第14話 現実は、約定書には
三井楽でのアドメニア合衆国軍による敷地造成の作業が始まって1ヶ月もしないうちに、五島藩には大きな問題が持ち込まれた。
それは、雨の日になると、敷地造成を行っている所からの泥水で、海が濁り、数日は漁が出来ないというのである。
その状況については、盛次も把握していた。
三井楽の海一面が、陸地から流れ込む泥水で、赤く濁ってしまうのであった。
やがて、その被害は三井楽沖にある赤瀬漁場の大敷網の水揚げにまで及ぶようになってきた。赤瀬漁場は、ブリの漁場として東洋一と言われる大規模な漁場である。その漁場の水揚げが最近になり極端に落ち込んできたのである。
漁民や網主達は、藩主に救済を求めた。
「わかった。この実情を幕府に伝え、救済してもらうことにしようではないか。」
やがて届いた幕府の回答は、冷たいものであった。
<そちらの問題であるので、自力で解決されるように。解決され次第報告されよ。>
ふたたび、藩内が大騒ぎとなったのは言うまでもない。
「藩としては、取次ぎをすれば良かったのでは、ありませぬか?」
木場半兵衛が、自問するように呟いた。しかし、その言葉に盛利は、いたたまれぬ思いでいた。
「盛次、約定書にはなんと書いてある。」
「・・・苦情、被害の申し出などは五島藩の責任で始末し、その結末を幕府に報告するように・・・えー、それから、・・・この責務は、今後10年間続くものであり、幕府はその費用として五島藩に6万両を差し出すものである。・・・つまり、我が藩の責任で始末するように、とのことでござりまする。」
「なに!話しの取次ぎだけではなかったのか!長崎奉行の役人が来たときに約定書に目を通した者は、いなかったのか!」
「殿、あの折は、私どもは武田隠元殿のお話を聞くのみで、約定書は見ておりませぬ。」
木場半兵衛は、盛利を責めるような口調で言った。他でもない約定書に署名をしたのは、盛利自身であった。隠元からの説明で満足した盛利は、あらためて約定書の中身まで確認しなかったのである。
やがて、敷地造成地の近隣の農家からは、鉄の塊のような車の音で子牛が怯え、乳を飲まなくなり死んでしまった、何とかしてほしい。晴れの日には、土埃で野菜が育たなくなった、何とかしてほしい。
次から、次に苦情が寄せられ、盛利親子を始め五島藩の主だった者たちは、その補償作業で明け暮れるようになった。
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