第11話

 夜会の会場は、公爵家の敷地内に建てられた来客専用の建物だった。

 一階がパーティを開ける大広間で、上は客室になっているという。

 客専用の建物があるなんて凄すぎる。


 ルーカス様のエスコートで中に入ると、大勢の人々が談笑していた。

「これはルーカス殿下」

 一人の男性が歩み寄ってきた。

「先日の夜会ではご挨拶できず申し訳ございませんでした」

「侯爵か。王都にはいつ来たんだ」

「先週です」

 そう答えて、男性は私に向いた。


「こちらのお嬢様は、申し訳ございませんが初めて見るお方ですね」

「ドリス嬢に紹介されてね。彼女は今年初めて王都に来たんだ」

 ルーカス様は私を見た。

「彼はオーリアン侯爵だ」

「初めまして。レベッカ・リンデロートと申します」

「リンデロート……ああ、言われてみれば伯爵夫人によく似ておられますな」

 挨拶をすると、侯爵は目を細めた。

「可愛らしいお嬢さんですね。それにしても殿下が女性連れとは、初めて見ます」


「ああ。やっとパートナーにしたい女性を見つけたんだ」

 ルーカス様が答えると、周囲の空気がざわりとしたように感じた。


 それからも、続々と挨拶に来る人たちと会話を交わしながら、ルーカス様は私を紹介していった。

「これで一通りだな」

 初めて聞く名前と顔で頭の中がぐるぐるしていると、ルーカス様は私を見てふっと笑った。

「休憩するか」

「……はい」


 差し出された手を取り広間の片隅へ行くと、椅子に座るよう促された。

 ルーカス様は給仕係からグラスを二つ受け取り、一つを私に手渡して隣へ座る。

「今日の目的は一通り果たせた」

「目的?」

「一つは、俺が兄と敵対する意思がないということを示すこと。今日は公爵家と親しい者しかいないからな」

「……そういう集まりに出られるくらい、公爵家と良好だということですか」


「ああ。そしてもう一つ、俺には婚約者候補がいて、それはドリス嬢からの紹介、つまりレベッカも公爵家と関係があると認識させることができただろうな」

「……私は公爵家とは別に……」

「だが出会いのきっかけがドリス嬢であることに間違いはないだろう?」

 確かに、ドリス様との会話がきっかけだったけれど。


「レベッカのことは公爵家にも通してあるし、何よりドリス嬢にとって命の恩人だ。困ったことがあれば公爵家を頼ればいい」

「……はい」

「ま、最初に頼るべきなのは俺だけどな」

 ルーカス様はニヤリと笑った。

「婚約者を守るのは俺の役目だ」

 発言と顔がイケメン!

 そんなこと言われたら好きになっちゃいそうだよね。

(いや……婚約するんだから好きになってもいいのか)

 でも、好きになるってどうすればいいのだろう?


「そろそろ踊りに行くか」

 ルーカス様は立ち上がると、手を差し出した。

「踊り……あの、あまり上手くなくて」

 その手を取ったものの口ごもる。

 弟ならまだしも、王子様の相手が務まるレベルではない。


「ああ、知っている」

 ルーカス様は笑った。

「王宮の夜会で見ていたからな」

「見ていた?」

 え、あの時に?

「その髪色は目立つだろう」

 そう答えて、ルーカス様は私の手を引いて歩き出した。


 ダンスに興じる人々の中へ入っていくと、皆がスペースを開けてくれた。

(さすが王子様)

 でもこれって、注目されているってことよね!?

 緊張しながらルーカス様と向き合い手を重ねると、そっと抱き寄せられた。

「基本的なステップしか踏まないし、リードするから緊張するな」

「……はい」

「気楽に踊れば大丈夫だ」

 耳元でささやかれる。

(くっ……やっぱりイケメン!)

 口調はあまり良くないけれど、発言は王子様なんだよなあ。


 ルーカス様のリードは上手く、とても踊りやすかった。

(体幹もしっかりしているし、体格も……そういえば騎士になった方がいいと言っていたから、鍛えているのかな)

 一見細身のように見えるが、私を支える腕は力強く安定している。

 きっと日々訓練しているのだろう。

(しっかりリードしてもらえると踊りやすいのね)

 ダニエルたちのリードが下手だった訳ではないけれど、その時よりも今の方がずっと踊りやすかった。


「緊張はほぐれたか?」

 視線が合うとルーカス様は言った。

「……はい。殿……ルーカス様のリードが上手なおかげです」

「そうか。それは上手い下手じゃなくて相性がいいんだな」

「相性?」

「ああ」

 嬉しそうに笑うと、ふいにルーカス様は私の腰を掴んで身体を持ち上げた。


「きゃっ」

「レベッカは軽いな」

 そう言って、ルーカス様の顔が近づくと――こめかみに柔らかくて温かなものが触れた。

(え)

 それが唇だと気づくより早く、周囲から悲鳴のような声が聞こえた。


「なっ……」

 かあっと、一気に顔が熱くなる。

「本当に可愛いな」

 もう一度こめかみに口付けるとルーカス様は私を下ろした。


「な、何して……」

「仲を見せつけておいた方がいいだろう?」

 ルーカス様は顔を寄せてくるとにやり、と笑みを浮かべた。

(……こ、この人もしかして、チャラ男とかプレイボーイってやつ⁉︎)

 さっきから息するように可愛いだのキザな言葉をぽんぽん言ってくるし!


「今失礼なことを考えていただろう」

「え? いいえっ」

 じっと見つめられて、顔が熱くなる。

「……まあいい。もう一曲踊るぞ」

「え?」

 あれ、同じ人と続けて踊るのはマナー違反では?


「婚約するんだから問題ない」

 そう言うとルーカス様は私の腰に手を回すと再び踊り始めた。

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