第7話

「婚約者……?」

「そうすれば王宮が警備してもおかしくはないでしょう?」

 ドリス様は微笑んだ。

「それは……」

「いいかも知れないな」

 第二王子が口を開こうとすると、王太子が頷きながら言った。


「ルーカスもそろそろ婚約者を決めないとならないからな、ちょうどいい」

「え、でも……。身分が低い私が殿下の婚約者など……」

 普通、王族と結婚するのは侯爵家以上の令嬢だと聞いている。

 うちみたいな中の下くらいの伯爵家など不釣り合いだ。


「その低さがちょうどいいんだ」

 王太子はにっこりと笑った。

「ルーカスが、王位を狙っているという噂は知ってる?」

「あ……はい」

「伯爵家ならば王太子妃や王妃になるには身分が低いし、リンデロート伯爵は中立派で政治とは関わりがない。王太子妃に相応しくない令嬢を婚約者にすれば、王位に興味がないとアピールすることになるよね」

「そ……うなんですか。でも……」

 私は第二王子を見た。

 目つきこそ鋭いけれど、気品のある綺麗なその顔立ちはいかにも王子様だ。

(それに婚約って、ゆくゆくは結婚するんだよね!?)

 いや、それはさすがに無理でしょう!


「あの……本当に、私は大丈夫ですし。殿下にも他に相応しい方がいらっしゃるでしょうから……」

 ギルドには、魔術師だけでなく、腕自慢の戦士たちも多くいた。

 彼らに揉まれてきたのだ、自分の身くらい守れる。


「そういう謙虚な所もぴったりだわ」

 ドリス様が私の手を握りしめた。

「あなたみたいな子が妹になってくれたら嬉しいわ」

「妹……」

 ドリス様が姉になるのは魅力的だけれど!

「あの、でも、私数ヶ月前まで平民だったので……それに魔術師ですし……」


「まあ、いきなり婚約者というのは早急過ぎたな」

 言い訳を考えていると王太子が言った。

「このことは父上や大臣たちの許可も必要だ。今日はとりあえず心に留めておいてくれ」

「……はい」

 国王はさすがに反対するだろう。

 そう思い、私は頭を下げた。


  *****


「素直でいい子だったわね」

 レベッカが退出するとドリスが口を開いた。

「ああ。あっさり自分が竜を倒したと認めたな」

 王太子エドヴァルドは頷いた。


 黒焦げになった魔物の死体と兵士たちの報告から、魔物を倒したのは魔術師の仕業と分かった。

 魔物を焼くなど、「火の魔術師」しか出来ないからだ。

 報告によれば目撃された魔術師は青髪で、青い炎を操るという。

 青い炎など聞いたことがなかったが、騎士の一人がそれは「青の魔女である可能性が高い」と言った。

 その騎士はギルドにいる知人から聞いたことがあるのだという。


 非常に強い魔力を持ち、珍しい青い炎を操る「青の魔女」は隣国スラッカ王国のギルドに所属し、若い女性ながら多くの魔物を倒してきた。

 けれと三ヶ月前、突然その姿を消したのだと。

 ドリスが夜会会場で出会った青髪のリンデロート伯爵令嬢は、三ヶ月前までそのスラッカ王国にいたと言った。

 彼女が「青の魔女」であり、竜を倒したのか。


 それを確かめようとお茶の席に招待したのだが、問い詰める前にレベッカはあっさりと認めたのだ。

(戦略なのか、素直なのか)

 レベッカの様子を見る限り後者なのだろう。

 感情を隠せないのかその表情はコロコロ変わる。

 まさか伯爵令嬢が魔術師だったとは驚きだが、幼い頃に誘拐されそれがきっかけで魔力が解放され魔術師となったという話は納得できるように思えた。


「リンデロート伯爵家と彼女について調査しないとならないな。王家に迎え入れるのに問題ないと明らかにしなければ父上たちも納得しない」

「は?」

 第二王子ルーカスが聞き返した。

「兄上……まさかさっきの婚約話、本気で?」


「いい話だろう?」

 王太子は弟を見ると口角を上げた。

「我が国に火の魔術師は少ない。その魔術師を王家に取り込めるし、もしもあの魔物の狙いが本当にドリスだった場合、また彼女の力が必要になるかもしれない」

「ですが」


「それにルーカス。あなたもまんざらではなくて?」

 ドリスがその目を細めた。

「あなたがあんな反応をする女性を初めて見たわ」

「……それは」

「可愛かったものねえ、彼女。特にあの笑顔が」

 レベッカの笑顔を見た時のルーカスの反応は、普段の彼から想像もつかないほどだった。


「ああ。おまえはああいうタイプが好みだったんだな」

「兄上まで……」

 にやけ顔の王太子に、ルーカスはため息をついた。

(これは……絶対に言えないな)

 レベッカのことは、夜会で見かけた時から気になっていたなんて。


 最初は単に、珍しい青髪が目に留まった。

 明らかに踊り慣れていないダンスに、それでも楽しそうなその笑顔と、髪よりも鮮やかな、宝石のように輝く青い瞳に惹きつけられた。


 婚約の話はいくつも上がっていたが、興味がないと取り合ってこなかった。

 自分に寄ってくるのは未来の王子妃という肩書に惹かれてくる者か、権力を狙う父親などに唆された者ばかりだった。

 穏やかで親しみやすい印象を与える兄と異なり、どうも自分は野心を抱いているだの、王位の狙っているだのという噂が立ちやすい。

 ルーカス自身にそんな欲はない。

 父王や兄の仕事を間近で見てきて、自分には向いていないと思ったし、やりたいとも思わない。

 そもそも一言もそんな発言をしたこともない。周囲が勝手に想像してくるのだ。

(俺は誰とも結婚しないし、好きになることもない)

 そう思っていたのに。

 まさか遠目で見ただけの相手が気になるとは。


 夜会中、いつの間にか青髪の女性はいなくなっていた。

 中座するのはよくあることだが、名前くらい調べさせておけばよかったかと後悔し、そう思う自分に驚いた。

 だが、まさか庭に竜が現れ、その竜を青髪の魔術師が倒していたとは思いもよらなかった。


(彼女は魔術師だったのか)

 にわかには信じられなかったが、ドリスの話から、彼女が「青の魔女」と呼ばれる魔術師である可能性が高いとして、その真偽を確かめるためにお茶会を開いたのだ。



 間近で見たレベッカは、魔物を倒す力があるとは思えない、とても可愛らしい女性だった。

 よく変わる表情と愛らしさに見惚れてしまいそうになるのを誤魔化すように、ルーカスは思わず失礼なことを言ってしまった。

 だが彼女は失言を気にすることなく、大丈夫だと言う、その心の広さと笑顔に胸と顔が熱くなるのを感じた。

 厳しく躾けられ、幼い頃から裏表のある貴族社会で育てられた令嬢たちの、計算された笑顔とは異なる、懐かしくて無邪気な笑顔。


(懐かしい……?)

 ルーカスはふと引っかかるものを感じた。

 そうだ、あの笑顔を自分は知っている。

 幼い頃に出会った少女の、自分に向けられた笑顔と――。

(いや、そんなはずは)

 そうだ、あの時の少女は青髪ではなく、自分と同じ茶色くて……。

『生まれた時は茶色だったので』

 レベッカの言葉が脳裏によぎる。


「まさか」

 思わず声に出したルーカスを、王太子とドリスがいぶかしげに見た。

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