第23話

「レベッカ様!」

 大広間へ戻るなり令嬢たちに囲まれた。


「聞きましたわ。殿下がレベッカ様に一目惚れされたんですってね」

「出会いはどちらでしたの?」

「え、ええと……幼い時に、王立庭園で出会って」

 目を輝かせる令嬢たちの圧に押されて、思わず聞かされたばかりのことを答えてしまう。


「まあ! 運命の出会ですわね」

「殿下は子供の時からずっとレベッカ様のことがお好きだったのね」

「素敵ですわ」

「レベッカ様も殿下に一目惚れなさったの?」

「私は……ええと、幼かったので……あまり覚えていなくて……」


「まあ。幼いとはいえ王族との邂逅を覚えていないなんて。やはり身分が低い方は程度が知れますわね」

 不意に冷たい声が聞こえて視線を送る。

 黒い影をまとった……この女性は確か、アグレル侯爵の娘だ。


「殿下も王族としての自覚が足りませんわね。妃になるには家柄が何よりも大事ですのに」

 鋭い視線が私へと刺さる。

(……この人、王妃の座を狙っているんだっけ)

 顔は綺麗だし、身分は高いけれど。それだけで王妃の役目が務まるとは思えない。

(そう思うとドリス様は家柄も人柄も見た目も完璧なんだよなあ)

「このようなおめでたい場所で主役を蔑むなんて。いくら身分が高くても品位がなければ台無しですわ、エレオノーラ・アグレル様」

 そのドリス様の声が聞こえた。


「それにルーカスはいずれ王室を離れる予定ですの、伯爵家の方がお相手でもおかしくはありませんわ。何より二人は相思相愛ですもの。ねえレベッカさん」

 私の側へと歩み寄ると、ドリス様はそう言ってにっこりとした。

(相思相愛……そ、そう、だけど)

 改めて言われると恥ずかしくなってしまい、視線が泳ぐ。

「ふふっレベッカさんは可愛いわね。ルーカスもその可愛さに惚れてしまったのね」

 微笑んだドリス様の端で、目を釣り上げたエレオノーラ嬢の顔が見えた。


「そんな怖い顔をなさって。貴女も殿方に選ばれたいならば、少しは愛嬌と理性を持った方が良くてよ」

 ……ドリス様って、結構毒舌なのね。

「まあ、私を侮辱しますの!?」

「ご自身が侮辱されていることが理解できるのならば、この場でどういう立ち振る舞いをすべきかも理解できるはずでは?」

 冷めた目でドリス様はエレオノーラ嬢を見据えた。

「それができないから貴女はお妃に選ばれなかったのよ」

「なっ。――大体、誘拐されたような人間が妃になるなんてありえないわ!」

 エレオノーラ嬢が叫んだ。


「誘拐?」

 周囲がざわつく気配を感じる。

(え……どうしてそれを……)

 私が誘拐されたことは、ごく一部の人しか知らないはずなのに。


「まあ、誘拐だなんてデタラメを言うなんて」

 ドリス様が不快げに眉をひそめた。

「変ないいがかりをつけるのはやめてくださいます?」

「いいがかりじゃないわ! お父様が言ったもの、確かにリンデロート伯爵の娘を誘拐させたって!」

「誘拐『させた』?」

「あ……」

 聞き返したドリス様の言葉に、エレオノーラ嬢の顔色が変わった。


(え、どういうこと?)

 アグレル侯爵が、私を誘拐するよう命じたの?

 何で……何のために……。

(あ)

 思い出した。

 ゲームのクエストで、人身売買を行う悪徳貴族を倒すものがあったんだ。

 売るために誘拐された子供の中には、貴族の子もいたって……。

(それが私?)


