第14話

 ルーカス様が戻ってきた三日後、私は王宮に呼び出された。

 今度王宮で開かれる夜会に着るドレスを仕立てたので、その試着のためだ。

 さすが王家御用達、水色の生地はとても滑らかで発色も良く、繊細な刺繍もが美しい。

 ドレープもレースもふんだんに使われていて、家のドレスとは比べ物にならないくらい高いのだろう。

 一度家で採寸をされたので、サイズ感もぴったりだ。


「ああ、よく似合っている」

 着替え終えて更衣室を出ると、待っていたルーカス様が笑顔でそう言った。

「……ありがとうございます」

「アクセサリーはどうなさいますか」

 着替えを手伝ってくれた侍女がテーブルの上に並べてあった箱を開いた。

 その中にはとても高そうなアクセサリーがいくつも並んでいる。


「そうだな、やはりエメラルドだろう」

「ではこの三種類ですね」

「レベッカはどれがいい」

「え? ええと……」

 どれも豪華だし、どれがいいと言われても分からないよ!

「……このドレスに一番似合うのはどれですか」

 分からないので、仕立て屋の人に聞いてみる。

「そうでございますね、この四角にカットされたものがよろしいかと」

「じゃあそれでお願いします」


「他の2つに合うドレスも作ってくれ。昼用のドレスもいるな」

「え」

 ルーカス様の言葉に聞き返してしまう。

 何着も作るの!?

「うちにはそんなお金は……」

「俺が作るに決まっているだろう」

 呆れたようにルーカス様は言った。


「え、でもそんな何枚も……」

「こういうものは受け取っておけばよろしいのですよ、お嬢様」

 仕立て屋が言った。

「女性が身につけるものを贈るのは、男にとって相手と財力がある証であり喜びでもあるのですから」

「そうなんですか……」

 貴族って、すごいな。

 ギルドのメンバーだったらお金があればまず自分の武具を買うし、美味しいお酒や料理に使うのに。


「ついでに髪飾りもお作りになられるのはいかがでしょう。今お使いのものも地味なので……」

「これは、このままでいいです」

 仕立て屋の言葉に慌てて頭を押さえた。

 これは身を守るための大事な魔法の杖なのだ。


「……その頭に挿しているのは、それでないとだめなのか?」

 ルーカス様が尋ねた。

「棒状で握りやすければなんでもいいのですが、これは大師匠の形見なので」

 魔術師になった時にもらったこの杖は、師匠がその師匠から受け継いだものだ。

 髪に挿せる小ぶりなサイズで気に入っている。


「ではそれとは別に、宝石入りのものを用意しよう。ドレスにそのシンプルな簪は似合わないからな」

「……はい」

(地味で似合わない……)

 武器なのだからドレスに合わせるものではないのだけれど。

 師匠から譲ってもらった大切な杖の価値が低いと言われたようで、ちょっとモヤモヤしてしまう。




 試着が終わり、ドレスやアクセサリーが片付けられるとお茶が運ばれてきた。

 ルーカス様の隣に座るよう促され、腰を下ろした前にお茶やお菓子が並べられていく。

 一口飲むと、温かなお茶が試着で疲れた身体に染み渡っていった。


「レベッカ。杖を見せてくれるか」

「え? ……はい」

 髪から杖を抜き出してルーカス様に手渡す。

「ずいぶんと小さいんだな」

 手のひらで杖を転がしながらルーカス様は言った。

「よく使い込んであるようだ」

「師匠とその師匠も長年使っていたものなので」


「代々伝わっているのだな」

 そう言って、ルーカス様は私へ杖を返した。

「思い出が詰まった大切なものだとは思うが、夜会でつけるには不釣り合いなものだということも理解して欲しい」

「……はい」

「王族は、権威を示すためにも身分に相応しいものを着ける必要がある。特に宝石は富の象徴だからな、レベッカにも多く身につけて欲しい」

 ぽん、とルーカス様の手が頭に乗った。


「決してこの杖が良くないものということではないからな。この杖はレベッカにとって大切なのだから、大事にしまっておくといい」

「……はい」

 心を読まれていたようで恥ずかしいのと、大切なものと言ってくれた嬉しさで、胸が熱くなるのを感じた。


「ルーカス様は……優しいですね」

 そう言うとルーカス様は一瞬目を見開いた。

「好きな相手には優しくするものだろう」

(好き……)

 その言葉に顔が熱くなる。


「……どうして、私が……その、好きなんですか?」

 数回しか会っていないのに、もう好きになるものなのだろうか。

「そうだな。可愛いからかな」

「可愛い……?」

「レベッカの笑顔は、とても可愛い」

 ルーカス様の手が頬に触れた。

「そうやってすぐ照れて赤くなる所も、表情が顔に出る所も可愛い。それから……」

「も、もういいです!」

 恥ずかしさで更に顔が熱くなるのを感じてルーカス様から離れようとすると、逆に引き寄せられた。


「それから、魔法のことになると真剣な顔になるそのギャップも可愛い」

 私の顔を覗き込んでルーカス様は言った。

「……」

「ああ、その顔。可愛いな」

 視界からルーカス様の顔が消えると、頬に柔らかなものが触れる。

 触れられた部分がひどく熱くなった。


「それでだ。今度の夜会で公式に俺のパートナーとなれば、レベッカが俺の婚約者だと王家も認めたことになるが。レベッカはそれでいいか?」

「え?」

「一度婚約すれば、よほどのことがない限り覆せない」

 私を見つめてルーカス様は言った。


「……はい」

 こくりと頷いた。

 王子様と婚約とか、正直その重みはよく分かっていないけれど。

「ルーカス様は……私が魔術師であることを認めてくれるんですよね」

 貴族となれば、魔術師であることは諦めなければならないだろうと、ギルドの仲間は言っていた。

 貴族にとって魔術師は身分の低い存在であるからと。

 母も私が魔法を使うことを好まない。

 でも、ルーカス様は……。



「ああ。レベッカにとって魔法は大切なものなのだろう?」

 ルーカス様は私の手を握りしめた。

「レベッカは魔法を身につけるのに相当努力したのだろう?」

「……はい」

「ならば、その力はレベッカにとって宝だ。もちろん危険な目に遭うようなことに関わって欲しくはないが、無理に封印することはない」

 私を見つめてルーカス様は微笑んだ。

「万が一危険な目に遭っても、その時は俺が守る。魔法は使えないが剣には自信があるし、権力だってあるからな」

「……ありがとうございます」

 この人は、どうして嬉しくなる言葉を言ってくれるんだろう。

 ルーカス様ならば、婚約しても結婚しても、私らしくいさせてくれるだろう。

 だから私は、ルーカス様と一緒にいたい。

 そう思った。


「魔法も含めて、俺はレベッカに惚れたからな」

 そう言って、ルーカス様は私を抱き寄せると頬にキスをした。

「ふっ。本当にその顔は可愛いな」

 自分がどんな顔をしているかなんて、分からないけれど。

 ただただキスされた部分がとても熱くて、また恥ずかしくなって。

 何度か頬や額に口付けられても、抱きしめられても、身動きできなかった。

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