第30話

 その後の旅は順調で、私たちは無事スラッカ王国の王都へ到着した。

 王都の中へ入るとまっすぐに師匠ヨセフの研究室へ向かう。

 師匠は今王宮の近くにある塔に住み、そこで魔法や魔物について研究しているのだ。


「リサ! しばらく見ない間に綺麗になったわね」

「ラナ!」

 出迎えたのはギルド仲間で同じ火の魔術師ラナだった。

「どうしてここへ?」

「ヨセフの手伝いに呼ばれたの。各地のギルドから白竜情報が入ってくるから、その整理もあるし」

「そうだったの」

 ラナはあちこちのギルドに顔が利く。

 まとめ役には最適だろう。


「良かったわ。『青の魔女』が来てくれたなら安心ね」

 ラナはそう言って笑った。

 三十前くらいに見える彼女は、けれど子供の頃から知っているけれど見た目がほとんど変わらない。

 年齢不詳でギルドでも面倒見の良い彼女は、私にとって母……もとい、姉のような存在だ。


 塔の階段を登り、研究室に入る。

「来たか」

「師匠!」

 私の姿を見ると師匠は笑顔で両手を広げた。

 その腕に飛び込んでぎゅっと抱きつく。

 師匠からは懐かしい薬草の匂いがした。


「すっかり大きくなった」

「師匠はお変わりなくて何よりです」

 髪の白いものは増えたけれど、それ以外は何も変わっていないように見えた。

 顔色も良く、怪我の後遺症も感じられなくてほっとする。

「貴族の生活は慣れたかい」

「はい……それなりには」

 そう答えて、私は身体を離すと隣に立つルーカス様へ視線を送った。

「こちらが私の婚約者、ルーカス殿下です」


「初めてお目にかかります。ルーカス・トウルネンと申します」

 胸に手を当ててルーカス様は会釈をした。

「ヨセフ殿のことはよくレベッカから聞いています」

「ああ。私も手紙で貴殿のことは聞いているよ」


「まあ。リサったらもうこんな男前を捕まえたの⁉︎」

 ラナが目を輝かせた。

「あなたがギルドから去った時皆泣いていたけど、婚約者までいるなんて知ったらさらに泣くわよねえ、アレク」

「……そうだな」

 話を振られたアレクは小さくため息をついた。

「え、なんで泣くの?」

 一番年下だった私に、先に相手が出来たから?


「レベッカは知らなくていいことだと思うぞ」

 ぽん、とルーカス様の手が頭に乗った。

「どうして?」

「そういう所は成長していないわねえ。あんた達が牽制し合いすぎたせいじゃない?」

 にやけ顔でラナがアレクの肩を叩く。

 牽制?