「侯爵の発言について、詳しく聞かせていただきますわ」

 ドリス様が言った。

「誘拐が事実でなくとも、計画を立てただけでも重大な犯罪ですもの」


「犯罪? 私と父を侮辱しますの⁉︎」

 エレオノーラ嬢の顔が赤くなった。

「誘拐だなんて犯罪でしょう。それに大勢の前でレベッカさんが誘拐されただなんて嘘をついて、どちらが侮辱していますの?」

「嘘ではありませんわ!」

「貴女、自身が何を言っているか分かっています? アグレル侯爵が誘拐を図ったと自白しているんですのよ」

 呆れた声でドリス様が言った。

(この人は……少し、頭が弱いのかな)

 自ら犯罪を暴露してしまったエレオノーラ嬢に、そんな失礼なことを思ってしまう。

 もしくは怒りで我を忘れやすい性格なのか。


「……ともかく! あんたなんか妃に相応しくないのよ!」

 更に顔を赤くしたエレオノーラ嬢が、スカートの間に手を入れた。

(え……魔力?)

 取り出した手に、緑色の石が握られているのが見えた。

 その石から確かに魔力を感じる。

(魔法石!?)

 何でそんなものを持っているの?


 エレオノーラ嬢が魔法石を投げつけた。

 強い風がこちらへと向かってくる。

「危ない!」

 咄嗟にドリス様を突き飛ばすと同時に頬に痛みが走った。


 周囲から悲鳴が上がった。

「レベッカ!」

 よろけて倒れかけた私を力強い腕が抱きしめた。

「……ルーカス様」

「何事だ!」

 私の顔を覗き込んで、ルーカス様は目を見開いた。

「血が……」

 血? ああ、風が抜けた時に頬に当たったから。

「これくらい大丈夫です」

「大丈夫なわけがあるか!」

「それより、あの人が魔法石で……」

 エレオノーラ嬢を見て息を呑んだ。


 魔法石は効果によって色が異なる。

 白ならば防御、緑ならば風を起こす。

 そうして今、エレオノーラ嬢の手には嫌な魔力を放つ黒い石があった。


「あの黒い石……あれは毒を放つ魔法石です」

「何だと」

 魔物が持つ毒を浄化するのが、水の魔術師の役目だ。

 けれど毒を浄化せず、石に溜める禁忌の魔術がある。

 だが魔術師自身が毒に飲み込まれ精神に異常をきたす場合もあり、生成も使用も厳しく制限されているはずなのに。

(止めないと)

 髪に挿した杖を抜こうとした手をルーカス様に握りしめられた。


「こんな所で魔法を使うな」

「でも、止めないと!」

「俺がやる。剣を貸せ!」

 ルーカス様は駆け寄ってきた警護兵に命じると剣を手に取った。

「レベッカは援護しろ。アンナ、皆を守れ」

 私が突き飛ばしてしまったドリス様を支えていたアンナにそう言って、ルーカス様はエレオノーラ嬢に向いた。


「持っている黒い玉を渡せ」

「近づかないで!」

 エレオノーラ嬢は興奮しているようだった。

(というか……まさか)

 黒い魔法石は制作者だけでなく、所有者にも悪影響を与える。

 夜会の始まる前からずっと持っているならば……。


「あの人、魔法石の影響で理性を失っているかもしれません!」

 ルーカス様に声をかける。

「分かった。皆ここから離れろ!」

 周囲にいた人々が悲鳴を上げながら一斉に逃げ出した。

「殿下!」

「その者を取り押さえろ」

 走り寄ってきた警護兵たちが、ルーカス様の命令にエレオノーラ嬢を取り囲んだ。


「おのれ……私を侮辱して!」

(まずい)

 エレオノーラ嬢が手を振り上げた。

 その手が黒く光る。

「レベッカ、剣に雷を」

 聞こえた言葉に、ルーカス様の手にした剣へと魔力を送った。


 ルーカス様が剣を横にはらった。

 刃から放たれた金色の光がエレオノーラ嬢を絡めとる。

「うっ」

 エレオノーラ嬢の手から黒い魔法石が落ちた。

(危ない!)

 床に落ちた衝撃で石が割れる可能性がある。

 咄嗟に魔力を石へぶつけると、青い炎に包まれながら石が落ちた。


(――大丈夫、だ。良かった……)

 毒が漏れていないのを確認して、私は安堵のため息をついた。

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