第32話
「ここがモレイネの教会……大きいなあ」
赤い屋根を持つ、三つの尖塔が高くそびえている。
そう大きくはない街には不釣り合いなほど立派な教会は、トウルネン王国の王都にある教会よりも大きいかもしれない。
「ここが火の神を祀る教会の総本山だからね」
アレクが言った。
「火の神は、最初この地に降り立ったと言われているんだ」
「へえ、そうなの」
「……火の魔術師なのに知らなかったのか」
ルーカス様が呆れたような目で見る。
聞いたことがあるかもしれないけど! 覚えていないだけかも!
「おい、あの女性……」
「青髪って……まさか『青の魔女』か?」
「え、めちゃくちゃ強いっていうから怖い見た目だと思ってたけど、可愛いじゃん」
馬車を降りて教会へと向かっていると、周囲から騒めきと囁く声が聞こえた。
(あれ、もしかして私、有名人?)
火の神を祀っているから、火魔法を使える人が多く来ているのかも。
「帽子で顔を隠しておけば良かったな」
ルーカス様が呟いた。
「顔を隠す? どうして?」
青髪なんだから顔が見えなくてもバレるよ?
「よからぬ視線が混ざっている」
答えたルーカス様の隣でアレクも頷いている。
よからぬ視線?
「中に入ろうか」
首を傾げているとアレクに促された。
「青の魔女殿。ようこそお越しくださいました」
教会の礼拝室に入ると司祭たちが出迎えた。
(あれ、来るって伝えてあったっけ)
「どうぞ奥へ」
まるで私たちが来ることを知っていたような態度に内心疑問に思っていると、司祭の一人が礼拝室の奥を示した。
「祝福はここで受けるのではないのですか?」
「普通はこの礼拝室で行いますが、青の魔女殿は特別ですから」
「特別?」
「実は、今朝神託を授かったのです。『青髪の娘が来るから我の元へ呼べ』と」
「神託だと?」
アレクが聞き返した。
神託とは、神が直接意志を伝えることで、滅多にないことだと聞いている。
「はい。この教会で神託を授けられたのは百年ぶりのことで。我々もとても驚きました」
興奮しながら司祭はそう答えて、礼拝室の奥にある扉をそっと開いた。
「どうぞこの廊下を通り、突き当たりにある祭壇室へお入りください」
「……はい」
「ああ、魔女殿一人でお願いいたします」
司祭は一緒に行こうとしたルーカス様とアレクを止めた。
「しかし……」
「大丈夫。行ってくるね」
二人に手を振って歩き出す。
扉の向こうに一歩入った途端、空気が変わった。
(ひんやりしている……)
光が入らないせいか、石壁に囲まれた廊下は薄暗くて涼しい。
言われた通りに突き当たりの扉を開く。
「……青い火?」
祭壇の上、白い石で作られた足のついた器の上に、青い火が燃えている。
それは私が作る炎の色と同じように見えた。
(この火は一体……)
『青の娘よ、よく来た』
ふいに火の中から男性の声が聞こえた。
「え……誰?」
『我はそなたらが火の神と呼ぶ者』
「火の神?」
神様? え、本物!?
『前に会うた時はほんの幼子だったのに。人間は成長が早いの』
「……私と会ったことがあるんですか?」
『そなたが白竜に襲われていたのを我が助けたのだ』
「白竜……?」
これから退治しようとしている竜のこと?
『あの時そなたは魔法が使えなかった。だから我がそなたの力を解放した。そなたの魔法が青いのは我が直接力を与えたためだ』
え、それって……。
「誘拐されて魔物に襲われた時に魔力覚醒したのって……神様の力だったんですか?」
『そうじゃ』
青い炎がゆらめいた。
「神様の力……」
思わず自分の手のひらを見る。
直接もらった力……だから青い……。
「あれ、でも魔術師の力は元々神様からもらった力なんですよね。それなのに私だけ色が違うのは?」
『かつては皆、青い炎を持っておった。だが代々伝わるうちに力が劣化し赤くなったのだ』
「劣化……」
師匠の、魔力の質が違うと言うのは合っていたんだ。
「あの……ありがとうございます。助けていただいて、それから力まで与えてもらって」
炎に向かって頭を下げる。
『よい。そなたは特別だからの』
「特別?」
『そなたの魂には別の世界で生きた痕がある。そういう二重の命を持つ者は魂が強く神の力を与えやすい。始めに我が力を与えたのもそのような魂を持った者だった」
「え……」
それって、前世のこと?
「あ、あの。その別の世界で、この世界によく似たゲーム……創作物があったんですけど」
『ふむ。それは分からぬが、魂の来た世界とこの世界とは繋がりがあるのだろう』
「……そうなんですか」
神様にもゲームとの関係は分からないのか。
「それと、私が襲われた白竜と、これから退治しようとしている白竜は同じ個体でしょうか」
あの時の魔物は逃げたようだと師匠から聞いたけれど。
『いや。あの時のものとはまた別の白竜だ』
「白竜は……何体もいるのですか」
『そうだな。奴らは山奥に棲み滅多に人間の前には現れぬ。だが稀に人間の血を覚えてしまうものがおるのだ』
「人間の血を……」
『血の味を覚えた白竜は何度も人里へ現れる。早く止めねば被害が増えるばかりだ。頼んだぞ青の娘よ』
そう言い残して青い火は消えた。
「レベッカ!」
礼拝室に戻るとルーカス様が駆け寄って来た。
「何かいたのか」
「うん……しゃべる青い火があった」
「しゃべる?」
「青い火?」
司祭たちがざわついた。
「祭壇室にそのようなものは……」
「火の神だと名乗りました。昔、私が誘拐されて白竜に襲われた時に助けてくれて。その時に直接力をもらったので、私の魔法は青いそうです」
「なんと……!」
「まさか神の声を聞いたのか」
「神の力を与えられるとは、古の大魔術師以来ではないのか!?」
司祭たちが興奮して言い合っている。
前世の魂のことは言わなくていいよね。ややこしくなりそうだし。
「白竜に襲われた?」
アレクが聞き返した。
「今回と同じ個体か」
「ううん、別だって。普通山奥に住んでるけど、今回の白竜は人間の血を覚えてしまったの。だから早く退治しないと被害が増えるって」
「……そうか。一刻も早く見つけないとならないな」
アレクはため息をついた。
「それにしても、神様って普通に話しかけてくるんですね」
「いえ、神は話しかけなどしません」
苦笑しながら司祭が答えた。
「え、でも神託があったんですよね」
「古の時代、神と人間は親しく言葉を直接交わすこともあったと聞いております。けれど今、神の言葉を聞く者はなく、神託は神の意志を心で感じるのです」
「心で感じる……」
そっちの方がすごそう!
「我々司祭は神託を得るために厳しい修行を行います。それでも神託が下りることは滅多にありません」
「ですから神の言葉を聞くことのできる魔女殿はとても貴重、いや奇跡の存在です」
「さらに直接神の力まで授かった魔女殿の存在は後世まで語り継がれるでしょう」
口々に司祭たちが褒めそやすので恥ずかしくなってしまった。
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