第24話

 夜会から半月経った。

 騒動を起こしたエレオノーラ嬢と父親のアグレル侯爵は捕えられ、毎日の様に尋問されているという。


「エレオノーラ・アグレルが持っていた魔法石だが。例の司祭とは別の者からもらったものだと自供した」

 王宮のティールームでルーカス様が言った。

「別の司祭? 黒髭の人ではなかったんですか」

「ああ。黒髭も侯爵と通じていたことが分かった。当人は否定しているが、侯爵と互いの罪を暴露し合っていて余罪が次から次へと出てきている」

「……そんなに沢山あるのですか」

「ああ。父上も呆れていた」

 ルーカス様はため息をついた。


「ドリス嬢を狙って夜会に竜を誘き寄せたのも、公爵家に侵入者を入れたのも、やはりアグレル侯爵の指示だった」

「そうでしたか……」

「エレオノーラ・アグレルの持っていた魔法石を作った司祭は、精神をやられて死んでしまったらしい」

 毒の魔法石は禁忌の術だ。

 作成者もリスクを伴うから、病んでしまうのは仕方ないだろう。


「……もしかして、侯爵に手を貸したと懺悔して自死した司祭というのは……」

「その者なのかもしれないな」

 ルーカス様は頷いた。

「侯爵の狙いはドリス嬢やレベッカの代わりに娘を王妃にすることだが、司祭は金が目的だ。他人を攻撃するような魔法石は決して作らないと、それだけは強く否定していた」

 あれだけの上質な魔法石を作る者た。

 魔術師としてはとても優秀なんだろう。

(でもお金に目が眩んでしまったのね)

 そうして司祭は罪を犯した。

 大きなリスクを負ってまで、お金のために。


「そんなに、権力やお金って欲しいのでしょうか」

「さあな。俺には分からないが、欲深い者はどんな手を使ってでも望むんだろう」

 ぽん、とルーカス様は私の頭を撫でた。

「――それから、アグレル侯爵がレベッカの誘拐を命じたのは事実だった」


「本当ですか?」

「リンデロート伯爵が経営する商会の持つ権利を狙っていたんだ。レベッカの身代と引き換えに手に入れようとしたが、誘拐犯たちと報酬で揉めて犯人たちはレベッカを別の所に売りとばそうとしたんだ」

「そうでしたか……」

 その途中で魔物に襲われて、私は魔力を覚醒したのね。

(魔力を得たことは良かったから、誘拐されたことは結果的には良かったのかな)

 そんなことを言ったら家族やルーカス様に怒られるから口にはできないけれど。


「……魔法石といえば。夜会の時のルーカス様はすごかったです! 魔剣を使いこなしていましたよね」

 デニスとアンナにも魔剣を使えるよう練習してもらっているけれど、なかなか難しくて実戦で使うにはまだ時間がかかりそうなのに。

 ルーカス様はあっさりと使ってしまうのだ。

「そうか? レベッカとの相性がいいんだろうな」

「相性……」

「ああ、何せ俺たちは『運命の相手』だからな」


 夜会での初恋発言と、エレオノーラ嬢の暴走を抑えたことでルーカス様の評価が急上昇しているのだという。

 そしてそのルーカス様が一途に思い続けていた私の評価もまた上がっているらしい。

 私がこれまで社交界に出なかったから、誘拐されたとエレオノーラ嬢が勘違いしたけれど、実際は療養のため隣国にいたとされ(これはドリス様が周囲にそう言ってくれているおかげもある)、どうしても忘れられなかったルーカス様が私を呼び寄せたのだという噂が広まっているのだと。

 私たちは「身分を乗り越えて結ばれた運命の二人」として、特に若い令嬢の間で評判らしい。

(運命か……そう言われると恥ずかしい)

 そう思いながらお茶を飲んだ。



「レベッカ。その運命の出会いを果たした王立庭園に行かないか」

「え?」

「勉強で疲れているだろうから息抜きにな」


 正式に婚約して、お妃教育が始まった。

 マナーだけでなく歴史や地理など覚えることがたくさんで、確かに疲れている。

(家に戻ってから花を愛でる余裕なんてなかったなあ……)

「はい、行きたいです」

 そう答えた私をルーカス様は抱き寄せて額にキスを落とした。


  *****


 それからしばらくは穏やかな日々が続いた。

 アグレル侯爵は数々の悪事が暴かれ、裁判の結果廃爵された。

 侯爵は投獄され、娘のエレオノーラ嬢も修道院へと入れられた。

 毒により理性を失っていたとはいえ、夜会を混乱させた罪と、その毒の影響が残っているため治療を兼ねてだ。

(エレオノーラ嬢にも魔力があったのかもしれないな)

 だから魔法石に強く影響を受けたのだろう。


 侯爵による私の誘拐事件はなかったこととされた。

 第二王子の婚約者となった私に悪評が立たないようにするためだという。

 補償の代わりに侯爵が持っていた商会事業の一部を我が家が継ぐこととなった。

 黒髭司祭もまた侯爵の犯罪に加担した咎で教会を追放の上、投獄されたという。



 お妃教育の合間をぬって、私たちは王立庭園へ向かった。

 王立と名が付くだけあってとても広く、様々な形の庭が作られている。

 生垣で作られた通路は複雑で、小さな子供の背丈よりも高いその迷路は確かに迷子になってしまうだろう。


「母に聞いてみたら、幼い時にここに来たことがあるそうです」

 並んで歩くルーカス様に言った。

「……そうか」

「迷子になっていた私を見つけた時に笑顔だったのでどうしたのか聞いたら、『お花の王子様に会ったの』と答えたとか」


「――ああ、言っていたな」

 ルーカス様は立ち止まると私に向いた。

「泣き止んだ君に『あなたはおはなのおうじさまなの?』と聞かれて。否定するのも面倒だったからそうだと言ったら、君は満面の笑みを浮かべたんだ」

「そうでしたか……」

(幼い頃のルーカス様は……きっととても綺麗な子だったんだろうな)

 だから花の王子様だと思ったのだろう。

 誘拐の記憶を思い出すのは怖いけれど、ルーカス様と初めて会った時の記憶は思い出せればいいのに。



「ここが、俺たちが会った場所だ」

 ルーカス様が連れてきたのは、可愛らしい花が沢山咲いている、小さく区切られた花壇だった。

「場所まで覚えているんですか?」

 こんな広い庭園のどこで会ったかなんて、忘れてしまいそうだけど。

「――何度か来たからな。また君に会えるんじゃないかと思って」

 ベンチに腰を下ろしてルーカス様は言った。


「そうでしたか……私がここに来たのは、領地へ帰る直前だったそうです」

 そうして領地へ帰ってしばらくして誘拐されてしまったそうだ。

「そうか。……俺がここで来るか分からない君を待っている間、君は恐ろしい思いをしていたんだな」

 そう言って、ルーカス様は私を抱きしめた。

「君が無事で良かった」

「……はい。スラッカから帰ってきて、良かったです」

 あのまま魔術師として向こうに残る選択肢もあったけれど。

 家に帰って、ルーカス様ともう一度出会えて。

 本当に良かった。

 

「――スラッカ王国といえば……言いたくはないのだが」

「え?」

 私はルーカス様を見た。

 何かあったのだろうか。

「今度スラッカ王国から使者が来ることになったんだ」

「使者?」

「ああ。――それで、会談の席に君も出席するよう向こうから指定してきた」


「私も?」

「嫌な予感がするな」

 ルーカス様は深くため息をついた。

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