第2話

 大きな歓声が聞こえ、振り返ると大広間の奥にある大きな扉から二人の若い男女が出てきた。

「あれが王太子殿下とその婚約者ドリス様だよ」

 ダニエルがささやいた。

(あれ? あの人……見覚えがある?)

 このトウルネン王国の王太子なんて、初めて見るのに。

 金髪の、いかにも王子様らしい華やかで美しいその顔を、どこかで見たことがある気がする。

(どこだろう……ずっと昔……前世で?)

 似ている俳優でもいたのだろうか。


 十二年も経つと、前世の記憶はあやふやになってくる。

 思い出せそうなのに、思い出せなくて。でも確かに知っているはずだという気持ちが消えなくて。

 とても気になる。

 女性の方は王太子の婚約者らしく、綺麗で聡明そうな女性だ。


 やがてもう一人、若い男性が現れた。

「弟のルーカス殿下だよ」

「……そう」

 ダニエルの言葉に小さく頷く。

 茶色い髪で、王太子同様端正な顔立ちの、けれど鋭い眼差しを持つ第二王子。

 何でもこの第二王子は野心家で、兄に代わって王位を狙っている噂があるという。


(でも……そうは見えないけど)

 これまでギルドで、貴賤問わず様々な人間を見てきた。

 その経験で、相手がどんな人物かは顔つきで割と分かる。

 あの王子様は確かに目つきは鋭くて……腹黒い所はありそうだけれど、兄を差し置いて自分が王に、と考えるようには見えない。

(見た目で損をしているのかな)

 外見通り中身も穏やかそうな王太子と、クセのありそうな第二王子と。

 対照的な二人だからそう思われてしまうのだろう。

 そんなことを考えていると最後に国王夫妻が現れた。


 今日は社交シーズン最初の夜会で、社交界デビューする者は必ず出ないとならないという。

 そのためまだマナーや立ち振る舞いが身についていない私も連れてこられたのだ。

 国王の長い挨拶が終わるとファーストダンスという、国王夫妻と王太子殿下たちによるダンスが始まった。

(わあ、こういうのテレビで見たことがある!)

 豪華な衣装を着た二組のダンスは、まるで映画のワンシーンのようだ。


 優雅な二組のダンスに見とれていると、ふと第二王子がステージの端でその様子を眺めているのに気づいた。

「……第二王子は踊らないの?」

「婚約者がいないからファーストダンスは踊らないよ」

 ダニエルに尋ねるとそう答えが返ってきた。

「ふうん、そうなの。色々決まりがあるんだね」

「まあね」

「一曲踊ったら帰っていいんだっけ」

 夜会では少なくとも一曲は踊るのがマナーだという。

 最初はパートナーと踊るというから、ダニエルと踊って早く帰りたい。


「いいけど……父上たちが来るまでは待っていようよ。姉さんのデビュー姿を見たいって楽しみにしていたんだし」

 両親は商会の仕事でどうしても外せない打ち合わせがあるから、遅くなるという。

「えー」

「すぐ来ると思うからさ」

 思わず非難の声を上げてしまったが、ダニエルは呆れることもなく笑顔でそう言って私の頭をなでた。


(どっちが年上だか分からないなあ)

