第26話

「第三王子はレベッカさんの旧知だったのでしょう?」

 夜会用のドレスに着替え終えて廊下へ出ると、ちょうどドリス様も隣の部屋から出てきた。

「はい。同じギルドにいました」

「じゃあ長い付き合いなのね」

「そうですね……八年くらいでしょうか」


「まあ。それはルーカスも落ち着かないでしょうね」

「落ち着かない?」

「エドヴァルドが言っていたの。厄介なライバルが現れたって」

「ライバル?」

 誰と誰が? 何の?

 首を傾げるとドリス様はふふっと笑った。


「分からないなら分からなくていいわ。それじゃあまた後でね」

 もう一度笑ってドリス様は先に歩いて行った。

(どういう意味だろう)

 私とアレクは共に戦う仲間だったからライバルではないし。


「レベッカ」

 頭の中が疑問でいっぱいになっているとルーカス様の声が聞こえた。

「今日のドレスもよく似合っているな」

「……ありがとうございます」

「とても綺麗だ」

 ルーカス様の笑顔にどきりとする。

(私なんかよりルーカス様の方がよっぽど綺麗なのに)

 顔が熱くなるのを感じながら、差し出された手を取った。



 大広間は大勢の人々で賑わっていた。

 今日の主役はスラッカ王国の使者たちで、エドヴァルド殿下とドリス様が接待役だから気楽だ。

 やがて使者が入ってくると大きな拍手が迎えた。


「あの黒髪の方が第三王子かしら」

「そうよきっと。とても品があるもの」

「優しそうな方ねえ」

 令嬢たちの囁きが聞こえてくる。

(確かに……ああいう格好をしていると王子様にしか見えないよね)

 ギルドにいた時からアレクは他の人たちとは雰囲気が違っていて、きっと貴族なんだろうとは思っていたけれど。

 まさか王子様だったなんて。

(まあでも、キラキラした服より剣士姿の方が似合っているかな)

 穏やかそうな顔をしているけれど、アレクの剣は力強い。

 にこやかに国の重鎮たちと会話する姿より、魔物と戦っている姿の方がかっこいいと思う。


「レベッカ。踊るか」

「はい」

 ルーカス様の手を取ると、私たちはフロアの中央へと向かった。



「だいぶダンスも慣れたようだな」

 踊り始めてルーカス様が言った。

「そうですね。何度も踊っているからでしょうか」

 夜会でもよく踊るし、お妃教育でもダンスの時間がある。

 最初の頃は頭の中で次の動きを考えるのが大変だったが、今はだいぶスムーズに動けるようになってきたと思う。


「ところで。前に言っていた、ギルドで親しくしていたというのはあの第三王子か?」

「え……と、ああ、はい、そうです」

 前にそんな話をしたっけ。

「彼にダンスも教えてもらいました。踊るのは年に一度くらいなので、上達はしませんでしたが」

「――そうか」

(わっ)

 ふいにルーカス様は私の腰を持つと身体を持ち上げた。

 そのままくるりと一回転する。

 床に下ろす時に、ルーカス様は私の頬に口付けると、周囲からきゃあと上がった歓声が聞こえた。


(こんな所で……!)

 無言で抗議するとルーカス様はふっと笑った。

「今日は三曲続けて踊ろう」

「え」

 私的な夜会ならまだしも、他国の使者を招いての公の夜会で、同じ相手と続けて踊るのはまずいんじゃないの?

 王子であるルーカス様がそれを知らないことはないだろうに。


 それでも宣言通り、私たちは三曲続けて踊ってしまった。



「ルーカス殿下たち、三曲踊っていましたわね」

「しかもキスまでして……本当に仲が良いのねえ」

「殿下の一目惚れだったのでしょう?」

 向けられる視線と噂話が刺さる……。


 婚約式以降、ルーカス様が幼い頃私に一目惚れしたのがきっかけだったというのは広く知れ渡ったという。

 家柄よりも恋を選んだルーカス様は、王位を狙うことはないのだという噂も広まっていて、まあそれは当初の狙い通りだから良いのだし、私へ向けられる視線も好意的なものになったけれど。

 人前であろうと過剰にスキンシップしようとするルーカス様と私は、バカップルに見られているようで。

 恥ずかしいというか、いたたまれない。


「レベッカ嬢」

 内心ぐったりしていると、アレクの声が聞こえた。


「ご挨拶は終わったの?」

「ああ。どうもこういう外交は慣れないね」

 歩み寄ってきたアレクは私を見て目を細めた。

「昼も思ったけど、ドレス姿も似合うね」

「ありがとう。アレクもよく似合ってるよ」

「少しは王子に見えるかな」

 アレクは胸に手を当てて軽くお辞儀をした。

「レベッカ・リンデロート嬢。一曲お相手願えますか」

「はい」

「レベッカ嬢をお借りしますね」

 私の手を取りルーカス様へそう言うと、アレクは歩き出した。


「君の婚約者はずいぶんと嫉妬深いね」

「え?」

「すごい顔で睨まれたよ」

 ふっと笑いながらアレクは言った。

 ルーカス様がアレクを睨んだの? どうして?

「さっきも見せつけるように、続けて踊っていたよね」

「あ……そうね。でも嫉妬って?」

 誰に? あと見せつけるって?


「……そういうところが君の魅力でもあり、欠点だよね」

「え、どういう意味?」

 欠点!?

「婚約者が他の男と親しくしていたら嫉妬するだろう」

「そうなの?」

「それだけじゃないけど、まあそれはいいか」

「え?」

「リサは貴族になっても変わっていないということだよ」

 何か呟いたので聞き返すと、笑顔でアレクはそう答えて踊り始めた。


「こうして二人でいる時はリサって呼んでいい?」

「もちろん。私もアレクって呼んでるし」

「それにしても驚いたよ、リサが王子と婚約するなんて」

「それは、私も信じられなくて」

 本当に未だに夢なんじゃないかと思う時がある。

「婚約者はどんな人なの?」

「ルーカス様は優しくて、私を大切にしてくれるよ」

「そうか、それは良かった。それで、リサは彼のことをどう思っているの?」

「え、どうって……」

「――好きなんだ」

 アレクの言葉に顔がかあっと熱くなる。


「どういうところが好きなの?」

「え、ええと……優しくて、強くて……私が魔術師であることを受け入れてくれるから?」

 口にすると恥ずかしくなるよ!

「そうか。……ならもっと積極的になっておけば良かったな」

「え?」

 小さく呟いたアレクに首をかしげる。

「いや、そういうタイプが好きなんだと思って。でも、彼はリサのことを本当には理解していないよね」

「え?」

「リサは今、こんな所で踊っている時間があるなら一日でも早く白竜退治に行きたいと思ってるだろう?」


「それは、もちろん思ってるよ」

 被害が出ているならば一刻も早く退治しなければと思っている。

 それに、赤竜よりも強い竜なんて。

 正直わくわくする。

「でも仕方ないの。ルーカス様は、それに家族も、私が魔術師であることは知っているけるど危険な目に遭うのは嫌がるから」

 私が魔術師だったことは知っているけれど、あくまでもそれは過去の話で、彼らにとって今の私は貴族令嬢なのだ。


「じゃあリサは協力してくれないの?」

「そんなことないよ。反対を押し切ってでも行くから」

 強い魔物と戦える機会を逃すなんて、そんなもったいないことはしない。

 それにスラッカ王国には恩がある。

 困っているなら助けないと。


「良かった。さすが『青の魔女』だ」

 アレクは嬉しそうに微笑んだ。

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