第3話
(ダニエルはどこに行ったのかな)
三人と踊り終えて、広間の隅へ向かいながら弟の姿を探すと、女の子と踊っているのが見えた。
(ちょうど良かった。こっちに気づいていないよね)
近くを通りがかった給仕係に庭へ出る扉を尋ねて、私は一人で外へ出た。
「さすが王宮……庭にもこんなに明かりがあるなんて」
まるで植物園のような、綺麗に整備された庭園には何本もの外灯が並んでいて夜の庭を明るく照らしていた。
さっきから、嫌な胸騒ぎがする。
この感覚はよく知っている。「魔物」の気配だ。
(でも……ここは王都の中心なのに)
何重にも結界が張られた王都の中心にある王宮は、この国で一番魔物の脅威が少ないはずだ。
そんな場所にあるはずのない気配の正体を探りたくて外へ出たのだ。
ふいに鼻をくすぐる香りを感じた。
(これはまさか……)
香りのする方へ歩いていくと、噴水の傍らに一人の女性が立っているのが見えた。
(あれは……確か、王太子殿下の婚約者)
ドリス様だっけ。
ゆっくりと歩み寄ると、私に気づいてこちらを見たので軽く会釈をした。
「まあ、あなた……」
ドリス様は外見だけでなくて声まで綺麗だ。
「さっき気になったのよ。珍しい、青い髪の人がいるなと思って」
「レベッカ・リンデロートと申します」
私はスカートの裾をつまんで名乗った。
「リンデロート? 伯爵とはどういう……」
「娘です。子供の頃から少し前まで療養のためにスラッカ王国にいて、今日初めてこの国の夜会に参加したんです」
「療養? お身体の具合が悪いの?」
「いえ、今はもう大丈夫です」
「それは良かったわね」
ドリス様は微笑んだ。
(優しそうな人ね)
公爵令嬢だと聞いたように思う。
しかも未来の王太子妃、そして王妃になる人だ、気位が高くてもおかしくはないのに。
「レベッカさんはどうしてここに? 一人なの?」
「あ、はい。ええと……大勢がいる場所に慣れなくて、気疲れしてしまったので、息抜きに」
「まあ。私と一緒ね」
「え?」
王太子の婚約者が、人が多くて気疲れ?
「立場的に色々あるし、常に誰かに見られているでしょう。どうしても疲れてしまうから、そういう時はいつもここに来るの」
「そうなのですか」
王太子の婚約者って、大変なのね。
一人になりたくてここに来たのなら、私は邪魔だろう。
でもここにいられるのは困る。
この噴水から漂っている妙な香り――これは、この場所にあってはならない香りなのだから。
(仕方ない)
近くの外灯へ魔力を送る。
ガラスの中で燃えていた炎が大きく広がると、パンッと大きな音を立ててガラスが砕け散った。
「え……」
「危ない!」
私はドリス様の腕を取ると建物へ向かって走り出した。
「中に入っていて下さい! 私は炎が燃え移るといけないので、誰か呼んできます」
「え? でもそれだとあなたが……」
「私は大丈夫ですから!」
無理矢理ドリス様を大広間の中へ入れると扉を閉ざして、再び噴水へと向かった。
走りながら髪に刺した銀の簪を抜き取る。
これは実は、魔法を使う時に威力や場所を調節するのに使う「魔法の杖」で、魔術師にとっての必需品だ。
(早くあの香りを消さないと……!)
その瞬間、耳を突き刺すような激しい咆哮とともに大きな音と、強大な魔力を感じた。
「はっ……これはまた随分と大物が釣れちゃったな」
大きな羽を広げて噴水の傍らへ舞い降りてきた、「それ」を見て思わず呆れてしまう。
それはこの国で一番安全な場所にいるはずのない存在――魔物の中でも特に強い力を持つ種類の一つ、「赤竜」だった。
魔物が他の動物と異なるのは、強大な力を持つだけでなく「毒」を放つからだ。
魔物の毒を浴びると身体が麻痺し、やがて呼吸も止まり最悪の場合死んでしまう。
その毒を取り除けるのは魔術師の中でも「水の魔法」が使える者だけだ。
そして私が使えるのは「火の魔法」、毒を浄化することはできない。
(今この場に水の魔術師がいるかは分からない……)
つまり、この赤竜が毒を放つ前に倒さなければならないのだ。
「何の音だ!」
人の声と足音が聞こえた。
「なんだ……」
「まさか竜⁉︎」
こういう時にやってはいけないことは、大声を出して魔物を刺激することなのに。
王宮の警備担当は魔物の対処方法を知らないのだろうか。
赤竜は声のした方を見ると、苛立ったように小さな唸り声を上げた。
こんな所で毒なんか吐かれたら被害が大きすぎる。
杖へと魔力を一気に注ぎ込むと、その魔力に気づいた竜が私を見た。
視線が合うと、その目が赤く光る。
『爆炎!』
口を開けた瞬間に、杖を振り上げると魔力をその中へ放った。
青い炎が光のように、まっすぐ竜の口中へと吸い込まれていく。
苦しげに竜が頭を振ると、その身体が真っ青な炎に包み込まれた。
あっという間に燃え尽きると、その場には真っ黒になった死体が残った。
「ふう。念の為にと思ったけど。杖を持っていて良かった」
これがなければ周囲まで燃やしてしまったかもしれない。
「竜が燃えたぞ!」
「一体何が……!」
さらに兵が集まってきたようだ。
私は杖を髪に挿すと急いで生垣の裏へと回った。
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