第8話
「ドリス様から手紙が来ているわよ」
「……また?」
お茶会から数日後。母が手紙を持ってきた。
「今度はシェルマン公爵家の夜会への招待……って、え⁉︎」
思わず大きな声を上げてしまい、母が眉をひそめた。
「そういう大声は出さないようにって……」
「だって! 第二王子がエスコートするから迎えに行くって!」
「まあ」
手紙を渡すと、それを読んで母は目を丸くした。
(エスコートって……特別な仲じゃないとしないはずよね⁉︎)
家族や婚約者など、親しい相手でなければエスコートされないと聞いたように思うんですけど!
「レベッカ……あなた、社交界にはほとんど出ていないのに。いつの間に殿下とそんな仲になったの」
「違うの!」
じと目で見る母に慌てて首を振る。
「この間ドリス様のお茶会で、少し話をしただけよ」
「……そう。じゃあこれは何かしら」
そう言って母は小さな箱を手渡した。
「これも届いたのよ」
「わあ、きれい」
中には緑色の宝石を使ったネックレスとイヤリングが入っていた。
「招待状と一緒に届いたということは、当日これをつけてきて欲しいということね。そしてこの緑色、これはエスコートするルーカス殿下の目の色よ」
「目の色……そういえば」
確かに、殿下の目は緑色だった気がする。
「相手の目や髪色の宝飾品を身につけるのは、特別な関係ということよ」
「……特別……?」
「つまり、これをつけていたらあなたは殿下の婚約者候補だと思われるということね」
「婚約者!?」
え、そうなの!?
「あなたはこの歳まで平民として生きていたから、婚姻は難しいかと思っていたけれど……まさかこんな大物がお相手だなんて」
母はため息をついた。
「だから違うの!」
確かにお茶会の時にそんな話は出たけれど。あれはドリス様の思いつきで……って、そうよ。
「それはドリス様から送られてきたのでしょう? そういう意図ではないんじゃ……」
「このアクセサリーは王家から届いたのよ。大体、アクセサリーなんて公爵家から贈られる理由がないでしょう」
「でも、それを言ったら王家から贈られる理由もないし……」
大体、あの時、第二王子は私のことを警戒していたのだ。
それがどうしてパートナーなんかに……。
「ともかく! 失礼のないように、当日まで徹底的に磨くわよ」
やばい、母の目が光っている……。
三ヶ月前。母は娘と再会した喜びよりも、娘が化粧もせず、肌や髪の手入れといったものに全く無頓着だったことに驚き、そして怒られたのだ。
それから三ヶ月間、侍女の手により磨かれ、髪も肌もすっかり艶々になったというのに。
まだ磨くところがあるというの!?
「は……? レベッカのエスコートを第二王子が……?」
夜会とエスコートの件を伝えると、父は目を見開いて驚いた。
「な、なぜ……確かにレベッカは世界一可愛いが」
「お父様、それは親バカだから」
正直、前世よりも可愛い顔だと自覚はあるけれど、世界一ではない。
「何人かに姉さんを紹介して欲しいって言われてるんだけど。やめておいた方がいいかな」
ダニエルが言った。
「紹介?」
「夜会で一緒に踊っていた、青髪の可愛い子は誰だって聞かれて。姉だと答えたら紹介しろって」
「さすが母さんの娘だな! エディットも昔はモテて大変だったんだ」
「――それって、この髪色が珍しいからじゃないの?」
はしゃぐ父を横目で見て私は言った。
私より可愛い子や綺麗な人は沢山いるけれど、ここまで青い髪は私だけだと思う。
「それもあるけどね。僕も、姉さんはかなり可愛い方だと思うよ。特に笑顔がね」
ぽん、とダニエルは私の頭に手を乗せた。
「殿下も姉さんの笑顔にやられたんじゃない?」
「笑顔? ……そんなに目立つ?」
「目立つというか。無闇に笑わない方がいいかもね」
「貴族らしくないから?」
「まあ、それもあるよね」
素直に感情が出せないなんて、貴族って大変だわ。
「そうね。その辺りも改めてマナーを確認するわよ」
「う……はい」
母の言葉に仕方なく頷いた。
*****
夜会の日は、王宮の夜会に行った時よりも早くから準備が始まった。
念入りに肌を整え髪を梳く。
ドレスは地面に引きずりそうな丈のクリーム色のイブニングドレス。
背中は大きく開いていて、苦しいコルセットをつけて、胸を強調して。
上半身は露出が多いのに足を出すのははしたないという感覚が不思議だ。
(こんな姿、ギルドの皆に見られたら笑われるかな)
自分のドレス姿はどうにも見慣れない。
華やかで綺麗だけれど、ドレスに着られているようで。似合っていない気がする。
最後に贈られたネックレスとイヤリングをつけると、結い上げた髪に自分で魔法の杖を挿した。
「殿下がいらっしゃいました」
約束の時間ぴったりに侍女が呼びに来た。
(うわー、本当にいる!)
応接室へ入ると中には先に出迎えていた両親、そして第二王子がいた。
キラキラした刺繍を施した白いジャケットがよく似合う。さすが王子様だ。
私を見ると王子は目を細め笑みを浮かべた。
「綺麗だな。そのネックレスをよく似合っている」
「……ありがとうございます」
大きな宝石を使ったネックレスは豪華すぎて、負けているからお世辞だろうけれど。ドレスをつまんでお礼を言った。
「それではレベッカ嬢を借りていく」
「はい、よろしくお願いいたします」
両親に告げると、王子は私に腕を差し出してきた。
(ええと……ここからエスコートするということよね)
ちらと母を見て確認してから、その腕に手を絡めると王子は歩き出す。
執事や侍女たちに見送られながら玄関を出ると、私たちは豪華な装飾の馬車に乗り込んだ。
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