第5話

「レベッカ。手紙が届いているわよ」

「手紙? ……誰から?」

 部屋に入ってきた母の言葉に首を傾げた。

 貴族に知り合いはいないし、手紙などもらう心当たりがない。


「ドリス・シェルマン公爵令嬢よ、王太子殿下の婚約者の」

 手紙を手渡しながら、母は私と同じように首を傾げた。

「あなた、いつ知り合いになったの?」

「……この間の夜会で少しだけ話をしたけれど……」

 何だろう。

 五日前のことを思い出しながら封を開けた。


「ええと。明後日、お茶会に来て欲しいみたい」

「まあ、招待状ね」

 手紙を読むと母も覗き込んできた。

「場所は王宮? 大変、相応しいドレスはあったかしら」

「相応しい?」

「王宮でのお茶会なのよ、失礼があってはならないわ」

 そう言うと、母は控えていた侍女を見た。

「昼用のドレスを全て出して。それにアクセサリーも」


「え……これって行かないとならないの?」

「当然でしょう」

 母は呆れたように私を見た。

「相手は公爵家の御令嬢、うちよりずっと格上よ。それに王宮ということは『王太子の婚約者』として招くの。断れるはずもないでしょう」

「……そういうものなの」

「そうだわ、お茶会の作法も完璧にしないと!」

 母の言葉に青ざめる。


「貴族の娘レベッカ」となって約三ヶ月。まだマナーといったものを覚えきれていない。

(それなのに王宮でお茶会だなんて……大丈夫なの!?)

 不安しかないのだけれど!


  *****


 返事を出して、装いやマナーを確認して。

 バタバタしながらお茶会当日を迎えた。


 王宮を囲う城壁の内側へと入ってからもしばらく馬車は走り続けた。

 夜会の開かれた大広間がある建物は、大勢の貴族たちが出入りするためおそらく城壁の近くにあるのだろう。

 けれど今日伺う場所は王宮の奥らしく、それにしてもこれほど馬車が走るとはどれだけ広いのかと引き始めたころようやく馬車が止まった。


 降りてからも侍女や護衛騎士といった人々に囲まれて、長い廊下を何度も曲がりながらひたすら歩く。

「こちらでお待ちくださいませ」

 ようやく到着した部屋は、王宮にしては広すぎない、落ち着いた雰囲気のティールームだった。



「お待たせしてしまったわね、ごめんなさい」

 しばらく待っているとドリス様の声が聞こえた。

(ええと、落ち着いて立ち上がって……)

 母に言われたことを思い出しながら、深くお辞儀をして顔を上げて。

 そのまま私は固まってしまった。


 ドリス様の後ろから二人の男性が入ってきた。

 王太子と第二王子だ。

「この二人も同席していいかしら。ふふ、そんなに緊張しなくて大丈夫よ」

 ふんわりとした笑顔でドリス様は言った。

「ここはプライベート用のティールームだから、堅苦しいマナーは気にしなくていいの」

「……は、い……」

(え、王子様たちも一緒?)


 状況が飲み込めないでいる間に、三人は席につきそれぞれのカップにお茶が注がれているのを見て、既に四人分の食器が並べられていたことに気づいた。

(……そんなに緊張しているのかな)

 まあ、一人で王宮に招かれたのだから緊張もするよね。

「好みが分からなかったから、私の好きなものを用意してもらったの。遠慮なく食べて」

「……ありがとうございます」

 色とりどりの小さなケーキはどれも美味しそうだけれど、まずはとってもお高そうなティーカップを手に取ると、震えないようにそっと口へ運ぶ。

 家の紅茶も初めて飲んだ時はとても美味しいと感動したけれど、それよりももっといい香りだ。

 さすが王宮、何もかも我が家とはレベルが違う。



「ごめんなさいね、突然招待状が届いて驚いたでしょう」

 何口かお茶を飲み、びっくりするほど美味しいお菓子を一つ食べ終えるとドリス様が口を開いた。

「……はい」

「どうしてもこの間のお礼を言いたかったの」

「お礼ですか?」

「夜会で、外灯が割れた時に中へ誘導してくれたでしょう? あの後色々あったみたいだから……あなたも無事だったか気になって」

(ああ、そういうことか)

 笑顔で言うドリス様の隣で、私を観察するように見つめる王太子と第二王子に、彼らの目的を察した。


「ドリス様が無事で良かったです。あの場を離れるのが遅かったら危険でしたね」

 私はそう言った。

「夜会の翌日、庭に黒く焦げた物体があるのを私も確認した」

 王太子が口を開いた。

「警備兵によると、竜がいたが青い炎に焼き尽くされたのだと。その炎はその場にいた青髪の人物が放ったとの報告も受けている」

「……そうでしたか」

 すぐに離れたつもりだったけれど、見られていたか。

「あの夜会の場で……いや、そもそも青髪の人間など社交界で見たことがない」


「この髪色は、私の魔力が強いせいだそうです」

 私は自分の髪に触れた。

「……魔力と髪色に関係が? 聞いたことがないが」

「滅多にないことなのだそうです。生まれた時は茶色だったのですが、魔力が覚醒した時に青くなったようです」

 生まれた時は茶髪だったのは、再会した父から聞いた。

 おそらく魔力覚醒した時に変化したのだろう。


「つまり君は魔法が使えるのだな」

 第二王子が口を開いた。

「はい」

 私は頷いた。

「ドリス嬢の話によると、君はすこし前までスラッカ王国で療養していたそうだが」

「すみません、療養はずっと昔のことです」

 こういう時、下手に嘘をつくとボロが出る。

 しかも相手は王族、どんな情報を持っているか分からない。

「私は三ヶ月前まで魔術師としてスラッカ王国のギルドで働いていました。だから竜退治も慣れています」


「魔術師?」

「ギルド?」

「……君はリンデロート伯爵の娘なのだろう? それも嘘なのか」

「いえ、それは本当です」

 第二王子の言葉に首を振る。

「私は五歳の時に誘拐されました。犯人が山道を移動中に魔物に襲われ、そのショックで魔力覚醒と共に記憶をなくして。以来ずっと魔術師として生きていましたが……三ヶ月ほど前に、ギルドの仕事で会った貴族が父だと分かり、家に帰りました」


「まあ、誘拐……怖かったでしょう」

 ドリス様が眉を寄せた。

「いえ。幼い頃の記憶はありませんから。誘拐のことも覚えていないんです」

 魔力覚醒する前の記憶はまだ戻らない。

 けれど父の知る私の身体の特徴や、弟の持つ私と似た魔力、そして母親似のこの顔で、確かに親子だと確信したのだ。



「では、夜会で竜を倒したのは君で間違いないのだな」

 王太子が尋ねた。

「はい」

 私は髪に差した杖を抜き出した。

 魔力を込めると、杖の先に青い炎が灯る。

「ギルドでは『青の魔女リサ』と呼ばれていました。火魔法の魔術師です」

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