第9話

「状況が飲み込めないという顔だな」

 馬車が走り出すと、向かいに座った王子が口を開いた。

「……はい」

 どうして私が王子のパートナーとして夜会に行くのか、不思議だもの。

「君にやって欲しいことがあるんだ」

「やること?」

 私は首を傾げた。


「手紙で書くと他人に読まれる可能性があったからな。これは極秘ということにしておいて欲しいのだが」

「……はい」

 神妙な王子の口調にこくりと頷く。

「例の夜会に竜が出た事件。あれはやはり、ドリス嬢を狙った可能性が高い」

「そうなのですか?」


「公爵家の結界が一部壊れているのが分かった」

「え」

 魔物や外敵から護る結界は、王都を囲う壁だけでなく王宮や貴族の邸宅といった個々の家にも施されている。

 公爵家の結界ならばかなり強力なものだろう。

 それが壊れているというのは、人為的なものとしか考えられない。


「犯人はまだ分からないが、身内の可能性もある。今日の夜会は公爵家と親しい者たちの集まりだが、何か起きる可能性もある。だから魔術師である君にも来て欲しかったんだ」

「なるほど」

 つまり私は魔術師として、調査や警護のために夜会に呼ばれたというわけなのね。

 確かに手伝うと自分でも言ったし。それなら納得だわ。


「分かりました。精一杯頑張ります!」

 ぐっと握り拳で答えた。

「ああ、いや……。これはあくまでもおまけだから、頑張らなくていい」

 王子は苦笑しながら言った。

「おまけ?」

「一番は俺のパートナーとして行動して欲しい。今後ずっとだ」

「今後ずっとパートナーに……?」

 それって……。

「つまり俺の婚約者になるということだな」


「ええっ!?」

「……そんなに驚かなくとも、この間の茶会で言っていただろう」

 思わず声を上げると王子も驚いたように目を丸くした。

「え、でもあれはあの場の思いつきだと……」

 それに王子だって乗り気じゃなかったよね⁉︎


「よく考えたら悪くない話だと思ったんだ」

 王子はにやりと笑った。

 ええっ? どうして!?

「確かに身分が高くなく、低すぎない伯爵家の君は婚約者にちょうどいい」

「……伯爵家は他にもあるのでは」

 年頃のご令嬢もたくさんいるだろう。


「伯爵家なら誰でもいいという訳ではない。どの派閥にも属していず、政治から遠い家が好ましいし、君も権力といったものに興味がなさそうだからな」

 私を見つめながら王子は言った。

「ドリス嬢が君を俺の婚約者にと言った時、迷惑そうな顔をしていただろう」

「……そうですか?」

「君は感情がすぐ顔に出るようだ」

 それは……母にいつも言われている。

 社交界では淑女の仮面を被るようにと。

(でもお茶会の席だけで分かるほど顔に出してたかな……)


「ほら、今はそんなに顔に出ていたか、疑問に思っているだろう」

 くすりと王子は小さく笑った。

「そういう素直なところが気に入った」

「は……あ」

 素直?


「……でも、やっぱり私にはそんな重責は……。三ヶ月前まで庶民だったのでマナーもほとんど知りませんし」

「なら尚更ちょうどいい。マナーも覚束無い者が婚約者になれば、俺が王位を狙っているとは思われないからな」

 そういえば、野心家だという噂があるんだけっけ。

 弟が知っているのだから相当広まっているのかも。


「……王になりたいとは思わないんですか」

「思うわけないだろう、あんな面倒くさいもの」

「面倒……」

「間近で見ていれば分かるが、権力はあるかも知れないが、大量の政務に忙殺されて一日中イスに縛られるくらいなら騎士になった方がましだ」

「ふふっ。そうなんですね」

 ペンより剣なんて、この王子様、体育会系なのかな。


「……やっぱり笑顔が同じだな」

「え?」

 何か小さく呟いた王子に聞き返す。

「いや。……君は、幼い頃の記憶がないんだったな」

「え? はい」

 唐突な言葉に首を傾げる。


「そうか」

 どこか寂しそうな顔で王子は呟いた。



「……まあ、そういう訳で。君が俺の婚約者になるのがいいと思ったんだ」

 何がそういう訳なのか、分かったような分からないような。

「父上には話を通してある。議会の承認やら教会に行くやらで正式に婚約するには時間がかかるが」

「……え、本当に婚約するんですか?」

 王子は呆れたように目を見開いた。


「さっきからそう言っているだろう。――俺と婚約するのは嫌なのか」

「嫌というか……私が殿下と婚約するというのは想像できなくて」

 自分が貴族だという自覚もまだないし、結婚ということも考えられないのに。

 それが、相手が王子様だなんて!

(しかもこんな美形と!)

 目つきは鋭いけれど、そこがカッコいいと思う。

 顔立ちも綺麗だし、王族だからなのかオーラがあるというか雰囲気が違うのよね。

 こんな人と婚約、そして結婚するのかと思い、思わず顔が熱くなるのを感じた。


「照れた顔も可愛いな」

 ぼそりと王子が何か呟いた。

「まあ、徐々に受け入れていけばいい。すぐに慣れる」

 目を合わせた私に王子が言った。

「……そうでしょうか」

「そうだな。とりあえず、親しくなるために名前で呼んでもらおうか」

「名前?」

「婚約者を『殿下』呼びはおかしいだろう? レベッカ」

 にやりと王子――ルーカス様は笑った。

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