「ダニエル!」

 内心ため息をついていると声が聞こえて、振り返ると三人の青年が立っていた。

「領地に帰ったんじゃなかったのか」

「先週戻ってきたんだよ」

「……この人、もしかしてお姉さん?」

 一人が私を見て首を傾げた。


「ああ」

「うわっダニエルの母親に似てるな」

「すっごい美人じゃん!」

「おねーさん、お名前は?」

「それ以上近づくな。……彼らは友人だよ」

 わらわらと近寄ってきた三人を制しながら、ダニエルは私を見て教えてくれた。

「……初めまして、レベッカと申します」

 ドレスを摘むとまだ慣れない名前を名乗り、挨拶をした。


「レベッカさん! 俺バート・エルッコといいます。是非一曲踊ってください!」

 そう言って一人が手を差し出してきた。

「あ、抜け駆けするなよ」

「俺とも是非!」

「悪いけど、姉さんはまだ旅の疲れが残っているんだ」

 迫ってくる三人から離すように、ダニエルは私の肩に手をかけて自分へと引き寄せた。

「何曲もは踊れないから、また今度にしてくれ」

「えー」

「そこを是非!」

「……じゃあ、ダニエルと踊った後でね」

 ダニエルの友人ということは、彼らも十代なのだろう。

 高校生のような彼らに前世のクラスメイトたちが重なって、思わず笑顔で答えてから、こういう時は淑女らしく上品に微笑むよう母に教わったことを思い出した。


「……やば。可愛い……」

「え、年上だよね……」

「僕たちは行くから」

 なぜか顔を赤らめた三人を置いてダニエルは私の腕を取り歩き出した。


「姉さんってお人よしだよね」

「……そう?」

 それは、ギルドでも言われたことがあるけれど。

「彼らは目上じゃないし、ダンスは断っていいんだよ」

「でも、あんな風にお願いされたら断るのも悪いかなって。可愛かったし」

「可愛いって……人のこといえないし」

 何か呟きながらダニエルはため息をついた。

「あと、今の笑い方はダメだから」

「え? ダメ? マナー違反なの?」

 笑っちゃいけないの?

「そうだね。作り笑いじゃない笑顔は子供っぽいし、刺激が強いから」

「刺激!?」

 ギルドではみんなに「お前は戦う時の顔が怖いから普段は笑顔でいてくれ」って言われていたのに。

「せめて手か扇で口を隠して」

「口……ああ、忘れていたわ」

 それも教わったことを思い出した。


(面倒だなあ)

 仕草の一つひとつに貴族らしさが求められる。

 幼い時からそうやって生活していれば身につくのだろうけれど、十二年間離れていた私には難しい。

(……ギルドに帰りたいって言ったら……悲しむかな)

 物心つく前から離れ離れだった姉の面倒をこうやって見てくれる優しい弟も、私との再会を泣いて喜んでくれた両親も。



「それじゃあ姉さん、踊ろうか」

 そう言って差し出された手に自分の手を重ねると、ダニエルは大広間の中央へと歩いていった。


「……これだけ大勢いるんだから、踊らなくてもバレないんじゃないの?」

 数百人はいるであろう大広間を見回してダニエルに尋ねた。

 誰が踊ったなんて、いちいちチェックしてないだろうし。

「そう思っても、意外と見られているんだよ。ダンスの相手や、その時の様子なんかも。特に姉さんは初めてみる顔だし目立つからね」

「目立つ?」

「その髪色は他にいないでしょ」

「ああ……」

 確かに、今までこんな青い髪の人は他に見たことがない。

 そのせいだろう、こちらをチラチラと見る視線をいくつも感じる。

(染めれば良かったかな)

 でも、目立つけれどこの髪色は私の誇りでもあるのだ。


「練習の時も思ったけど、上手いよね」

 踊り始めるとダニエルが言った。

「そう? 何度か踊ったことがあるからかな」

 運動神経もあると思うし。

「踊った? ……ギルドで?」

「仲間に教えてもらったの」

 多分彼は貴族だったのだろう。

 腕の立つ剣士で、よく一緒に魔物退治をした。

 ギルドで新年のパーティをする時に皆にリクエストされて、彼に教えてもらいながら二人で踊ったのだ。

(あれは楽しかったな)

 あの時だけは女の子らしい、明るい色のワンピースを着たのよね。


 日々命をかけて戦うギルドの仲間たちが、あの夜だけは笑顔で大騒ぎをする、楽しくて賑やかな夜を思い出しているうちに無事ダンスを終えることができた。



「ダニエルのお姉さん!」

 弟の友人たちが駆け寄ってきた。

「ダンスをお願いします!」

「……ええ」

 やっぱり可愛らしい彼らに笑みがもれそうになるのを抑えながら、最初に手を差し出した一人の手を取った。


(それにしても、本当にここは煌びやかだ)

 華やかな大広間で踊りながらつくづく思う。

 ギルドで稼いだ一年分のお金を使っても買えるかどうか分からないドレスや装飾品。

 見たこともないくらい豪華な料理に、高級なお酒。

 室内楽団による見事な演奏。

(私……ここに馴染めるのかな)

 前世でもただの庶民で、この世界でも十二年間魔術師として生きてきた自分は。

(まあ、たとえ貴族になったとしても、魔術師であることには変わらないけど)

 現に今も、魔術師としてのカンが訴えてくる。

 何か「ヤバい」ことが起きる予感がすると。

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