第29話
このルートは元々二国間の交流を盛んにするために作られたもので、山の中だけれど馬車一台が通れるほどの幅に作られた便利な道だ。
けれどある時から魔物が増えて危険が増したため、利用者が減ってしまった。
そのため道は荒れていて、馬車はひどく揺れる。
「馬の方が良かったな」
揺れに耐えているとルーカス様が苦笑した。
「そうっ」
同意しようとすると、ガタンと音を立てて激しく馬車が揺れた。
椅子から身体が浮き上がる。
「レベッカ!」
ルーカス様が慌てて手を伸ばすと私を抱き寄せた。
「……びっくりした……」
「石にでも乗り上げたか」
頭の上でルーカス様の声が聞こえる。
力強い腕が腰に回った。
(あれ? これって……ルーカス様の上に座ってない⁉︎)
慌てて降りようとするとまた馬車が揺れる
「危ないからじっとしてろ」
「でも……重いから……」
「レベッカは軽いと言っただろう」
すぐ目の前にルーカス様の顔がある。
(近いって!)
顔に熱が集まる。
「軽いし可愛いな」
ルーカス様は目を細めた。
(……こんな時にそういう事を……)
本当にこの人は。
身体を離そうとした瞬間、身体に電流のようなものが走る感触を覚えた。
「魔物の気配!」
叫ぶとルーカス様は素早く身体を離し、椅子の下に置いた剣を手に取った。
「近いのか」
「まだ距離はあるけど……近づいてきてる」
「デリック」
ルーカス様は窓を開けると馬で並走していた自分の護衛に声をかけた。
「魔物が近づいている。スラッカ側に伝えろ」
「はっ」
「他の者は臨戦態勢を取れ」
私は杖を手に取ると、周囲へ意識を巡らせた。
「おそらく魔狼……複数いる」
「群れか」
「はい、数は……およそ十」
「多いな」
「ルーカス様は……ルーカスは、魔狼と戦った経験は?」
ルーカス様と言ったら露骨に不快な顔になったので慌てて言い換える。
騎士団の練習に参加した時に魔物と遭遇したことがあるというのは聞いたけれど、一括りに魔物と言っても種類によって戦い方は異なるのだ。
「いや、まだだ」
「魔狼は牙に気をつけて。引っ掛けられただけでもそこから毒が入り込むから」
「分かった」
馬車が止まった。
「リサ!」
先を走っていたアレクが馬車に駆け寄った。
「魔物の位置は」
「魔狼の群れ、およそ十。進行方向右前方から近づいてる!」
「分かった。臨戦態勢、右の山に注視!」
剣を抜きながら、アレクはスラッカの兵たちに指示した。
「私たちも馬車から降りよう」
ルーカス様に声をかけた。
「レベッカはこのままで……」
「魔物の群れには魔術師のサポートがあった方がいいから」
この一行には魔術師が三人しかいない。
魔法石は白竜との戦いに取っておきたいし、白の魔術師には回復に専念してもらいたいから、私が後衛をしないと。
馬車から飛び降りると索敵しなくても魔物の気配を感じた。
魔物の放つ魔力を強く感じる。
(なかなかの殺気……)
「魔物もこっちに気付いてる!」
「構えろ! 牙に注意!」
アレクが叫んだ。
「来る!」
叫ぶと同時に茂みが揺れた。
一頭、また一頭と魔狼が飛び出してくる。
スラッカの騎士たちが魔狼に斬りかかった。
魔物の多いスラッカ王国の騎士だ、皆魔物には慣れているのだろう。
上手く身体をかわしながら魔狼に攻撃していく。
(でもやっぱりアレクが一番ね)
スピードがあり経験もあるアレクは確実に魔狼の急所を狙い、倒していく。
「こっちの出番はなさそうだな」
アレクたちを横目で見てルーカス様が言った。
「――いや、別の気配が近づいてる」
さっき索敵した時に感じたもう一つの強い魔力を感じた。
こちらの戦闘を嗅ぎつけたのかもしれない。
「上から、移動が早い……魔鳥の群れ!」
「方向は」
「あっち!」
「全員構え!」
指さすとルーカス様は護衛たちを振り返った。
「俺たちは魔鳥の相手だ」
「はっ」
ルーカス様の言葉に皆が構える。
「魔鳥は雷に弱い! 剣に魔法を掛け直す!」
杖を振り上げるとルーカス様とデニス、アンナの剣に魔力を送った。
ルーカス様には元々雷魔法、双子には火魔法をかけてあったが、空を飛ぶ魔物には空気を振動させる雷の方がより効果があるのだ。
「弱点は首、爪に注意して!」
「首を狙え!」
空気を裂くような音が聞こえると、木々の間から真っ黒い魔鳥が次々と飛び出してきた。
ルーカス様が剣を振るうと雷気を帯びた青い光が襲いかかり、群れが乱れた。
ばらけた魔鳥を一頭ずつ護衛たちが切り掛かり、倒していく。
私は魔狼と魔鳥それぞれの戦闘の様子を窺いつつ、他に魔物が出ないか周囲を探った。
(デニスとアンナもかなり魔剣の使い方が上手くなった)
まだルーカス様には及ばないけれど、初歩の雷魔法くらいの威力は剣に乗せられている。
今回の遠征でその腕はさらに上がってくれるだろう。
「レベッカ!」
魔鳥が一羽、私へ向かって飛んでくる。
『雷撃!』
雷を放つと魔鳥は苦しげに身悶えながら落下した。
すかさずその首をルーカス様が斬り落とす。
二つの群れを無事に壊滅することができた。
「見事でしたね」
アレクがやって来た。
「ああ。あんたの剣も流石だな」
「ありがとうございます」
ルーカス様の言葉に頭を下げると、アレクは私を見た。
「リサ。彼らの剣に魔法を掛けたの?」
「うん。いいでしょ?」
剣は刃を直接当てなければ攻撃できないけれど、魔法は離れた場所から攻撃できる。
魔剣も風圧で魔法と同じ効果を得られるから、もっと魔剣を使える者が増えればいいと思う。
「アレクも魔剣使おうよ!」
「いや……僕はやっぱりいいよ」
苦笑しながらアレクは首を横に振った。
「アレクはどうして魔剣を拒否するんだろう」
馬車に戻り、再び出発すると思わず口から愚痴が出た。
アレクの剣技はギルドの中でもトップクラスだ。
そこに魔法を加えればもっと楽に魔物を倒せると言ったら「僕は剣だけで戦いたいんだ」と拒否されてしまった。
他の剣士たちも同じような意見だ。
より楽に早く魔物を倒せる方が合理的だと思うのだけれど。
「そうだな。剣だけで戦うのが彼のこだわりなんだろう」
ルーカス様が答えた。
「こだわり?」
「騎士や剣士は己の剣に誇りを持っている。その剣だけで魔物と戦い勝つことが彼らの矜持なんだ」
「……ルーカスは魔法を使うことに抵抗がないよね?」
「俺は魔剣でも何でも、より確実な戦術を使えばいいと思っているからな」
「そう……」
「何が大切かは人それぞれだ」
よく分からなくて内心首をひねっていると、ルーカス様はポンと私の頭に手を乗せた。
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