第13話

「今日もお茶会で聞かれたの、レベッカと第二王子のことを。どこで出会ったのかだの婚約するのかだの……そんなこと、私が知りたいわ」

 夕食の席で母が嘆きながら言った。


「私も取引先で聞かれるよ」

 同調しながら父がため息をついた。

「昨日はサロンでシェルマン公爵に『娘が大変お世話になり感謝しきれない』と挨拶されたのだが……レベッカ、お前何をしたんだい」

「特に何も……何度かお話をしたくらいで」


 王宮に赤竜が出たことやシェルマン公爵家に侵入者がいたことは、家族であっても口外しないようにと念を押された。

 赤竜についてはすでにダニエルには話してしまったけれど、彼は「そんなこと言ったら王都がパニックになるだけだし」と、誰にも口外していないという。

 できた弟だ。



 公爵家での夜会から十日ほど経った。

 あの夜、ルーカス様が私と三曲踊ったことは、あっという間に社交界に知れ渡ったらしい。

 それまで存在を知られていなかったリンデロート伯爵家の娘が、第二王子と婚約間近らしいという話題で持ちきりなんだとか。

 そのルーカス様は今、騎士団の訓練に参加中で、三日後に帰ってくる予定だ。


 出かける直前には大きな花束と手紙が届いた。

 手紙にはルーカス様が帰ってくるまで、エスコートできないから他の貴族との交流は止めて欲しいとあったので、私は山ほど届くお茶会や夜会への招待を全てお断りして家でのんびり過ごしている。

 私が質問攻めに合わないようにとの配慮らしいが、代わりに家族へ殺到しているようだ。


「僕も友達に聞かれるんだよな、姉さんと殿下のこと」

 そう言って、ダニエルは私を見た。

「本当に婚約するの?」

「……そう言われているけれど……どうなのかしら」

 まだ数回会っただけの、しかも王子様と婚約すると言われても正直実感が湧かない。


「娘が王子妃など……恐れ多いのだが」

 父が声を震わせた。

「確かにレベッカは可愛い。世界一可愛い。殿下が惚れるのも分かる。しかし……さすがに妃というのは……」

「そうよねえ。しかもレベッカはマナーがまだ身についていないもの。失礼がないか心配だわ」

 母が息を吐く。

 そうよね、向こうからするとそれがいいらしいけれど、やっぱりマナーのない婚約者なんて心配よね!


「ところで姉さん、殿下は姉さんが魔術師だったって知っているの?」

 ダニエルの言葉に一瞬ぎくりとした。

「……そうね」

「レベッカ……魔法は使わないようにと言ったわよね」

 母がじと目で見た。

「だって! 仕方なかったんだもの! それに人前で使ったつもりはなかったんだけど、見られていたみたいで……」

 最初に王宮で使った時は、一応見られていないか確認したつもりだったけど。

「この青い髪が目立つみたい」

 そう言うと母はため息をついた。


「レベッカ。あなたはもう魔術師ではなくて貴族の娘なのよ」

「……はい」

「だからもう魔法を使うのはやめて」

「それは……でも、何か危険が起きた時に魔法を使わないと……」

「危険なんてないでしょう」

「でも、ほら、また誘拐されるとか」

 その瞬間、空気が凍りついた。

(しまった)


「すまない……私が悪かった!」

 父が肩を震わせはじめた。

「あの時目を離さなければ……」


  *****


 私が誘拐されたのは、領地に隣接する街での商談に、家族皆で行った時だ。

 眠ってしまったダニエルと母を宿に残して、父は私だけ連れて街を散策していた。

 少し目を離したその隙に連れ去られたのだという。

 それから十二年。父は必死に私を探したが、手掛かりもなく見つけることができなかった。


 私が父と再会したのはいくつかの偶然が重なったからだ。

 スラッカ王国とは元々商売をしていたが、父が直接出向くことはなかったのだけれど、その時はどうしても父でなければならなかったため向かったこと。

 貴族が他国へ移動する場合、警備を依頼するのに基本他国のギルドは使わないが、その時は自国での都合がつかずうちのギルドへ依頼が来たこと。

 私のギルドでの仕事は主に魔物退治だったが、その日は空いている人がいなかったのと魔物が出やすいルートにあたるということで、その警備の仕事が回ってきたこと。

 それらが重なって、私は父とは知らず護衛をすることになったのだ。


「レベッカ……?」

 顔を合わせた時、父は驚いた顔で私を見た。

 自分の娘ではないかという父の言葉を、最初は信じられなかったが、私が師匠に助けられた時期と「レベッカ」が行方不明になった時期が一致すること。

 リンデロート伯爵家は稀に魔力持ちを輩出することのある一族であること、それから誰にも見せたことのない、身体のほくろの位置が父の証言と一致すること。

 それらから私が娘だと判断したのだ。


 それでも、私は家に戻りたいとは思わなかった。

 誘拐されるまでの記憶がなく、また前世の記憶もあって自分が貴族の生活に耐えられるとは思わなかった。

 それに危険はあるけれどやりがいのある、魔術師の仕事を辞めたくはなかった。

 でも家に戻ってきて欲しいと泣きじゃくる父の姿に断りきれず、ギルドの仲間たちに別れを告げて私は家に帰ってきたのだ。


  *****


「まあ、過去のことを悔いても仕方ないし。こうやって姉さんが無事に帰ってきたんだから」

 あの時と同じように泣き出した父を、冷静なダニエルが慰めた。

「それに姉さんの言うように、無理に魔法を封じなくてもいいと思うよ。せっかく使えるんだし、それに魔力があると異変を感じるから。仕方ないよね」

 私を見てそう言ったので、大きく頷いた。

 本当にこの弟はよくできた子だわ。


「でも……やっぱり魔法なんて危なくて危険だわ」

 母が言った。

 魔法を使わない方が危険なんだけどな……。

「じゃあ、これからは殿下に守ってもらえば」

「殿下に?」

「王子の婚約者になれば王家も守ってくれるでしょ」

 こともなげにダニエルは言った。

「……そうなの?」

「そうでしょ、殿下の婚約者として狙われることもあるだろうし。だからやっぱり魔法は使えた方がいいと思うよ」

「婚約者になると狙われる……」

 そんな危険が!?


「それは……そうね」

 考えながら母は言った。

「じゃあ魔法を使っても大丈夫?」

「自分の身を守るためよ。それから人前では使わない。いいわね」

「え……」

「いいわね」


「……はい」

 有無を言わせない顔で私を見つめる母に、しぶしぶ頷いた。

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