第10話 つかの間の休息

「ケイカ様、お待ちになっているうちに少しお休みになられてはいかがですか? バイタルサインが極度の疲労に達していると出ております」


「だけど姉さんが──」


「失礼とは存じますが、ケイカ様は最近身を清められましたでしょうか? 一度身を清め食事をお召し上がりいただき、しばしの休息が必要かと思われます」


 俺の言葉を遮るように言われた言葉に心当たりがありすぎて言葉を止めてしまう、ついでに自分の身体の匂いを嗅いでみるが、専用スーツは一応清潔に保たれているはずだけど流石に一週間以上脱いでいない理由で、俺自身も流石にやばいのではないだろうかと思ってしまった。ちなみに臭いは特に感じられなかった。


「あー、うん、姉さんはまだ時間かかるんだよね」


「はい、ケイナ様はあと五時間ほどかかる予定です」


「そうか、そうだね、姉さんには悪いけどここで待っていても仕方ないんだよな」


「そうですね、今のケイカ様にできることは特にございません」


「そうだな、それじゃあ少し休ませてもらうよ」


「お休みになられる前に、入浴とお着替えをしてくださいませ。入浴施設はすぐに準備出来ますがいかがなさいますか?」


「それじゃあ、準備をお願いしてもいいかな」


「畏まりました、それでは入浴の準備が整うまでお食事を御用意致します」


「お願い知るよ」


 一度ガラス越しに手術室の姉さんを見てから食堂に移動する。医療棟を出て共同スペースにある食堂へたどり着く。最大で百人が同時に食事ができるほどの広さの食堂はきれいに保たれている。いつも姉さんと座っていた場所に座るとアーシアがトレイに食事を持って現れた。


「お待たせしました、本日の日替わり定食となります」


 アーシアが持ってきた食事は食べ慣れたものだった。お米のご飯にお味噌汁に生野菜に唐揚げにきれいな水に温かいお茶。料理を見る限りでは施設内の栽培プラントや育成プラントは稼働しているみたいだ。それに唐揚げがあることから培養肉の設備も稼働している事がわかる。


「アーシアありがとう、いただきます」


 およそ一週間ぶりほどのまともな食事だ。シャキシャキの新鮮な野菜が美味しい。お味噌汁の塩分が身にしみるし、お米の甘さが疲れを癒やしてくれるように感じる。食事をしながら、施設に誰もいない理由とか聞かなきゃなと思ったが、その辺りは姉さんと一緒に聞いたほうが良いかと思い直して、考えることを辞めた。


 久しぶりの食事だったけど、いつもならもう少し食べられたはずなんだけど、これだけの量で満腹になってしまった。食べられる量が少ない事から改めて今の俺の体は姉さんのものなんだなと思わされた。


「ケイカ様、おくつろぎ中のところ失礼致します。ご入浴の準備が整いました、お着替えもご用意しておりますので、どうぞご入浴くださいませ」


「ん、わかった、ありがとう」


 お腹いっぱいになったためか、食事を終えた所で少し寝そうになっていたようだ。食堂を出て同じ館内にある入浴室に移動する。寝ぼけていたというよりもいつもの習慣で男風呂に入ろうとしたところで、視界に突然<こちらはは男性専用です>の表示が映し出されてハッとした。今の俺は姉さんの体なわけで男風呂じゃなくて女風呂に入らないといけない事に気がついた。


 いや、でもなかみは男なわけで、体が女だとやっぱり女湯で正解なのか? と立ち止まっているとアーシアがやってきて女湯に誘導された。まあ、どちらにしろ使うのは俺だけだからどちらでも良いとも言えるので気にしないことにした。


 専用スーツの両手首にはスイッチがあり、それを同時に押すことでビッチリと肌に張り付いていたスーツが緩む。緩んだスーツは上と下に別れて脱ぐことができる。この体では初めて空気に触れるが、こころなしか開放感を得られて気持ちが良い気がする。


 スーツを脱ぎ、専用のボックスへと入れる。洗浄ボックスに入れられてスーツはメンテナンスと洗浄がされるようになっている。専用スーツを脱ぎ捨てて一糸まとわぬ姿となった俺の今の姿が鏡に映されている。


 元の身体よりも見慣れた顔、髪留めを外すとまとめられていた腰上あたりまである髪がさらりと広がる。細すぎず太すぎず適度に肉付きのある腕、貼りのある胸に出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる体。数年前までは一緒にお風呂にも入っていたわけだけど、その時よりも成長している体を見ても特に何かを感じることは無いようだった。まあ、男のサガといいますか試しに揉んでたわけだが、こういう感触なのかと思っただけだった。


「ケイカ様何をされているのですか?」


「うひぁ、なんでもない、なんでもないから。それよりアーシアも風呂はいるのか?」


「いえ、ケイカ様の入浴を手助けしようと思いまして。ケイカ様はケイナ様の体にまだなれて居られないように思いましたので、体を洗うお手伝いをさせていただこうと思います」


「いや、流石に風呂くらいは自分で入れる……と思う」


 姉さんとお風呂に入っていた時期はあったけど、この腰上辺りまである髪を洗うのは大変そうではある。変に洗って姉さんに文句を言われるのも嫌なのでここはアーシアにお願いすることにした。


「それじゃあアーシアお願いするよ」


「かしこまりました」


 一応専用スーツを着ていれば清潔に保たれて入るようだけど、それでも長期間お風呂やシャワーなどを浴びないでいるのは良くないことらしい。アーシアに髪から体の隅々まで洗われたあと、大浴場を一人で使う優越感のようなものを感じながら浸かるお湯で、身も心もそれこそ洗われた気分になった。


 それにしても髪一つ洗うだけなのにあれほど手間がかかるとは思わなかった。それに体を洗うのも元の身体だと適当にスポンジでゴシゴシしてただけだったけど、姉さんのというか女性の体はデリケートなのでなどと色々と指導されることになって疲れた。


「ケイカ様、そろそろお上がりになって部屋でお休みくださいませ」


「ああ、わかったそうするよ」


 お湯に浸かり体がほぐれたためかまた睡魔に襲われそうになっていた所でアーシアに声を掛けられたので、お風呂から上がる。


「それでは、髪を乾かし化粧水をおつけいたしますね」


「えっ、まだなにかあるのか」


「お肌のお手入れは手を抜いてはいけませんので、ご協力ください」


「はぁ、わかった、お願いするよ」


 今後は俺もこの作業をしないといけないのかと考えると、なんとかして早く元の身体をなんとかしたいなと、アーシアに流されるように髪と肌の手入れをされたあと、四苦八苦しながら下着を着用して、マッサージを受けている所で眠りに眠りに落ちた。

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