第4話

 兵たちに見つからないように大広間へと戻ってきた。

 外の騒ぎなど誰も気づいていないのだろう、人々は変わらずダンスに興じている。


「姉さん!」

 ダニエルの声が聞こえた。

 視線を送るとその後ろに両親もいる。

(良かった……被害がなくて)

 もしもあの竜がこの会場を襲っていたら、家族まで怪我をしていたかもしれない。


「レベッカ。まあ、とても綺麗だわ」

 側まできた母が私を見て目を細めた。

「ああ。若い頃のエディットにそっくりだ」

 父も嬉しそうに頷く。

 二人は先に家を出たため私の盛装を見ていないのだ。


「レベッカ、父さんと踊らないか?」

「あ……ええと、私、疲れてしまって」

 久しぶりに魔法を使ったせいで身体がだるい。

「まあ。初めての夜会は大変だったかしら」

 母が小首をかしげた。

「はい……なので今日は帰ろうと思って。お父様とのダンスは次の機会に」

「そうか」

「これから沢山踊れるわよ」

 しゅんとした父の背中を、母が笑顔でさすった。


「じゃあ僕も姉さんと帰るよ」

 ダニエルが言った。

「いいわよ、私一人で帰るから」

「僕も疲れたから早く帰りたいんだ」

 そう言うと私に手を差し出したので、仕方なくその手を取ると、両親に別れを告げて私たちは馬車に乗り込んだ。



「で、何があったの」

 馬車が動き出すなりダニエルが言った。

「え?」

「姉さんから魔法を使った気配を感じる」

 ダニエルは私ほどではないが魔力を持っている。

 魔法を使って攻撃することはできないが、魔力を感じることはできるという。

「それに、庭から妙な魔力も感じた」

「――赤竜が出たの」

 彼にならば言ってもいいだろう。私は答えた。


「赤竜?」

「火を放つ竜よ。あれが暴れたら大きな被害が出ていたはず」

「え、魔物って王都の中には入れないんじゃ?」

「そうね、でも方法はあるから」

「方法?」

「魔物を誘き寄せる匂いがあるの。結界内での使用は禁止されているけれど」

 あの噴水で嗅いだ匂いは、確かに誘引薬の匂いだった。

 魔物退治の時に魔物を一箇所に集めたい時や、護衛対象の安全を確保する時などに使うもので、結界内での使用はどの国でも禁止されている。


「何でそんなものが……しかも王宮に」

「分からないけれど、でも悪意によるものなのは確かね」

 誰かが、何らかの目的のために赤竜を夜会に誘き寄せた。

 もしも竜退治の経験がある私が居合わせなければ、そう、ドリス様も……。

(あれ?)

 ふいに頭の中に何かが浮かんだ。


 夜会を襲う赤竜。大きな被害が出て……王太子の婚約者も殺されて……。

『誰か! あの竜を倒せる者はいないのか!』

 悲痛な顔で叫ぶ王太子を……私は知っている?

 あれは……前世の記憶?

 とこかで、確かに見た記憶が……。

「あ」

 目の前の曇りガラスが砕け散って目の前の景色が開けたようにクリアになった。


「姉さん?」

 いぶかしげなダニエルの声が聞こえる。

 そうだ、私は知っている。

 今日のあの出来事は。


 前世のゲームで見たんだ。


  *****


 この世界にレベッカ・リンデロートとして生まれる前。

 私は魔法のない世界で生きていた。

 その世界ではこことは異なる文明があり、私はスマホという小さな機械で遊ぶパズルゲームが好きだった。

 その中の一つが『水の聖女とドラゴン』という、パズルを解きながら物語を読み進められるゲームだった。


 ゲームは、とある王国の夜会会場に赤い竜が現れることから始まる。

 竜は貴族たちを襲い、婚約者を殺されてしまった王太子は嘆き悲しむ。

 プレイヤーは王都から少し離れた街に住む、魔法が使える少女。

 王都で働く兄を心配してその元へ向かうことになる。

 パズルを解くことで魔物を倒しながら王都へ向かい、塔に住み着いた竜を倒す。

 王太子に感謝されたプレイヤーは、彼の依頼で各地の魔物を倒していき、やがて「聖女」と呼ばれて王太子と結ばれるのだ。


  *****


「ここってゲームの世界なの⁉︎」

 屋敷に戻り、部屋で一人になると私はベッドに倒れ込んだ。

 信じられなかった。

 でも、そもそもこんな魔法のある世界に転生したこと自体、信じられない。

(それに……確かにあの王太子の顔はゲームで見た顔だった)

 今日まで思い出さなかったなんて……って、思い出せるはずもない。

 だってそのゲームはスリーマッチパズルという、同じ絵柄を三つ以上揃えて消していくもので、ゲームをクリアすると道を進めて、魔物が倒せたんだもの。

 剣や魔法で命がけで戦っているわけではない。

(……ただの偶然かな)

 それにしては、合致し過ぎていると思う。


 もしもここが本当にゲームの世界だったとして。

 そうだとしたら、今日の夜会であの赤竜が暴れて……ドリス様が、殺されていた。

 そう思い至って私はガバッと起き上がった。


 竜退治の経験がある、魔術師の私がいなかったら。

 ゲームのように、ドリス様だけでなく何人もの貴族が殺され、竜は王都に住み着き市民たちにも被害が出ていたかもしれない。

「良かった……」

 竜を倒すことができて。

 私は安堵のため息をついた。


(あれ、でも……これって、ゲームのオープニングを潰したことになるのかな)

 竜が王都を破壊しなければ、プレイヤーであり、聖女となる少女は現れない?


「……ま、いいか」

 本当に現れるか分からないことより、目の前の魔物を倒すことの方が大事だもの。

 それにドリス様だって死なずに済んだし。


「あーあ、疲れたけど……久しぶりの魔物退治は楽しかったな」

 王都内に現れるのは勘弁して欲しいけれど、時々は外に出て魔物退治したいな。

 そんなことを思いながら私は眠りについていった。

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