「……それで、現在の状況は?」

 眉をひそめながらアレクは師匠に向いた。



「今までの目撃情報をまとめたわ」

 ラナはテーブルの上に地図を広げると、北部にある印の付いた箇所を示した。

「最初の被害がここで、そこから南に下って来ているの」

 長い指が地図に書かれた線をなぞる。

 スラッカ王国は東側以外の三方を山に囲まれている。

 白竜はその山裾を沿うように南下しているように見えた。

「目撃箇所は山だったり湖だったり様々ね。基本山からは出ないけれど麓にある村が襲われているの。最新の目撃地点はここね」

「これだけじゃ目的は分からないか」

「そうね、南へ向かっているということだけね」


「……このまま進んだらトウルネン王国へ行くな」

 地図を見ていたルーカス様が口を開いた。

「本当だ」

 線の先には国境代わりの山脈がある。

「その前に止めないとまずいな」

「これまで白竜に多くの者が挑んだが、剣も魔法も全く歯が立たなかった」

 師匠が言った。

「赤竜よりも一回り大きく、身体の表面を常に白い炎が覆っているという」

「炎が身体を覆う?」

「おそらく防御のためだろう。こちらの攻撃は全てその炎に遮られるのだ」


「――その白い炎に対抗できるのが私の青い炎ってこと?」

「ああ、おそらくな」

 師匠は頷いた。

「私は長く、普通の炎と魔法による炎の違いを研究していた。そして魔法の炎は魔力の質によって色が異なることが分かった」

「魔力の質? 強さじゃなくて?」

「お前は同じ青い炎でも、強さを調節できるだろう」

「あ……そうか」

 確かに、魔物によって強さは変えている。


「それでは、レベッカの魔力は他の魔術師と質が違うと?」

 ルーカス様の問いに師匠は頷いた。

「普通、魔術師は自身の魔力や術を身につけるのに相当な訓練を積まねばならないが、この子は初めから知っていたように使いこなしていた」

「……そうだったっけ」

 よく覚えていないけれど。

「私が保護した時、しばらくお前は記憶が混濁していたようだからな。あの頃のことはあまり覚えていないだろう」

「記憶の混濁?」

「レベッカという貴族の娘ではない、別の者の記憶が混ざっていた。その者は奇妙な知識や言葉を持っていたんだ。魔法の質と関係があるのかもしれないが、もうその記憶はないようだな」


「そう……ですね」

 その「別の者」って……多分、前世の「理沙」のことだよね。

 確かに最初は前世の知識や記憶をつい口にしてしまい、師匠を困惑させていた。

 でもこの世界での生活に慣れていくうちにそれらを出さなくなったから……記憶がなくなった訳ではないのよね。

(まあ、前世のことは言えないけれど)

 その前世では、この世界と同じような世界がゲーム上に存在していたなんて、言えるはずもない。


 あのゲームとこの世界とどう関わりがあるのか、ただの偶然なのか。

 ゲームのことを思い出してから考えたけれど、何も分からなくて。

 でも実際、私はこの世界で生きているということだけは確かだ。



「それじゃあ、我々はこの最新の目撃地から南に向かえばいいな」

 地図に視線を落としてアレクが言った。

 今いる場所からは西へ向かうことになる。

「そうだな」

「じゃあ早速出発する?」

 なるべく早く行った方が、被害も少なくて済むよね。


「そうしたいけど……今夜は王宮に泊まっていって欲しいんだ」

「王宮?」

 アレクの言葉に首を傾げる。

「父上から伝言が届いたんだ。夕食に招待したいって。それに報告もしないとならないし」

 アレクの父親って、スラッカ国王だよね。

 その国王から夕食を招待って……。


「え、でもドレスなんて持ってきていないけど?!」

 国王と会うならそれなりの格好をしないとならないんだよね?

「ドレスならあるぞ」

「え」

 ルーカス様を振り返る。

「こんなこともあるだろうと用意しておいた。ただ侍女は連れて来れないから着替えの人手は借りたい」

 アレクに向かってルーカス様は言った。

「分かりました」

 こんなこともあるかって……。

「そんな想定もしていたんだ」

「今回騎士として来たが、俺も一応王族だからな。礼儀として国王に目通りはしておかないとならないだろう」

「そういうものなんだ」

 他のギルドが管理している場所で仕事をする時にそのギルドに挨拶に行くようなものなのかな。


「それでは師匠。白竜退治が終わったらまた来ます」

「ああ。リサ、これを持っていくといい」

 師匠は壁に立てかけてあった杖を手に取った。

 私の身長と同じくらいの長い、銀色の杖だ。

 見た目に反して手に取ると驚くほど軽い杖の先には、大きな水晶玉が嵌め込まれている。

「随分と大きな石ですね」

「これだけ大きければ相当な魔力を溜められる。白竜を確実に仕留めるために、この水晶に充分魔力を溜めて魔法石を作ると良い」

「分かりました」

 まだ一度も魔力を注がれたことがないのだろう、透明な水晶からはいい気が感じられる。

 育てればとても良い魔法石になるはずだ。


「それと、途中モレイネの街を通るだろうからそこの教会に寄るといい」

「モレイネ?」

「この国で火の神を祀る最大の教会だ。そこで祝福を受ければより強い加護を得られるだろう」

「分かりました。行ってみます」

「無事と成功を祈っているよ、リサ」

「はい、師匠もお元気で。終わったらまた寄ります」

「ああ」

 最後にもう一度抱きしめ合って、私たちは塔を出た。

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