も泣いて喜んでくれたし、弟もすぐ心を開いてくれた。


「家に帰って良かったと思ってる」

「そうか。……良かったね」

 笑みを浮かべたアレクのその顔は、けれど少し寂しそうに見えた。


  *****


 翌日。

 王宮を出ると西に向かって出発した。

 まずは教会のあるモレイネの街へ向かう。


「レベッカのいたギルドはどこなんだ?」

 馬車の中で地図を眺めているとルーカス様が尋ねた。

「ここ」

 王都から南東にある箇所を示す。

「ここに来るのに使ったルートとは別の、安全なルートにある街にギルドはあるの」

「安全な場所にあるのか」

「依頼人が来るのに、安全な場所じゃないと危ないから」

「ああ、そうか」

 派遣されるのは危険な場所が多いけれど、ギルド自体は安全な場所にある。


「この辺りがギルドの管轄で……私が師匠に助けられたのは、この辺かな」

 今回通ってきたルートの、山一つ隣の道を指す。

 トウルネンとスラッカのニ国を結ぶルートの一つだ。

「ここは魔物が多いから人気が少なくて、犯罪者がよく使う道なの」

「そうか。……警備を強化できないのか」

 ルーカス様は眉をひそめた。


「それは国も考えたんだけど、普通の人はほとんど使わないような細くて険しい道だから、警備を割く予算がなくて無理だったんだって」

「そうか」

「昨日陛下も仰っていたけど、この国は魔物が多くて、人手が足りないの」

 魔力を持っているだけでは魔術師になれない。

 魔物と戦う魔術を身につけられるのは、限られた人間のみだ。

 魔物が出る場所の警備には、魔術師が欠かせない。

 普通の人が使わないような道まで警備をするだけの魔術師はいないのだ。


「魔物退治は危険だけど、やりがいがあるよ。誰かの役に立っているって実感できるし」

 過去の記憶がなく自分が誰だか分からなかった私にとって、魔術師であることは世界と繋がれる唯一の方法でもあった。


「そうか。……ギルドに戻りたいと思うか?」

「うーん……」

 ルーカス様の言葉に首を傾げる。

 この間も同じことを聞かれたけれど。

「こうやって、時々魔物退治に行かれるならいいかな」

 魔術師としての生活も、貴族としての生活も。

 どちらも今の私にとって大切だから、一方だけを選べないのが今の気持ちだ。

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