第16話
長い廊下を歩いた先には大広間に繋がる大きな扉がある。
その重たげな扉が開かれると、音楽と熱気が流れてきた。
大広間には既に大勢の人々が歓談やダンスに興じていた。
今日は国王の挨拶やファーストダンスといったものはないという。
私たち四人がゆっくりと歩くと、さっと人々が避けていく。
他の三人へは敬意を示しながらも、私へは遠慮なく注がれる好奇の視線に緊張しながら、広間の高くなった場所へあるテーブル席へと到着した。
テーブルには次々と挨拶に来る人が現れた。
その一人一人を、背後に立っているルーカス様の侍従が小声で教えてくれるけれど、覚えきれる気がしない。
(あれ?)
挨拶にきたその男には黒い影がまとわりついていた。
「アグレル侯爵です」
侍従が囁いた。
(アグレル……聞き覚えがあるような?)
嫌な影だ。
私は魔力が多すぎるせいか、強い負の感情を持った人間は、その感情が影になって見える時がある。
侯爵にまとわりついているその影も、彼の負の感情なのだろう。
(嫉妬か野心か……あまり近づかない方がよさそう)
「一通り挨拶も終わったようだな。そろそろ踊りに行こうか」
エドヴァルド殿下が立ち上がった。
ルーカス様にエスコートされて大広間の中央へ向かう。
観察するような視線があちこちから刺さる。
(ダンス……失敗しないようにしないと)
王宮で、しかも隣には王太子カップルがいる。
ここで失敗したら恥ずかしい。
「そんなに緊張するな」
ぽん、と頭を撫でると、ルーカス様は私の腰へと手を回した。
「レベッカはレベッカらしく踊れば大丈夫だから」
そう言ってルーカス様が私の額へキスを落とすと、周囲から悲鳴のような声が響いた。
(この人は……!)
大勢の人がいて、しかも注目が集まっているのに!
「あらまあ」
「こちらも負けていられないな」
微笑んだドリス様の頬にエドヴァルド殿下もキスをすると、悲鳴がさらに上がった。
(もしかしてキス魔兄弟……?)
そんなことを思っていると、音楽が流れ始めた。
(わあ、すごい)
隣で踊るドリス様たちのダンスは、幼馴染だけあって息がぴったりだ。
それに一つ一つの動きにキレがあって、姿勢もとても綺麗。
側で踊るのが恥ずかしくなってくる。
(まあでも……こっちはダンス歴四ヶ月だもの、仕方ないよね)
生まれた時から貴族として生きてきた人たちと比べるのもおこがましいよね!
開き直るとダンスも楽しくなってきた。
大きなミスもなく、無事踊り終える。
お辞儀をして一旦下がろうとすると、ルーカス様に抱き寄せられた。
「まだ終わっていないぞ」
「え?」
まさか、二曲目?
王太子カップルだってテーブルの方へ戻っているのに!
(視線が……痛い)
続けて二曲踊る、つまりそれは私が噂通りルーカス様の婚約者になる可能性が高いからだろう。
明らかに一曲目の時よりも、私へ向けられる視線には暗い感情が入っているのを感じて身体がこわばる。
「気にするな」
耳元でルーカス様の声が聞こえた。
「この先、婚約すればもっと嫉妬や好奇に晒される。それらを払拭するためにも堂々としていればいい」
顔を上げるとルーカス様はにっと笑顔を浮かべた。
「レベッカは俺に選ばれた特別な存在なんだから」
「……はい」
(この人は……不意打ちでイケメン発言するよね!)
かあっと熱くなった身体を抱きしめられる。
早くなった心臓の鼓動がルーカス様に聞こえてなければいいのに。
そう願った。
さすがに今回は三曲続けて踊ることはなく、曲が終わると私たちは王太子たちの元へ向かった。
「レベッカ」
父の声が聞こえて振り返ると、母と弟ダニエルも一緒だった。
「お父様」
「ああ、とても綺麗だ……」
私を見て目を潤ませると、父はルーカス様に向かって頭を下げた。
「殿下には娘が大変お世話になっております」
「ああ。こちらこそ彼女には色々と助けられている」
私の肩を抱いてルーカス様は答えた。
「娘はご承知の通り、貴族として育ってこなかったものですから……ご迷惑をかけていないか心配ですわ」
不安そうな顔で母が言った。
「大丈夫だ。それがレベッカらしさだし、そこが気に入っている」
「まあ、そうでございますか」
「……殿下って物好き?」
ほっとした顔の母の隣でダニエルが呟いたの、聞こえているんだけど!
父が何か言いたそうな顔でそわそわしているのに気づき、ふと思い出した。
「ルーカス様。父と踊ってきてもいいでしょうか」
前回踊ろうと言われたけれど断っちゃったのよね。
「ああ」
ルーカス様が頷いたので、嬉しそうに差し出されたお父様の手を取り、ダンスに興じる人々の中へと戻った。
「殿下にはよくしてもらっているようだな」
踊り始めると父が言った。
「はい」
「あの方には色々と噂があるが、実際は好青年のようだ」
「……はい、ルーカス様は優しい方です」
ルーカス様が王位を狙っているとか、そんなのは事実無根だ。
兄弟仲も良いし、私を気遣ってくれる優しい人なのだ。
「そうか。無事だった娘とこうやって踊れるようになったと言うのに……もう貰い手が決まっているとは。十二年は長かったな」
少し悲しそうな笑顔で父は言った。
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