第15話

「――魔法といえば」

 ルーカス様は腕をゆるめた。

「この間の公爵家での夜会で侵入者がいただろう」

「あ、はい」

 そうだ、どうなったか知りたかったんだ。


「捕らえた者たちを尋問したが、依頼者は分からなかった」

「そうなんですか?」

「連中の雇い主は巧妙に身分を隠していたようで、侵入者たちも知らないらしい。調査は継続しているが時間がかかるだろう」

「……侵入して何をするつもりだったんですか」

「連中の役目は、夜会会場に潜入して場を混乱させることだった。その後は他の一団が合流するから逃げるよう命令されていたと」

「他の一団……」

「ああ。まだいたとは気がつかなかった」

 ルーカス様はため息をついた。

 確かにあの時魔法で周囲を探ったけれど、他に気配を感じなかった。


「もしかしたら。その一団があの時既に公爵家周辺にいた場合、認識阻害の魔法を使っていたのかもしれません」

「認識阻害?」

「気配を気づかれないよう使う魔法です」

 私は火の魔術師だから探索は得意だけれど、認識阻害魔法を使われてしまうと見破るのは難しい。


「魔術師が絡んでいる可能性があるか。……王宮での事件と同じだな」

「……関係があると?」

「どちらもドリス嬢に被害が及ぶ可能性があったからな」


「ドリス様は……そんなに狙われているのでしょうか」

 公爵家の立場があるとはいえ、ドリス様自身は恨まれるような人ではないのに。

「そのあたりも調査中だ」

 ルーカス様は私の頭を撫でた。

「レベッカは心配しなくていい。ドリス嬢は兄上が守るから」

「……はい」

 頷いた私の額にキスが落ちてきた。



「それと。あの時剣に魔法をかけていただろう」

「はい」

「騎士団の訓練に参加したとき、水の魔術師が同行していたのだが。あの魔法が便利だったと話したらそんな魔法は聞いたことがないと」

「……そうですか」

「そんなに特殊な魔法なのか」

「特殊というか、私が考案したんです。でも魔法を込めた剣は扱いが難しいらしくて、ギルドでは使う人がいなかったです」


「難しい? そうか?」

「ルーカス様は腕が立つから難しくなかったのかもしれませんね」

 杖や剣などに魔力を蓄えることは難しくない。

 けれどその込められた魔力を使いこなすのは、本人以外難しいのだ。

 ギルドでも何度か剣に魔法をかけたけれど、皆使いにくいからとただの剣を好んでいた。


「あの効果は永続するのか?」

「いえ、使う度に放出されてしまうので二日が限界かと」

「そうか。魔法というのは面白いのだな」

「はい!」

 魔法が面白いと思ってくれたことが嬉しくて、思わず大きな声で答えると、ルーカス様も笑みを浮かべてまた私の頬にキスを落とした。


  *****


 王宮の夜会は二回目だ。

 前回は弟ダニエルのエスコートで、赤竜退治という予想外の出来事はあったけれど、それ以外はトラブルもなく無事終わった。

 けれど今日は第二王子のパートナーとして参加する。きっと注目を浴びるだろう。

 相応しい身なりも求められるため、前日の夜から王宮へ呼び出され、今日も朝から準備が始まっている。


(昨夜は緊張したな……)

 夕食はルーカス様だけでなく、国王夫妻、それに王太子も同席した。

 家族団欒の席に私がお邪魔したともいう。

 マナーも身につけきれていない、小さな伯爵家の娘が王子のパートナーになるなんて迷惑がられると思ったけれど、国王夫妻は温かく迎えてくれた。

(内心はどう思っているか分からないけれどね)

 それでも、一応は認めてもらえたんだろう。


 それにしても、王宮の侍女たちは本当にすごい。

 我が家の侍女も肌や髪を綺麗にしてくれたり、化粧も丁寧にしてくれたりしたけれど。

 王宮の侍女はそのレベルが全て上なのだ。

 自分のものとは思えないほど、肌も髪も艶々してしてまるで輝いているようだ。

(はっ。いわゆるオーラってこの艶のこと……?)

 そんな事を考えているうちに化粧も終え、髪も綺麗に結い上げられた。


 更衣室から出て控えの間に行くと、ルーカス様が立っていた。

「綺麗だな」

 そう微笑むルーカス様も、とても美しい。

 青地のフロックコートには金糸で唐草が刺繍され、その首元の白いタイには大きなサファイアのブローチが輝いている。

 青でまとめているのは私の色だからだろう。


「仕上げはこれだ」

 差し出されたルーカス様の手のひらには、大きな緑色の宝石があしらわれた金の簪があった。

 宝石を包み込むような金飾りはとても繊細で、眺めていても飽きないくらいだ。

「杖として使えそうか?」

 握らさせたその杖は、手に馴染みがいい大きさだ。

 魔力を注ぎ込むと吸い込まれるように吸収していく。

「はい、大丈夫だと思います。それにとても綺麗ですね」

「良かった。俺が挿そう」

 杖を取ると、ルーカス様は私の肩にもう片方の手を乗せ、それを私の髪に挿した。


(なんか……恥ずかしい)

 ルーカス様の、香水の香りに包み込まれる。

 その香りと髪や肩に触れる体温と手触り、それらを感じて熱くなる。

「よく似合っている」

 身体を離すとルーカス様は笑顔でそう言って腕を差し出した。


 その腕に手を絡めて廊下を歩いていると、別の部屋から王太子のエドヴァルド殿下とドリス様が出てきた。

 赤いドレスを纏ったドリス様はため息が出るほど美しい。

「まあ、レベッカさん。とても可愛らしいわ」

「……ありがとうございます。ドリス様もとても素敵です」

「ふふ、そう? エドヴァルドに選んでもらったのよ」

 そう言ってドリス様はエドヴァルド殿下と視線を合わせて微笑んだ。

(仲がいいのね)

 二人は幼馴染みだと昨日晩餐の席で聞いた。

 婚約したのは十年前だが、エドヴァルド殿下は初めて会った時にドリス様をお妃にしたいと思ったのだと。

「うちの息子たちは一目惚れするタイプなのね」と王妃様は笑っていた。


「レベッカさん。今日の夜会は気をつけてね」

「え?」

 ドリス様の言葉に首を傾げる。

「この間の我が家での夜会で、レベッカさんがルーカスの婚約者候補だということは知れ渡っているから。ルーカスを狙っていた令嬢やその親たちに何を言われるか分からないわ」

「まあそのほとんどが嫉妬だから。気にしなくていいよ」

 エドヴァルド殿下も穏やかな笑顔で言った。

「笑顔でスルーしておけば、あとで対処するから」

「対処?」

「先日の夜会での事件があったからね。今回参加者の会話は全て給仕係がチェックすることにしたんだ。不審な動きがあればすぐ報告するようになっている。だから安心して」

「……はい」

(それって、全部の会話が筒抜けってこと!?)

 安全のためとはいえそこまでやるの?

「それじゃあ行こうか」

 そう言ってエドヴァルド殿下は歩き出した。


「兄上は、ドリス嬢が狙われたことに激怒しているんだ」

 耳元でルーカス様が囁いた。

「犯人が分かったらきっと一族郎党根絶やしにするな」

「そ……うなんですね」

 エドヴァルド殿下って、怒らせたらヤバいタイプ!?


(犯人か……ゲームには特に出てこなかったはず)

 あの赤竜襲撃事件はゲームの導入部分でさらっと説明されただけだったのよね。

 早く犯人が分かればいいのに。

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