第3話 ここは異世界

 ぐぅーと機体の中にお腹の音が響いた、俺のお腹が空腹を訴えかけている。俺のというか姉さんのこの体は一週間ほど飲み食いをしなくても大丈夫なはずなのだけど、どうやらコールドスリープのせいでカロリーを結構消費したのかもしれない。


「ふふ、そこのボックスを開けてみなさい、ちょっとした食べ物とサプリと水が入っているから」


 姉さんの尻尾が指し示した収納ボックスを開けると、カロリーバーと栄養サプリに水がいくつか入っていた。姉さんはこんな所に入れていたのか。


「ありがたく貰うね」


「ええどうぞ、私は食べる必要がないからね」


 どこからどう見ても生身の猫に見えるけど、実際は機械仕掛けになっている。そもそも何でこの白猫が機体の中にあるのかというと、姉さんが猫好きでいつも持ち歩いていたからだ。重さは普通の猫と変わらないし手触りもそうだ。


 本来なら子供向けのおもちゃなのだが、姉さんがこっそり色々いじっていたようだ。ただの玩具にBMICが旧型とはいえ入っていたのもそのためだろう、そのおかげで俺も姉さんも助かったわけだからなにも言えないかな。


 もそもそとカロリーバーを食べて水で流しこむ、次にサプリを1錠水で流し込む。姉さんの体ならこれだけで3日くらいは持つはずだ。


「それでさ、コールドスリープで思ったんだけど、なんでコールドスリープが起動してたんだ?」


「そうね、それを説明する前にケイカはどこまで思い出したの」


「俺が思い出したのは、機体の搭乗口を閉める時に……、何かが飛んできて腹に刺さったってところかな、その前になにがあったかはまだ思い出せないでいる」


「そう……、その後はね、気絶したあなたの治療をしようとしたのだけど、傷がひどくてね。そうこうしているうちに敵から攻撃を受けて、機体がゲートに落ちてしまったのよ」


「ゲートってあの?」


「そうあの敵から奪ったと言われている実験ゲートのことよ。そもそもこの実験機でテストしようとしていた矢先のことだからね、丁度ゲートが開いていたのも悪かったわね。そしてね、機体がゲートを通って次元トンネルに入ったところでコールドスリープが起動を促してきたのよ。それも相まってケイカを急ぎ私のBMICに移行させて私はこの白猫のBMICに移行したのよ、そしてコールドスリープを起動させ次元移動を超えたわけね」


 今更ながら意識や記憶を移行できるBMICというのはおかしな技術だと思う。今の俺には姉さんの脳内に刻まれているはずの記憶がまったくない、まるで全ての情報が脳に刻まれずにBMICに入っているとでもいうのだろうか?


「あれ? つまりここって異世界?」


「そうかも知れないわね、いえその可能性のほうが高いわね」


「通って来たゲートは?」


「わからないわ」


「じゃあ俺たち戻れないってことか」


「そうとも限らないわよ、元々は敵の使っていたゲートなのだし、こちらの世界にある敵のゲートを使えば戻れるかもしれないわね」


「そうか、それじゃあ当面の目標は敵のゲートを探すことになるか」


「それもだけど、まずは食料と水の確保よ」


「確かに残っているこれだけじゃあ二週間も持たないからな」


「それにこの森から抜けないとなにもわからないわね」


 そこで思い立ってモニターを起動して外を映してみる。まず目に飛び込んできたのは赤い色の月らしきものだった、その他には相変わらず森が広がっているだけだった。


「異世界にも月があるんだな、色は違うけど」


「うわ、ほんと赤いね」


 しばらく一人と一匹で赤い月を眺めていると、月の前を何かが横切っていくのが見えた。とっさにモニターを望遠にして見てみるとそれはドラゴンだった。


「はは、はははは、ドラゴンとか本当にここは異世界だ」


「すごいね、ほんとうにすごい、私なんて一生あの研究施設で生きていくと思ってた。だのにこんなのが見れるなんてね」


「姉さん、俺決めたよ」


「急にどうしたの」


「帰れる帰れないは別にしてさ、俺はこの世界を見て回りたい。研究施設の映像記録でしか見たことのない風景じゃなくて、実際に色々見てみたい」


「いいわね、私もそれに賛成よ」


 何の因果か異世界に来てしまったわけだし、この異世界を回って情報収集をするのも悪くない。そもそもゲートをくぐった時点で俺と姉さんは死亡者になっている気がする。戻ってみないとわからないけど、戻ったとして元の生活に戻りたいかと聞かれると正直わからない。


 衣食住に困ったことはなかった、研究施設でやってきたことと言えば日々の戦闘訓練と兵器の実験機やプロトタイプのテストパイロットがほとんどだった。研究施設の敷地内から外へ出ることは許されなかった。ただ同じ境遇の子どもは沢山いたし、なにより血のつながった双子の姉さんがいた。


 もしあのまま研究施設にいたら、そのうち戦場に送られていたのかもしれない。それを考えるとこの異世界にたどり着いたのは幸運だったのかもしれないな。


「ケイカ明日に備えて寝てしまいなさい」


「うん、わかったよ姉さん」


 月を映し出していたモニターを消してから気がついて、ステルスモードを起動する。座席を倒して寝やすくする。あー歯磨きをしていないなと思った所で姉さんから声がかかった。


「そこに歯磨き液を入れているから使っていいわよ」


「はは、姉さんは何でもお見通しだね」


 食料のところとは別の収納ボックスから歯磨き液を取り出して軽く口内をゆすいで飲み込んで、容器を収納ボックスにしまう。ボックスの中には未開封の同じ物が未だあるようで歯磨きには困ることはなさそうだ。


「それじゃあ姉さんお休み」


「おやすみなさいケイカ」


 姉さんはスリープモードに移行したようで動きがなくなった。俺はそっと丸くなっている白猫の背を撫でてから眠りについた。

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