第5話 無題の行方

寛永17年1月。

  江戸にある藩制問題研究所では、社長の武田隠元は社員の無題勝山に五島藩の資料を集めるよう指示を行っていた。

  指示を受けた無題は、目的も告げられないプロジェクトにいささか戸惑いを感じていた。

  新たなプロジェクトの指示を受けた無題が、姿を消したのは2月も下旬のことだった。


  「西山君、最近無題君を見ないが、どうしたんだい?」

  「私、知りませんけど。社長にも連絡ありませんか?出張するなら、きっちり旅費を請求する人なのに、請求もされてませんからね。どうしたんでしょうね。電話もメールも通じないんですよ。ホントに変な人なんだから。」

  「そうか、当面急ぐ仕事もないし、ほっとくか。」

  「ほっといて良いんですか?そうですね。いなくても困ることもなし、ほっときましょうか。」


寛永17年6月下旬。

行方不明だった無題が、ひょっこり出勤してきた。

「無題君、どこ行ってたのよ。電話もメールも通じないなんて。」

「実は、2月に結婚しまして、ちょっと新婚旅行に行って来たんですよ。オーストラリアの東海岸。帰りは、福岡空港に着いたもんで、例のプロジェクトのこと思い出しまして、そのまま五島藩の調査に行って来たってことですよ。」

「はあ?結婚したの?社長も私も結婚式呼ばれてませんけど。」

「結婚式なんて面倒なだけで、しませんでしたよ。五島藩までの旅費はこれだけですので、よろしく。」

「あれ、君、ブルース調の語りは?やめたの?」

「一応、僕も結婚したわけで、社会人としてキチンとしないといけないかな?なんて、自覚したわけですよ。」

「ほおー。で、お土産は。」

「・・・・・。」


気まずかったのか、レポートを社長の隠元に渡すと無題は、さっさと帰ってしまった。

無題が作成したレポートには、五島の藩の現状が記載されていた。


《五島藩調査報告書概要》

   15000石、藩士約180名、人口約21000人

   かつては、朱印船貿易を行っていたが、寛永12年に禁止となった。

交易相手・・・カンボジア、台湾、安南、ルソン、シャム

     商品(持ち出し品)・・・銅、鉄刀剣、銅器、漆器、蒔絵、樟脳、硫黄、屏風、扇子、食料品

     商品(持ち込み品)・・ 生糸、絹、絹織物、ドンス、更紗、時計

砂糖、薬品、香木、鹿皮、陶磁器

朱印船廃止後、異国船が頻繁に出没するようになり、警備の増強が必要となっている。遠見番所7箇所を4箇所増設し、11箇所とした。

その他、この数十年の主な出来事。

朝鮮の役(文禄元年、1592年)への出兵。

       騎馬27人、歩武者40人、足軽120人、小人38人、乗馬2頭、

下夫280人、船頭水主200人、軍船17隻、属船8隻、その他用人、祐筆、外科医、小物見役等24人

江川城消失(慶長19年8月、1614年)

仮陣屋構築(寛永15年、1638年)

島原の乱(寛永15年、1638年)、青方の加勢を得て120名派兵。


  レポートを受け取った隠元は、チラッと見ただけで、机に放り出してしまった。

  四ヶ月近く姿を消していたわりには、内容のない報告であった。

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