第25話

「使者代表は第三王子だそうだ」

 謁見室でスラッカ王国の使者を待っていると、エドヴァルド殿下が言った。

「第三王子……」

(そんな人いたっけ)

 スラッカ王国には王太子である第一王子と第二王子、それに二人の王女がいるのは知っているけれど。

 三番目の王子というのは聞いたことがない。


「兄上は会ったのですか」

 ルーカス様が尋ねた。

 使者一行は昨日到着したと聞いている。

「いや、まだだ。父上曰く、二十二歳で聡明な青年だということだ」

「来訪の目的は?」

「それはまだ不明だ。なんでも協力して欲しいことがあるとか」

 そう答えて、王太子殿下は私を見た。

「レベッカ、何か心当たりはあるかい」

「いえ……王家とは縁がなかったですし。魔法がらみだとは思いますが」

 向こうでは「青の魔女」としてそれなりに知られていたし、心当たりといえばそれだけだけれど。

 一体何の用だろう?


「到着されました」

 侍従がドアを開けた、その向こうから数人の男性が現れた。

 最後に入ってきた黒髪の青年が、私を見て笑みを浮かべた。


「リサ。久しぶりだね」

 え?

(その名前を知っているのは……)

「……もしかして、アレク?」

 髪を綺麗に撫で付けてあるし身なりもずっと上等だけれど、聞き覚えのあるその声と顔は。

「ああ」

「え、どうしてアレクが!?」

 こんな所にいるの!?


「レベッカ。知り合いか?」

 ルーカス様が尋ねた。

「ギルドで一緒だった人です」

 師匠の次に親しくしていて、よく面倒を見てくれた兄のような人だ。

 でもどうしてギルドの剣士が使者に?


「初めまして。今回の代表を務めさせていただくアレッシオ・ミル・スラッカと申します」

 一同を見渡してアレクはそう名乗った。

(代表……スラッカ? ……って、もしかして……)

「アレクが……第三王子?」

 え、王子様だったの!?


「王子と言っても母親の身分が低いから好き勝手やらせてもらっていたんだけどね。緊急事態が起きて呼び戻されたんだ」

 アレクは苦笑しながらそう言った。



 陛下が入ってくると、改めて全員を紹介して会談が始まった。

「三ヶ月ほど前、我が国の西部にある村を白い竜が襲撃したとの報告がありました」

 アレクが口を開いた。

「白い竜?」

 そんな竜、聞いたこともない。

「竜は白い体で白い炎を放ち、あっという間に村を壊滅させました」

「壊滅だと?」

 陛下が眉をひそめた。

(白竜……)

 火を放つ魔物は複数いるが、白い炎を放つ魔物なんて聞いたことがないし、村一つ壊滅させるほどの力を持つというのも相当な脅威だ。


「はい。何人かの村人が喰われ……報告を受けてただちに騎士団による討伐隊が向かったのですが、全く歯が立たなかったのです」

 アレクはため息をついた。

「竜はその後もいくつかの村を襲い、甚大な被害を出しています。王家はギルドにいた私を呼び戻し、魔術師のヨセフ殿に白竜の調査を依頼しました」

「師匠に?」

「ヨセフ殿は国で最も魔法に詳しいからね」

 思わず聞き返すとアレクは私を見て小さく笑った。


 私の師匠ヨセフは二年前、怪我と年齢を理由に引退した。

 その後は魔法の研究に専念していると聞いている。

 師匠がギルドを離れてからは手紙を交わすくらいで会っていないけれど、元気だろうか。


「ヨセフ殿は竜の炎についても詳しい。それで彼が言うには、魔力の強さによって炎の色が異なり、赤い炎は白い炎には勝てず、そして白い炎は青い炎に勝てないと」

 アレクは私を見た。

「つまり、白竜に勝てるのは青い火を放てる『青の魔女リサ』だけなんです」


 魔力の強さと火の色については、前に師匠から聞いたことがある。

 前世の知識では、温度によって火の色が変わると聞いた覚えがある。

 赤い火よりも白、そして青い火の方が温度が高いと。

 私の青い火は、他の魔術師が放つ赤い火よりも早く魔物を焼き尽くす。

 もしかしたら魔力の強さというより、温度が高いのかもしれない。



「つまり。レベッカ嬢をその白竜退治に参加させたいということだな」

「さようでございます」

 陛下の言葉にアレクは深く頭を下げた。


「俺は反対だ」

 ルーカス様が口を開いた。

「レベッカをそんな危険な目に遭わせられない」

「それは私も同感ですが、彼女しか白竜を倒せる者がいないのです」

 アレクはルーカス様に向いた。

「それは研究者がそう言っているだけだろう。もっと人員を出せば退治できるのではないか」

「既にやっていますが、白竜の炎になす術がない状況です」

「そんな危険な竜の元にレベッカを送れるか」


「貴方はリサ……レベッカ嬢の能力を知らないですよね」

 ルーカス様を見てアレクは笑みを浮かべた。

「彼女は『我が国の魔術師』の中でも最強ですよ」

「レベッカはトウルネン王国の人間であり、俺の婚約者だ」

 ルーカス様は私の肩を抱いた。

「危険な目に遭うことが分かっているのに、無理に『他国』へ協力する義務はない」

「放っておけば、この国へも被害が及ぶかもしれませんよ」

「その前にそっちでどうにかしろ」


「ルーカス、落ち着け」

 エドヴァルド殿下が口を挟んだ。

「どちらの言い分も理解できる」

 陛下がそう言って、アレクを見た。

「アレッシオ王子。この件についての結論は数日待ってくれるか」


「はい。承知いたしました」

 胸に手を当ててアレクは頭を下げた。

「良い返事をお待ちしています」

「ああ、善処しよう。滞在中はゆっくりしていってくれ」

「ありがとうございます。それでは失礼いたします」

 立ち上がると、アレクは私を見た。


「レベッカ嬢。今夜の歓迎会で僕と踊ってくれる?」

「あ、うん! ……じゃなくて、はい」

 ついいつもの感覚で砕けた口調になってしまうけれど、今の彼は王子様だものね。


「いいよ、今まで通りで。僕と君の仲だからね」

 何故かちらとルーカス様に視線を送ってそう答えて、アレクは部屋から出ていった。


(まさかこんな形でアレクと再会するなんて……)

「思わぬ伏兵がいたな、ルーカス」

「……あいつ、ムカつくな」

 思いがけない再会に、懐かしさで胸が熱くなるのを感じている隣でルーカス様とエドヴァルド殿下が何かささやき合っていた。

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