第12話

「疲れた……」

 二曲で終わらず、結局三曲続けて踊ることになった。

 踊ること自体はいいが、周囲からの視線が辛い。

 好奇と嫉妬と。

 多くの慣れない視線と感情を浴びて疲れてしまったので、ルーカス様から離れて化粧室でひと息ついた。


「レベッカさん」

 振り返るとドリス様が立っていた。

「ふふ、面白いものが見られたわ」

「面白いもの?」

「ルーカスがあんな風に、自分から女性をリードするなんて。普段の彼からは信じられないわ」

「……そうなんですか?」

 手慣れているように見えたけど。


「そうは見えないって顔をしているわね」

 ふふっとドリス様は笑った。

「彼はこれまでどんなに言い寄られても、誰も寄せ付けなかったの。あんなに積極的になれるなんて初めて知ったわ」

「……ルーカス様と親しいのですか」

「幼い頃から知っているもの。弟のようなものよね。まあ実際、将来は弟になるけれど」

 ドリス様は私の手を握りしめた。

「やっと好意を持てる相手が現れて、エドヴァルドや陛下たちも安心しているわ。どうかルーカスをよろしくね」

「は、はい……」

 勢いにおされて頷くと、ドリス様はにっこりと微笑んだ。

「それでね、今度二人でお茶……」

「あっ」

 離れた所から魔力を感じて思わず声を上げた。


「どうしたの?」

「罠にかかったみたいです」

「え?」

「見てきます! 警備を呼んでください!」

 ドリス様に言い残して私は走り出した。



「レベッカ!」

 長い廊下を走っていると、ルーカス様の声が聞こえた。

「どうした」

「さっきの罠が発動しました!」

「何だと」

 ルーカス様が駆け寄ってきた。

「一人で行くな、危ないぞ」

「ルーカス様こそ、丸腰じゃないですか」

「相手が人間なら対処できる。それに大事な君を一人で行かせられるわけないだろう」

 ……本当に女慣れしていないの⁉︎

 さらっとキザな言葉を言われたんですけど!


 先ほど罠を仕掛けた所へ着くと、塞いだ穴が開けられて、その傍に三人の男が倒れていた。

「こいつらが侵入者か」

 ルーカス様は倒れた男の一人を足先でつついた。

「……意識を失っているだけか?」

「はい。命に別状はないと思います」

「ないと思う……」

「調節が難しいんです! 魔物だったら即死させればいいけど、弱い人間を死なせない程度に罠を張るのって大変なんで……」

「しっ」

 ルーカス様が視線を壁へと送った。


「外にまだいる」

 え、まだ……?

 壁の向こうに意識を向ける。確かに複数の人の気配があった。


「倒しますか」

 髪から杖を抜きながら言った。

「……君は結構好戦的だな」

「魔物は見つけ次第息の根を止めるのが基本なんです。毒を吐かれたら厄介なので」

「ここにいるのは人間だからな、魔物じゃない。レベッカは手を出すな」

 ルーカス様は倒れた男の腰から剣を抜いた。

「でも……」


「君は人を攻撃してはいけない」

 剣を構えながらルーカス様は言った。

「人間の血で手を汚すな。それは俺の役目だ」

(……だから発言がイケメン!)

「それでは『雷幕』」

 顔が赤くなるのを感じながら、魔力をルーカス様の剣へと送る。

「刃に雷魔法を纏わせました。相手が刃に触れると雷に打たれたのと同じ効果があります」

「分かった」

 穴の傍にある茂みがわずかに揺れた。

 人影が見えたと思った瞬間、ルーカス様が踏み出す。

(速い!)

 剣を振るうと刃を覆う青い光が煌めく、その光が綺麗だと見惚れている間にルーカス様は次々と現れた男たちを倒していった。


「すごい……かっこよかったです!」

 さすが騎士になりたいと言っていただけあって、ルーカス様の剣さばきは無駄なく力強く、そして優雅だった。


「そうか」

 ルーカス様は少し照れたように笑うと、握った剣に視線を落とした。

「この剣に魔法を纏わせるのは便利だな。斬らなくても相手を倒せる」

「お役に立てて良かったです」

(そういえば……ルーカス様はあっさり『魔剣』を使いこなしていた)

 剣士が使う剣に魔力を纏わせる魔法は私が考案したものだ。

 初めてその剣を使う者は、力の加減が分からなくて皆上手く使いこなせていなかったのに。

(ルーカス様って……もしかしてとてもすごい騎士なのでは)


「何事ですか!」

 複数の足音が聞こえた。

「侵入者だ。縄で縛れ」

「はっはい!」

 倒れた男たちを見て、駆け寄ってきた警備たちは慌てて再び走り去っていった。


「……あの人たちは信用できますか?」

「何?」

「いえ……これだけの人数が侵入するのですから、中にも協力者がいる可能性が」


「――ここは彼らに任せて、公爵へ報告しよう」

 少し考えてルーカス様はそう言うと、私へ手を差し出した。



 建物へと戻ろうとすると、ちょうど出てきたドリス様と合流して公爵の元へと向かった。

「なんと、そのようなことが……」

 公爵は驚いたが、すぐにその表情を引き締め私へ向かって頭を下げた。

「先日の王宮でのことといい、重ねて感謝する」

「いえ、魔術師としてやるべきことをやっただけですから」

「あとはこちらで対応する。他の客には異変を知られたくないため、二人は会場へお戻り願えますか。ドリス、二人をお連れしろ」

「分かりましたわ」

 笑顔でドリス様は答えた。


「……一応他の人たちにも警戒させた方がいいのではないですか」

 侵入者は捕えたけれど、他に仲間がいるのかもしれないし、何が起きるか分からないのだし。

「それはだめよ。うちの夜会で問題が起きたと知られたら、どんな噂を流されるか分からないもの」

 ドリス様は首を振った。

「貴族社会では、醜聞は極力隠した方がいいのよ」

「そうなんですか。……安全が優先じゃないんですね」


「不服そうだが、仕方ない」

 ルーカス様がくしゃりと頭を撫でた。

「それが貴族社会だ」

「レベッカさんもこれからはそういうルールに慣れた方がいいわね」

「……はい」

 そうよね、貴族になると自分で決めたのだから。

 モヤモヤしつつも私は頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る